米Microsoftの次期Windowsオペレーティングシステム(OS)Longhorn(コード名)は、徹底的な技術革新なのだろうか、それとも、同社が10年前に行った、勝者独り占め戦略の復活なのだろうか?
アナリストやLonghornに詳しい筋によると、Longhornは現行のWindowsバージョンに比べると、グラフィックやストレージ、検索、セキュリティなどが改善され、機能が大幅に向上したとされている。しかし、こうした高度な機能には代償がつく。ほとんどの機能は、新システム専用に設計されたクライアントソフトウェアからしか利用できないのだ。
Microsoftは、10月27日からの「Professional Developers Conference」で、Longhornの公式お披露目会を開催した。Longhornは、「ファットクライアント」アプリケーション開発の復活を示している。ファットクライアントアプリケーションとは、共有サーバやネットワークではなく、主にデスクトップや携帯用のパソコン上に存在するソフトウェアのことだ。同社は、スタンドアローンのブラウザ開発を中止し、かわりにWindowsの「ネイティブ」コードとしてLonghorn上で直接動くHTMLやウェブベースのアプリケーションを構築する、という計画まで検討している。
その結果、「Windowsへの囲い込みがさらに強まるだろう」と、市場調査会社Gartnerのアナリスト、Michael Silverは言う。「Microsoftは、ユーザー企業がLonghornのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を活用したブラウザ用アプリケーションを制作することを期待している。このようなアプリケーションは、Longhorn以外のブラウザでは機能しないからだ」とSilverは先週の調査レポートに記している。
MicrosoftはLonghornで、ソフトウェア開発の方向をWindowsデスクトップに引き戻し、他社製OSでも動くブラウザ用アプリケーションの開発から逸らそうとしているのだ、と一部の業界ベテランたちは考えている。大容量ハードディスクが搭載された強力なデスクトップマシンに対するMicrosoftの取り組みは、Longhornでさらに強化されることになる。
「究極を言うと、我が社はローカルマシンのハードディスクに秘められた力を信じている」とMicrosoftのSQL Serverチーム担当コーポレートバイスプレジデント、Gordon Mangioneは言う。「長期にわたってパソコン革命を促してきたのは、ローカルのハードディスクの進歩だった」(Mangione)
今回の戦略にしても、Microsoftの歴史を知る人ならば馴染みがあるはずだ。Windowsは、ベースとなるAPIやファイル形式をコントロールしたことで、パソコン用OS市場を支配することができた。しかしその後インターネットの普及によって、その覇権バランスがデスクトップアプリケーションからウェブサーバやその関連技術による機能実現の方向に移っていた。
Microsoftの戦略は、同社を法的に複雑な状況に追い込んだ。歴史的裁判となった米司法省対Microsoftの反トラスト法違反訴訟では、同社がOS市場での支配的立場を他の製品・市場に拡大しようとした際の手段が争点となっていた。しかしLonghornについては、リリース予定が2005年末〜2006年始めとしばらく先であるため、現段階でその法的効果を評価するのは難しい。
一方、Longhornの機能を利用するアプリケーションが標準的な他社製HTMLブラウザで動かないとなると、企業がアプリケーション開発でLonghornの機能を使うかどうかも疑問だ。新OS購入のメリットを検討している顧客にとって、こうしたソフトメーカーの対応は重要な要素となるだろう。
Microsoftは、企業顧客にアップグレードを進めるにあたって、Longhornではデスクトップパソコンの管理機能が改善された点を強調していかねばならないだろう。
「クライアント/サーバモデルやファットクライアントモデルに戻ることでどのようなビジネス上のメリットがあるのか、納得のいく説明がほしい」と米Coca-Colaの子会社OdwallaのITディレクター、Gary Hensleyは述べている。Odwallaは、約3年前からウェブベースのアプリケーションを導入し、パソコンのサポートコストを大幅に削減した実績がある。「簡単なことだ。最終的なビジネスメリットを示してほしい。私の売上げを上げる手助けをしてくれるような機能が備わっていたり、インフラやアプリケーションの管理を改善してコストを削減できる機能があるというのでなければ意味がない」(Hensley)
