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私が「Twitter」を受け入れられない理由

2007/06/14 16:00
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 編集部注:CNET News.comは、「Twitter」について肯定と否定の両論を追いかけている。スタッフライターCaroline McCarthyは、Twitterは素晴らしいランダムな要素を生活に加味すると考えている。McCarthyの意見に関心のあるかたはこちらをどうぞ。

 私は最新流行の技術に飛びついて試してみるタイプではない。石ころをペットに見立ててかわいがったペットロックのように一時的流行だけで廃れるか、それとも、携帯電話のように文化に根付いて、利用していないと恥ずかしい思いをすることになるか、じっくり様子を見るほうがいい。

 最新流行の1つは、ウェブサイトやインスタントメッセージ(IM)、モバイルテキストメッセージなどを利用して、自分の考えや活動について最新情報を友人に発信できる無料ソーシャルネットワークサービス(SNS)「Twitter」だ。

 こういったうたい文句からそもそも魅力を感じなかった。リサーチのために数日間Twitterを利用してみて、自分の直感は的を射ていたことがわかった。それだけではなく、使ってみてはっきりわかったことだが、私と20人ほどの同僚の間には、親指でどれだけ速く文字を入力できるかということ以上に大きな違いがあるのだ。

 まず、自己を表現することと互いの生活を追いかけ合うことへのTwitter世代の熱中ぶりに匹敵するものがあるだろうか?私には個人的な情報やとりとめのない思いを、なぜ世界に向かって垂れ流す必要があるのか理解できない。Twitterはまさにそのために設計されている。Twitterは、友人のみならずウェブサイトをうろついて赤の他人のくだらない物思いに目を通すひまのある人間たちに向けて、頭に浮かんだもろもろを思いつくまま伝える手段となるべく作られたものだ。

 食べ物は、Twitterで人気のテーマのようだ。最近なんとなくTwitterを眺めていたら、「ビールを飲みながらフィッシュフィンガーを揚げている」ユーザーがいた。「風呂に入らなければならない」ことを公表しなければ気がすまないユーザーもいれば、「退屈している」ユーザーもいた。もうこんなに遅い時間なのに、まだどれだけの仕事、つまり空欄を埋める作業をしなければならないか、という趣旨のことを書くのに時間を費やしているユーザーもいた。たぶん、つまらないことをぐだぐだ書き込むのにそんなに多くの時間をかけなければ、時間に追われることもなかっただろう。だが、この人たちは見知らぬ他人で、そんな人々が昼食に何を食べようと、私が関心を抱くはずもないのは考えるまでもない。では、友人のことだったらどうだろう?実際のところ、友人でもなんでも、何を食べているかなど知ったことではない。

 ありがたいことに、電話でメッセージ受信ができるようにするTwitterの設定がうまくいかなかったので、それで悩まされるということは免れた。それに、IMを使うサービスを設定しようとしたとき、サイトはメンテナンス中だった。だから、私がTwitterに参加するのはウェブページからだ。ユーザーは、プロフィールのページに公開したい経歴は何でも載せられる。友人の写真などなんでも好きな画像とともに、友人のTwitterメッセージが新しいものほど上にくるように表示される白いウインドウを、全員で共有することもできる。サイトには、「What are you doing?(今何してる?)」という質問メッセージが表示される。公開ページに表示されるこの質問に対する答は、たいてい、大学で行われるような、おどけたダダイズム調の出来の悪い詩の実験みたいなものだ。

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