Oculus Touchと“破壊”が導いた--ジャーナリスト新清士氏がVRゲームを開発した理由 - (page 2)

プロトタイプの“クソゲー”から解決の糸口となった「破壊」という体感

--Oculus Touchを触ってVRゲームを作りたいと話されていましたが、それはどうしてでしょうか。

 まず、よむネコ自体はVRゲーム開発のために設立した会社ではなく、3年ぐらい前に電子書籍関連サービスのために立ち上げたのです。結局それは立ち消えになってしまったのですが。そのあと、構成しているメンバーが脱出ゲームを好きだったこともあってスマートフォン向けの脱出ゲームをいくつか作ってリリースしました。評判自体は悪くなかったのですが、マネタイズの部分で苦戦をしていました。

 それで新たな道を模索していたときにOculus Touchを触って、この手触り感は過去にはない全く新しい何かを生み出すことができると思えたんです。デモコンテンツの「TOY BOX」を体験してみて、VR空間に手があって触ったり握ったりできるという実在感を通じて、自分がVR空間に存在するという感覚は衝撃的でした。それと同時に「これは明らかに脱出ゲーム向きだ」と直感しました。VR空間で扉の鍵穴に鍵を差し込んで回す、そして扉を開けて部屋を移動するといったことなど、今までになかった感覚がVRとOculus Touchによって生み出せると。

 あと、ジャーナリストとしての活動が目立っていますが、VR業界を追っていくなかで、自分でもVRゲームを作りたくなったんです。もともとは開発職にいた人間ですから、もう一度現場に入り込んで開発に取り組みたかったというのもあります。

--開発の苦労点などはありますか。

 山のようにあります(笑)。プロジェクトとして本格的にはじめたのが2015年12月ぐらいですが、そもそもOculus Touchもなければ、当時はHTC Viveも入手できない状態でしたから。米国で売っていた、5年あまり前に発売されたモーションセンサを搭載したコントローラをオークションサイトで手に入れて、それをOculus Touchの代用品として作りはじめました。

 それから3カ月ぐらいしてプロトタイプを作ったのですけど、今の完成版とは、なにもかも違っています。当時はコントローラによるスクロールで移動を表現していたのですが(完成版はワープ方式)、そうすると激しい酔い(VR酔い)を引き起こすんです。当時この問題はどうやっても解決できませんでした。

 ほかにも従来の脱出ゲーム用の問題をそのままVR空間に入れ込んでいたのですが、作ってみて初めてわかったことですけど、あまり面白くないと自分もメンバーも感じていたんです。解決の糸口が見つからないので、知り合いに声をかけまくってユーザーテストを本格的にやりはじめて、プレイしている様子を映像に収録して分析したり、アンケートを取りました。そしてハッキリと分かったのは、これは“クソゲー”だと。

--つまらないというのがハッキリしたと。

 例えば「スイッチを押せば扉が開く」という単純なシチュエーションでも、ゲーム好きならなんとなく進めていけるんですが、脱出ゲームを好んでいてゲームをあまり遊ばない人にとっては、そこで詰まります。VR空間が初めてで、ゲームをあまりしない人にとっては、“移動の仕方”がまずわからない。VR酔いもあわさり、「拷問だ」と酷評した方もいました。

 ただ唯一評価されて解決の糸口になったのは、「ハンマーを手にして物を壊すとドアが開く」というシチュエーションを入れていたことです。そこだけは、ゲーム好きも脱出ゲーム好きも「もっと壊すところはないの?」という意見で一致していました。なので、試しに物を壊すだけのステージを作ってテストしたら、みんな一様に「楽しい」と高評価になったんです。テストバージョンでは割れた破片も床に残していたのですが、それを掃除する女性の方もいたんです。

 こういった反応を見ながら、VR空間特有の実在感を出すための仕掛けや、体感して楽しいものを理解しはじめました。リアルに脱出ゲームを再現するというよりは、VR空間だから体感できる楽しさを重視しつつ、脱出ゲームのエッセンスを入れる方針にしました。「VR空間の中だけで通用するリアル」というものが存在して、それを追求することがVR特有の魅力を生み出すことにつながっていくのだと考えるようになりました。