Microsoftの描くLonghornの姿は、多くの意味で、同社の「採用して拡張する」戦略を反映したものといえる。この戦略は1990年中頃、インターネットプロトコルに対する関心が急速に高まったことに反応して同社が始めたものだ。
ウェブアプリとWindowsソフトの境界があいまいに
Microsoftは以前にも、.Net FrameworkといったWebサービス技術の製品計画で、一部この戦略を実施してきた。実際同社は、ウェブが大々的に普及する前に、Longhornの基本コンセプトの一部を開発していたのだ。たとえば、Longhornで採用される検索・ストレージ技術のWinFS(コード名)は、もともとは約10年前のWindowsアップデート、Cairo(コード名)の一部として構想されたものだった。
しかし同社は、新たな.Net開発技術をLonghornに組み込むことで、デスクトップにおけるウェブアプリケーションとWindowsソフトウェアの境界を故意にあいまいにしているようだ。
「Microsoftは、より豊富な機能を提供することで、より多くのブラウザ用アプリケーションをWindowsアプリケーションにしようとしているのだ」(Silver)。ここで言う豊富な機能とは、WinFSと、グラフィックおよびプレゼンテーション用新ソフトウェア、Avalon(コード名)、新Webサービス用通信技術のIndigo(コード名)などだ。
Microsoftはブラウザソフトの市場で90%以上のシェアを獲得しており、実質的にこの市場を所有しているとも言えるが、Web標準に関しては同様の支配力を持っているわけではない。ウェブブラウザが爆発的人気を博したことから、WindowsなどのファットクライアントOSは廃れ、かわってブラウザのようなシンクライアントソフトウェアの時代が到来する、と多くの専門家が予想するようにさえなった。シンクライアントソフトウェアとは、コンピュータに負荷のかかる重い処理を、パソコンに接続された企業サーバ上で行うソフトウェアを指す。
皆がサーバベースコンピューティングに一斉に移行する、といった状況は起きていない。しかし、LinuxやJavaといった競合技術の人気は衰えを見せず、Windowsに依存しないデスクトップソフトウェア開発における選択肢は広がっている。
Microsoft製品のライセンス契約が切れる数年後、同社が顧客に対していかにライセンス契約を更新させるかということも、同社にとって複雑な課題だ。最終的には、開発者らはLonghornの新機能を評価し、Javaなどの競合技術ではなく、Windowsで機能するアプリケーションを開発するようになるだろう、とMicrosoftは期待している。
またLonghornは、.Netの活性化にも役立つだろう。MicrosoftはIBMとならび、Webサービス標準の推進で中心的な役割を果たしている。Webサービスは、利用システムの異なる企業間の障害を取り除き、やり取りを効率化するものとして期待されている。今のところ、Microsoftの.Net Webサービス技術は、同社が期待したほどの圧倒的成功には至っていない。
Microsoft会長Bill Gatesはすでに、同社の消費者指向「.Net My Service」計画の大部分が、Longhornの一部として復活する、とCNET News.comに語っている。この計画は、一連の有料サービスを通じて、個人や消費者をより密接にWindowsと結びつけようという内容だったが、パートナー企業の抵抗やプライバシー問題への懸念から、計画の大半は放棄されていた。
新計画とは
今回のProfessional Developers Conferenceの基調演説でGatesが言うには、将来のパソコンにおいてLonghornは、より高度なグラフィックレンダリングや高い処理能力、大容量ハードディスクを必要とするアプリケーションの開発を容易にするのだという。Windowsは、データ処理には拡張マークアップ言語(XML)、情報公開にはHTMLを使用するべく改訂される、とGateは述べた。
「パソコンは3年以内に、かなり驚異的なデバイスになる」とGatesは言う。「クライアントを活用し、クライアントにXML形式のデータを送れば、ローカルで豊富な機能を利用できるばかりでなく、大勢が利用できるHTMLに変換することももちろん可能だ。我々が簡単にしようとしているのは、こうした部分なのだ」(Gates)
業界アナリストらは、MicrosoftにはWindowsを大改訂し、同社のビジョンを実現させる必要があった、と述べている。「Microsoftが実感しているのは、ウェブとWindowsの境界をさらにあいまいにするには、そのベースとなる技術の仕組みを変更しなければならない、ということだ」と米RedMonkのアナリスト、Stephen O'Gradyは言う。
