2010年2月5日、米国サンノゼの新興企業SiriがApp Storeに向けてアプリを無償公開した。それが「Siri Assistant」である。だがこのアプリは、センセーショナルに登場したわけでも、特別支持されたわけでもなかった。
そして2010年4月28日、突如としてAppleがSiriの買収を発表した。この発表を受け、ネット上では早くからiOSに組み込まれるのでは? という噂が流れた。そして2011年10月5日、iPhone 4Sの発表と同時に目玉機能の1つとしてSiriは発表された。10月14日にiPhone 4Sが発売されると、Siriは驚くべきことに母国語がサポートされていない日本でさえ人々を魅了した。これを機に英語を勉強する者さえ現れる始末だ。
Siriのすばらしい機能は他の解説記事に譲るとして、Siriの出自について語りたい。Siriの大元をたどると、驚くべきプロジェクトに行き着く。なんと米国国防高等研究計画局(DARPA:軍事目的の技術研究開発機関)による一大プロジェクトから始まったのだという。そのプロジェクト名は「CALOプロジェクト」。語源はラテン語の「calonis(戦士に付き従うもの)」、つまりもともとは兵士を戦場でサポートするための研究だったのだ。
このCALOプロジェクトは2003年にスタートし、巨額の資金が投じられた。300名以上もの研究者が名だたる大学や研究機関から招へいされ、2008年まで続けられた。その中でもSRI Internationalの貢献は大きかったと言われている。SRI Internationalは世界でも有数の研究機関であり、ありとあらゆる分野の最先端研究を行っている。インターネットの起源となった「ARPANET」もここから産まれた。
CALOプロジェクトが進められる中、2007年12月にDag Kittlaus氏という人物がSiriを立ち上げる。そこにはSRI International内ベンチャーグループ出身のNorman Winarsky氏もいた。彼こそSiri最大のキーマンと言えるだろう。その後の流れは冒頭に書いたとおりだ。CALOプロジェクトは人類史上最大の人工知能(AI)研究プロジェクトであったことは間違いない。その正統な成果物がどうなっているかはわからないが、Siriはその血を受け継いでいると言っても過言ではない。
iPhone 4SにSiriが搭載されるやいなや、世界中のハッカーがSiriクローンを作ろうと躍起になっている。Android Marketには日々新しいSiriクローンが登場している。その中でも現在トップに踊りでているのが「Iris」だ。
IrisはDexetraというインド企業のプロダクトだ。Dexetraは2010年の4月に設立された会社で、「Friday」というAndroid向けのライフログアプリを主力としている。IrisはiPhone 4Sが登場してすぐに作られたプロダクトだが、これがなかなか良くできている。天気や時間を教えてくれるのはもちろん、友達に電話をかけることもできる。さらにはウェブの検索やミュージシャンの名前をたずねると、画像つきで概要を教えてくれるといった機能さえある。
Dexetraのエンジニアが優秀なのは認めざるを得ない。しかし、本質的に彼らがIrisを作ったとは言いがたい事情がある。なぜなら、Irisのメイン機能である自然言語処理部分は、どうやらオープンソースソフトウェアらしいのだ。筆者が検証したところ、Irisの中身は「A.L.I.C.E.」で間違いない。A.L.I.C.E.はSiriよりも歴史が長く、1995年にRichard S. Wallace氏によって開発が始められ、今日に至るまで開発が続いている。CALOプロジェクトのような研究機関によるものではなく、Linuxと同じく、オープンな開発スタイルで進められてきたプロジェクトだ。世界中の誰でもA.L.I.C.E.を使ってインテリジェントなボットの開発ができる。ではそのようなソフトウェアが、国家プロジェクトからの派生であるSiriに対抗できるのだろうか?
心配はいらない。A.L.I.C.E.はSiriに十分対抗できると筆者は考えている。それは筆者の経験による考察だけではない。英国の人工知能コンテスト「ローブナー賞」で過去3回の優勝という実績を持つ唯一のシステムこそがA.L.I.C.E.なのだ。蛇足ながら付け加えると、実のところ人工知能研究の世界でローブナー賞は問題視されている。なぜなら、ローブナー賞の審査基準が「もっともらしく受け答えができるシステムかどうか」という点であり、単純なトリックで理解しているように見えるだけのシステムでも優勝できてしまうからである。だが、それがユーザーにとって問題あることなのかどうかとなると、それはまた別の話だ。
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