--実際に体験してみて、ハンマーを振り下ろしたときにスフィアが割れるところも快感ですし、うまく投げて当たるとうれしいという感覚は味わえました。

 なので「破壊」を主体にして、ハンマーを投げるというアクションを入れると、ゲームとしても楽しさが出て成立することがわかりました。それに加え、もともと脱出ゲームをVR空間で作ることを目標としていたので、複数人で遊べるようにすることは最も重要な機能だと思っていました。そのため、2人で一緒に遊ぶことを目指したのですけど、実装して試したら本当に面白いと感じられるようになって。方向性が定まったのが2016年6月ごろで、そこまでが長く感じました。

エニグマスフィア
VR空間内で、ハンマーを手にしてスフィアを破壊していく内容になっていったという

--人員的なところでの苦労はありましたか。

 スタートアップはメンバー集めに苦労するのが常です。よむネコ創業メンバーで取締役でもあるゲーム開発会社のヴァンガード代表取締役である杉山さん(杉山智則氏)に入っていただいていることもあって、ヴァンガードのスタッフの方を一時的にお借りできたことが大きいです。ピーク時には11人ぐらいで開発していまして、今は7人ぐらいですね。また、私自身、ベンチャー企業としてのマネジメントスキルは全然足りていないので、そうした部分も杉山さんの経験でかなり助けてもらっています。

 人員に限らず、VRは実際にやってみると、いろんなところで手間がかかることがわかってきました。モーションコントローラを扱うものでHTC Viveの場合だと、ルームスケールの2平方メートルぐらいの何もないスペースが必要です。ものすごく当たり前のことと言われそうですが、日本の狭いオフィスでスタートアップの小規模開発だと、スペースの確保は意外と大変です。

 あとデバッグにおいて、HMDを装着したままだとメモができないのです。これも当たり前と言われるかもしれませんが、あとでまとめて書くというのも忘れやすいので、口頭でしゃべってそれをメモする人を別に付ける形で進めていました。社内デバッグの場合、追い込みのときには別の方の作業を止めてしまうことも起きました。とにかくOculus Touchの発売に合わせることが命題としてあったので、時間との勝負でもありました。

--実際にリリースしましたけど、反響はいかがでしょう。

 率直に言ってしまえば、販売数はこれからの伸びに期待というところですね。そもそもOculus Touchを購入した方の絶対数が少ないです。国内だと開発者周辺のみでしょうし、海外でもまだまだのように見えます。本来であれば、ボイスチャットを使ってマルチプレイを体験してほしいのですが、ユーザー数の絶対数が少ないために、そういった環境があまりない状態ですし、自分たちが体験して欲しいと思っていた環境を多くの方に提供できていないという、理想とのずれがあるのが本音です。ただ、今後普及が進むにつれて、状況は改善してくるのではないかと思っています。

--一般の方を対象にしたロケーションテスト(ロケテ)では話題になっていたと聞いています。

 8月に謎とき施設の「なぞともカフェ」で2日間ロケテをさせて頂いたんですけど、1日目に体験した方がSNSで話題にしてくださって、2日目には朝から並ばれる方がいて、開店から15分で夕方までの予約券がなくなってしまうぐらいでした。しかも体験していく方々のほとんどは“リア充”と言える男女カップルばかりで、デート先のひとつとして選んで来て頂いていたようでした。そういった反響を見て、ようやく面白さやこの方向性に確信が持てました。

 また11月から、大阪の梅田ジョイポリスで1カ月間、HTC Vive版でのロケテを実施させて頂き、非常に良いセールスの結果となりました。同じようにカップルが多くて、VR空間でボイスチャットをしながら楽しむというのは新しい体験という声が多かったです。またワープ方式による移動はVR酔いが起きにくいというのも、評価頂いた理由のようです。この先もソフト面のアップデートを続けていきますが、この楽しさをどのように広めて理解してもらうか、そのアプローチをどうすべきかの作戦を練っているところです。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]