ベースとなる技術の変更で最も重要なものの1つは、Longhornのプログラミングインターフェース、WinFXだ。これは、Webサービスアプリケーションを稼動するのに必要な、.Net Frameworkソフトウェアが進化したものだ。Microsoftによると、XMLプログラミングモデルはWindowsとは別のものなのでデスクトップシステムにパッケージ化されることはないが、WinFXはLonghornに統合されるという。
WinFXがLonghornに統合されれば、「Microsoftが、Javaをサポートする企業相手のボクシング試合で楽勝するようなものだ」と米Directions on Microsoftのアナリスト、Rob Helmは言う。「おそらく、すべてのパソコンは出荷時に.Net対応になるだろう。この状況は、(アプリケーション開発会社にとって)非常に面白いことになるにちがいない」(Helm)
たとえばMicrosoftのDevelopers Conferenceでは、米Amazon.comが、LonghornのAvalonグラフィック技術とWinFSファイルシステムを使って行った、ショッピングサイトの改善方法を披露した。
Amazonの最高技術責任者(CTO)Allan Vermeulenは、ウェブ上で商品の検索結果をすばやくフィルタリングして、3次元表示された商品の写真を表示するといった、通常ブラウザ内では実現が難しいさまざまなタスクを披露した。Eコマースサイトの情報は、ユーザーの予定表アプリケーションでも簡単に共有できる仕組みになっている。
Microsoftの影響力が及んでいるのは主にデスクトップ分野だが、OracleやSun Microsystems、IBM、BEA Systemsといった同社の最大のライバルたちは、ネットワークサーバ上に置かれたJavaソフトウェアを利用している。一般的にJavaシステムは、ウェブポータルソフトウェアを通じてサーバ上の情報を収集・整理し、ブラウザ経由で個人のコンピュータに情報を送る作業を行っている。
このような技術は、アプリケーションを中央管理し、社内の全パソコンで使用されるソフトウェアの管理を強化したいと考える企業には大変便利なものだ。
サーバコンピューティングの代表的推進者で、Microsoftを辛らつに批判しているSun Microsystemsは、同社社員にスマートカードを配布し、Sun Rayという超シンクライアントなマシンを共有できるようにする、と述べている。Sun Rayでは、情報の記録や配信といったタスクが、すべてサーバ側で処理される仕組みだ。Sunは、この技術は幅広いタスクでの利用が可能で、管理コストの削減に役立つと述べている。
このようなSunの言い分に対抗するため、Microsoftの幹部らはLonghornでアプリケーションの利用やメンテナンスが簡単化するのだと強く主張している。LonghornのClickOnceという機能を利用すれば、ちょうどウェブサイトがあるページの最新バージョンを表示するのと同様に、Windows用カスタムアプリケーションが、サーバから定期的にアップデートをダウンロードするようになる、と同社のサーバおよびツール部門シニアバイスプレジデント、Eric Rudderは話している。
またMicrosoftは、企業顧客が自社システムの管理を強化できるようにする、Dynamic Systems Initiativeという総合的計画にも投資している。
しかし、多くの企業がIT予算を削減している時期に、新OSに金を費やすよう顧客を説得するという点で、Microsoftは厳しい戦いを強いられるかもしれない。
「Microsoftの懸念は的を得たものだ」とDirections on MicrosoftのHelmは言う。「同社は、ユーザーが現行のデスクトップに満足しており、アップグレードの周期をますます遅らせていることを懸念している。そこにLinuxの長期的な脅威が押し寄せる隙が生まれてしまうのだ」
さらには、Longhornの機能やメリットがどれだけ優れていようとも、Microsoftは特定の技術プランに囲い込まれるのを拒む顧客を何とかして説得せねばならない。
GartnerのSilverが言うように、企業が選択肢をオープンにしておきたいのならば、答えは簡単だ。「汎用ブラウザ用のツールを使い、汎用ブラウザで動くアプリケーションを書くべきだ。そして、Windowsでしか利用できない機能は避けるべきだろう」
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