ソフトウェアよりもハードの方が儲かる時代

J. William Gurley2003年02月19日 10時13分

「いつも欲しいものが手に入るとは限らない。でも、その気になれば必要なものが手に入るものだ」 ―― Rolling Stones

 シリコンバレーの重役の多くは、ソフトウェアを売る方がハードウェアを売るよりも優れたビジネスモデルだと思い込んでいる。

 彼らから見ればごく当然のことだが、その理由はソフトウェアの粗利が非常に高いことにある。ゼロにちかい変動費用は、ソフトウェアビジネスの最大の強みである。それと同時にソフトウェアビジネスは、ハードウェアビジネスより資本集中度が低い。この二つの要因は市場で高い評価につながる。これ以上何が望めるだろう。

 このように反駁しがたい優位性があるにもかかわらず、スタートアップ企業はソフトウェアよりハードウェアの販売に走るケースが多い。全ての条件が同じであれば、ソフトウェアの方が良いモデルであることは自明の理であろうが、そこが問題だ。

 暗闇の中に自分の探している鍵があるのを知りつつ、街灯の真下に這いつくばってそれを探す男の古いジョークがある。なぜそこで探しているかと聞くと「こちらの方が明るいから」という答えが返ってくる。確かにソフトウェアのビジネスモデルは「明るい」。しかし、特にスタートアップにとってそのモデルを実行するのは難しいものだ。良いビジネスモデルがありながら、それを実現に導く戦術を欠くのでは報われない。つまり、ビジネスモデルと成功のための戦略は、どちらか一方だけではどうしようもないということだ。

 コンピュータ業界の変化は、ハードウェアを売るビジネスモデルをも変えた。鍵となるのは、主に汎用型インテルベースの1Uサーバに使われるハードウェアコンポーネントの標準化と可用性である。その結果ハードウェアは独自仕様のデザインではなく、パッケージ化されたものとなる。(これをダンボール箱の代替品と考えてみてほしい。)このような可用性の高さに加えて、EthernetやTCP/IPの普及、さらにLinuxやBSDといったライセンス料のいらないOSが広まったという状況が重なり、ソフトウェアで競争力を持っていた企業が、そのソフトウェアをハードウェアという箱に詰め込んで販売するようになったのだ。

 1Uサーバは数多くの定評あるベンダーが提供しているにもかかわらず、なぜそのようなハードウェアモデルのシナリオを選ぶ会社がでてくるのかと疑問を持つ読者もいるだろう。これまで行われてきたような、顧客自らがインストールするオープンプラットフォーム用ソフトウェアを調達するという慣習は見直される時期にきているのかもしれないのである。ひとつのソフトウェアを販売、準備、管理、維持するのに必要な手間を考えると、オープンプラットフォームのソフトウェアよりクローズドなハードウェアが魅力的なのは当然だ。さらに、スタートアップにとってこの箱詰めされたソフトウェアはコスト効果も高く、実行性に優れているのである。

 以下の課題を考えてみよう。

■開発上の難易度と品質の保証

 スタートアップにとって、ハードウェアを含む開発プランよりもソフトウェアのみのプランの方が容易だと考える人がいるかもしれないが、オープンプラットフォームを採用した場合、開発者はコードがすべての場面で適正に機能するかどうか責任をもって確認しなければならない。ハードウェアベンダー、OSの特性やバージョン、周辺のベンダーやドライバーのバージョン等を考慮し始めると、無数のテストプランを設定することになる。ひとつの決まったハードウェアプラットフォームを選ぶことで、このようなリスクとソフトウェア開発の費用は劇的に軽減される。

■パフォーマンス

 どんなソフトウェアベンダーでも、パフォーマンスを考えると複数の設定でプログラムを走らせるより単独のハードウェアを選ぶだろう。自由は少なくなるが、開発者はとりあえずハードウェアのパフォーマンスやシステムソフトウェア(OSとドライバー)を調整することが可能だ。さらに、当面必要のないコードや特性を除去し、特定の機能を強化するためにリソースを開放することもできる。このようにして、さらにコストを節減することが可能だ。

■セキュリティ

 セキュリティは現在CIOにとって最大の関心事で、ここでもハードウェアの流通システムが優位だというのがわかる。クローズドなデザインの方が、オープンプラットフォームより外部から侵入しにくいものだ。侵入のポイントを制限するよう意図的にシステムをデザインすれば、セキュリティホールを最小限に食い止めることができる。さらにセキュリティのデザインはシステム上に組み込むことができるので、ユーザーや侵入者がそれを除去する可能性は低くなる。

