電力と通信の近未来予測--3.11が与えた影響

福井エドワード (ルビーインベストメント)2011年06月27日 10時00分

 最近「発送電分離」というキーワードがメディアを賑わしている。「節電」についても、テレビや新聞で見聞きしない日はない。足下では、福島原発の事故の経過も予断を許さないが、電力危機への対応も待ったなしの状況である。

東京電力の経営形態

 原発事故や計画停電を経て、東京電力の経営形態のあり方が議論されている。東京電力の経営形態を変えたからといって、今夏や2012年夏の「電力危機」が回避されるわけではない。誰かが電気を供給しなければならない。

 電力会社の経営形態は各国によってまちまちである。発電するための資源(水や化石燃料)や、供給のパターンが国や地域によって異なり、「グリッドには個性がある」からだ。そもそも、主要なエネルギー供給源が、薪や石炭から電力やガスに変わってまだ50~60年程度であり、20年前ごろまではできるだけ多くの発電所を早く作ることが、時代の要請だったのである。

 すなわち、寡占を許してスケールメリットを追求すれば、必要な大規模設備を速やかに建設できる。発電設備が充足するまでの時限措置として、日本でも戦後のある時期に形成されたシステムだ。しかし、発電所を作れば需要も増えるため際限がなく、システムとしては破綻してしまった。

 システムとしての合理性を失った後のチェンジマネジメントは、政治マターになりがちだ。作るときは合理性もあったわけだし、「とにかく乗り出そう」ということで冒険できる。しかし、いざ変えようという時には、すでにそこで「飯を食っている」人達がいるので、粘り越しで現状を維持しようとする。

エネルギーの安定供給とは

 上記は経済性の観点からの議論(広い意味での産業政策)なので、エネルギー産業側から「安定供給」という錦の御旗を掲げられると、人名は地球よりも重いとばかりに、効率性の議論は吹き飛んでしまう。経済合理性を追求すると安定性が損なわれるという議論には、正しい一面もある。

 しかし「安定」にも限度があり、システムのダウン(停電)はつきものである。システム事故のなかでも最大級の、原発事故というブラックスワンを見せられて、「安定性」は「旗」に過ぎなかったと、否が応でも気づかされた。錦の御旗が、無意味な布切れになったのである。

 さらに「エネルギーの安全保障」という「ご老公」が控えており、エネルギーの安全保障のためには原発が必要だといった議論が始まるであろう。はたまた、工場の海外移転が加速される、産業が空洞化する、だから原発が必要だといった議論が出てくる。こうなると、ロジックでの負けを認めた上で、感情(恐怖心)に訴えているだけの話だ。

 「原発維持」「原発反対」の両陣営とも、人々の恐怖心に訴えるのみで、建設的な議論が行われ、解決策が提示されているとは言い難い状況だ。

技術の進歩と新たな現実、新たな競争

 スマートグリッドは、エネルギー政策の範囲内で、供給と需要の観点から集中的な電力供給の非効率さを是正できるアイデアである。データや情報を活用して、電力を分散することで「安定供給」が可能になる。技術の要素は揃っており、世界中で実証が行われている段階だ。

 情報技術を使って、エネルギーのネットワークを、発電所側でも需要側でも効率化しようとなれば、ITや通信業界にとっては大きな産業分野への参入機会である。特に、個々の需要家へのサービスを提供するオペレーションのノウハウを持つ通信キャリアには絶好のビジネスチャンスだ。

 では、電力会社は防戦一方なのだろうか。答えはNOだ。これまでの電力網は、発電所から電柱までは高度にインテリジェント化されていたものの、電柱から需要家の間は双方向のデータのやりとりがなく、コミュニケーションが分断されている状況だった。アナログのメーターでデータを計測し、人が現地を見て回って、月に1回程度、データを集計している状況である。良く考えてみると、信じられない光景だ。

 電力会社が今後スマートメーターを実装していけば、スマートメーターが中継点となって、電柱とのコミュニケーションが成立する。次にメーターと家庭内の機器のコミュニケーションが成立する。発電所と冷蔵庫が会話するようになるのである。電力会社の持つ送配電ネットワークが、情報通信のネットワークにもなる。これまでの通信キャリアは、崖っぷちの状況にあるとの見方もできるのである。

勝者は誰か?

 目下、通信会社が発電所を経営する計画が発表され、情報通信を駆使した省エネのサービスも本格化してきている。

 一方で、筆者は電力会社は発電を一手に引き受けることはやめて、スマートグリッド(新しいエネルギー・通信のネットワーク)を活用した多様なサービスを2013年頃から開始すると予測している。例えば、エネルギー、コミュニケーション、交通、介護、決済などだ。

 これまでの電力会社、通信会社の垣根が崩れ、事業領域が重なってくるのである。そうなった場合の、競争条件は、規制や制度による面も大きく、一概に予測することが困難である。

 筆者は、ビジネスの観点から見て、通信会社と電力会社の淘汰が進むシナリオではないと考えている。インターネットがIT産業を生み出し、人々のライフスタイルを変革したように、スマートグリッドの普及にともない、総体としての市場の規模が拡大し、新たに多様なプレイヤーが登場する。そして、安全で安価なエネルギーを人々が享受し、便利で快適な生活や街が生まれる、新たな産業が形成される姿をイメージしている。

福井エドワード

ルビーインベストメント株式会社

1968年、ブラジル・サンパウロ生まれ。幼少を米国シアトルで過ごす。1992年、東京大学法学部卒業、建設省(当時)入省。1997年、イェール大学スクール・オブ・マネジメント卒MBA。アクセルパートナーズ(サンフランシスコ)、みずほ証券投資銀行グループを経て、2004年からプライベートエクイティ投資コンサルティング会社ルビーインベストメントリサーチ。現在、同社が設立した研究所「クリーングリーンリサーチジャパン」のマネジングディレクターを務める。著書「スマートグリッド入門」

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