米国で最先端の流行が集まる街のひとつ、ニューヨークのウィリアムズバーグ。そのちょうど真ん中に、Appleはブルックリン初の小売店舗を開こうと準備を進めていた。
周囲の産業区域に雰囲気を合わせて改築した、レンガづくり倉庫風の2階建て。ニューヨークでも最も人口の多い区であるこの新しい地で、260万人の住民に向けて、ピカピカの「iPhone」と「MacBook」が勢ぞろいで陳列された。
それは2016年7月のことで、同じ頃、イースト川をはさんだ対岸のマンハッタンでは、ニューヨークの独立系コンピュータショップとして有名だった老舗が、店を畳もうとしていた。
1987年創業のTekserveは、ニューヨークの「Mac」ユーザーがApple製品の修理を正規に依頼できる数少ない店舗のひとつとして、長年にわたって営まれてきた。チェルシーにある2万5000平方フィート(約2323平方メートル)のショールームは、Appleファンが足を運び、新製品をチェックしたり、店員や修理スタッフにも相談できたり、常連客ともなれば名前を覚えてくれる、そんな場所だった。
だが、2002年、Appleがソーホーの郵便局跡地にニューヨーク初のストアを開いた日、Tekserveの運命は決まった。かつては、「ロー&オーダー」や「セックス・アンド・ザ・シティ」をはじめとする米国のテレビドラマに背景として登場するほどの名所にもなった同店舗だったが、至るところで競争が激化した。MacBookなどのApple製品の修理需要は、ロボット制御並みに効率的な「Genius Bar」を構えたAppleの自社店舗に吸い取られ、ハードウェアやアクセサリの売り上げは、Amazonなどのオンライン小売店に奪われていったからだ。
Macの修理にせよハードウェアの販売にせよ、ローカルショップからチェーン店へと移り変わっていくと、間違いなく失われるものがある。Tekserveの最高経営責任者(CEO)、Jerry Gepner氏は、「小さい小売店のほうが地元のことをよく理解しているし、その時々の状況や地元住民の需要を把握しているものだ。どんな商売だろうと、独立系の小売店が閉店するたびに、そういうものが失われていく」と語っている。
一部の視聴者に熱狂的な人気を誇る米国のテレビドラマシリーズ「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」には、タイトルの元にもなった不運なコンピュータ修理店にフラッシュバックする場面がある。「computer repair with a smile(コンピュータ、笑顔で修理)」を売りにするような、小さくて雑然としていながら安心できる、そんな地元商店は、いわば絶滅危惧種となった。筆者が本稿の着想を得たのは、毎日の通勤途中に見かける、昔ながらのブルックリンのコンピュータショップからだったが、そこも2016年の春に閉店してしまった(キッチュでレトロな、修理店の看板も下ろされた)。結局、一度も訪れる機会がないままだった。だが、探すところを探せば、家族経営のような小さいコンピュータショップが、わずかながら元気に営業を続けている。
そんな抵抗を続けている1人が、New York Computer Helpの経営者、Joe Silverman氏だ。Silverman氏は、賃料の高い、通りに面した場所を避け、マンハッタン34丁目にある名もない商業ビルで、隠れ家のような2階の一室を選んだ。「この仕事を始めたときは、基本的にアパートを転々としながら、家庭用コンピュータの修理サービスを希望する人をサポートしていた」と語る同氏は、事業が波に乗った2000年に、今の店舗を開いた。
1階に店舗を構える小売店と違って、飛び込みの客はいない。「口コミと紹介が重要だ。『Yelp』が間違いなく役立っている」とSilverman氏は話す。同氏が重要視しているのは、AppleやBest Buyのような大手チェーン店が相手にしない、例えば水没した製品の修理や消失したファイルの復旧といった需要だ。「Appleの店舗に行っても、なかなか希望はかなわない。水をこぼしたのではないか、ぶつけた傷があるのではないかというように、何かにつけて保証対象外にされてしまうからだ」(Silverman氏)
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