■導入・管理

 オン・オフスイッチとI/Oポート(Ethernetジャック)がそれぞれ一つずつ備わった1Uサーバを使うのは極めて簡単だ。プラグを差し込み、電源を入れるだけでよい。しかしオープンプラットフォームの難点は、ソフトウェアをインストールし、準備・調整し、トラブルシューティングするということがIT部門にとって大きな負担となることだ。自由度が高まるとそれだけプロセスが大変になる可能性も高い。閉じられた箱に入ったソフトウェアは、当然のことながら単純で管理しやすいものなのだ。

■信頼性・安定性・カスタマーサービス

 オープンプラットフォームのソフトウェアがトラブルをおこすと、ユーザーはいくつものヘルプデスクに電話をし、その結果それぞれの担当者が責任を押し付け合うという状況におちいる。単独のクローズドサーバとして販売されたソフトウェアの場合は、ただ一カ所に連絡をとるだけで済む。より重要なことは、クローズドなソフトウェアの場合決まった状態でのみ使用するので、トラブルが劇的に削減されるということだ。これは、ネットワークレイヤーに近いアプリケーションなど、システム障害が許されないアプリケーションにとって重要なことである。

■価格

 ソフトウェアの基準価格を確立し、それを維持することはますます難しくなってきている。これに関しても、ソフトウェアの機能がアプリケーションレイヤーよりネットワークレイヤーに近い場合、より重要となる。ここではハードウェアが購入対象となり、ソフトウェアは単にハードの付随物として売り上げをサポートするのみだ。人によって違うかもしれないが、通常みな自分で触れられるものに金を払いたがる傾向がある。また、無料のソフトウェアより有料のものが明らかに優っている場合でも、無料という誘惑には逆らいがたいものだ。

■流通システム

 オープンプラットフォームのソフトウェアを選ぶ主な理由のひとつは、すでに市場に存在するハードウェアベンダーの顧客層に影響を与える可能性があることだ。この方法は、MicrosoftとIBMや、VeritasとSun Microsystemsの関係にみられるように、実証済みである。しかし、これはたやすいことではない。ハードウェアベンダーは過去の過ちから学んでおり、ソフトウェアベンダーに有利となる取引に応じる可能性ははるかに少なくなっている。またハードウェアベンダーは、製品がすでに市場で認められていない限り取引に応じる可能性は少ないだろう。直接販売することで早期に知名度を確立しなければならないのなら、最初から箱詰めのソフトウェアモデルを採用した方がいいのは明白だ。

 この箱詰めソフトウェア現象を広める引き金となったのはファイアウォール市場である。Check Point Softwareは、ソフトウェアに焦点をあてたオープンプラットフォームビジネスモデルの先駆けだ。のちにNetScreenといったベンダーがハードウェアベースの流通システムでシェアを伸ばし始めた。2002年6月に出版されたインターネットセキュリティレポートによると、アナリストのBob Lamは2001年のファイアウォール市場の5割以上がハードウェアベースであったと報告している。さらにLamは、2005年までにこの市場の7割がハードウェアベースになると予測している。

 「Check Pointは、ソフトウェアベースのアーキテクチャを持つので不利なように見える。というのは、このような製品は他の製品に比べ、取り付けが難しく、耐久性が低いとみる顧客がいるからだ」とLamは言う。こういった批判にも負けず、Check PointはNokiaなどの企業と提携し、自社ソフトウェアを搭載したクローズドなシステムを生み出している。

 すでにわかるように、この理論はハイエンドのアプリケーションより、ファイアウォール、ウェブサーバ、セキュリティデバイス、ストレージソリューションといった機能重視のソフトウェアに当てはまる。機能性を重視したソフトウェアは作業中心であるため、高度なビジネスアプリケーションに比べカスタマイズする必要性が低い。さらにこれらのソフトウェアはパフォーマンス、スループット、信頼性、有効性などの基準で評価される。これらの基準は、ハードウェアに有利に働くものだ。

 ソフトウェアの調達モデルが魅力的な理由は、高い利益率、低い資本集中度、高い評価の3つである。ハードウェアの販売現場では、90%というソフトウェアの利益率を達成することは不可能であるが、70%強の利益率は論外ではない。さらに今日のPC製造業は、Dellのようにオーダーが出てから箱を組み立て、顧客のもとに届けることに意欲的だ。この方法は、在庫を抱えるリスクを軽減するのに加え、資本集中に良い効果を与える。しかし最も重要なことは、ウォール街がこの新しいアプローチの価値を理解しはじめていることだ。NetScreenの株価対売上比は現在6.5倍。この数字は、今日のソフトウェア会社の大半の実績を上回っているのである。

筆者略歴
J. William Gurley
米カリフォルニア州に拠点を置くベンチャーキャピタル、Benchmark Capital社のジェネラルパートナー。

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