パシフィコ横浜で8月22日に開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2013」にて、ガンホー・オンライン・エンターテイメント代表取締役社長CEO兼企画開発部門統括 エグゼクティブプロデューサーの森下一喜氏が基調講演「開発讃歌」を行った。
長期にわたって人気となっているスマートフォン向けパズルRPG「パズル&ドラゴンズ」(パズドラ)を生み出した同社。冒頭ではゲームにおける命題ともいうべき「ヒットの方程式」について切り出したが、森下氏は「やっぱ、ない」とひとこと。「この答えは永遠のテーマになると思います。その理想に少しでも近づけるように努力することは必要なことですが、現段階においてはさっぱりわかりません」という。
「面白いゲームを作ることがガンホーの基本戦略」というスタンスは、おそらくゲーム制作に携わる関係者であれば誰もが思うことであり、一方で会社経営などさまざまな事情から難しい側面もある。それでも森下氏は、これが本質で正しいことであると信じていると強調した。
ゲーム開発とは、すばらしい仲間とともにアイデアを注ぎ、お金を使って面白いゲームを作るということから「ゲーム開発はドラマ。ゲームの数だけドラマがある」と語った。そしてこのあと森下氏自身が考えるゲーム開発について、最近のドラマ「ガリレオ」、「孤独のグルメ」、「半沢直樹」、「八重の桜」のセリフを引用して説明した。
まずは、遊びの核となる部分の直感的な面白さが重要であることを指摘した。森下氏自身があまのじゃくというように、常識にとらわれず右斜め上の思考を持って、分析や周囲に流されず、我が道を行くこと。分析を不要としているのではなく、自分が作りたいと思ったものを大切にすることがきわめて重要と説いた。
「そろそろ来年の事業計画を立てるのですが、新作の予定がない」と語る森下氏。もっともこれは、新作を出さないという意味ではない。経営的な目標達成の計画にあわせて新作を作るのではなく、あくまでゲームを作りたいという欲求を尊重する姿勢であり、面白いと思えるものであれば予算外でも制作をはじめるという。
そして新作を作ることは、ゲーム制作の上で一番楽しい時間であるとし、それはプランナーだけでなく、デザイナーやプログラマーなど、チームとしてみんなでアイデアを出していくのも重要であると説いた。そして、そのために常に自ら考える癖を身につけることも重要であり、それを実行することによってアイデアがひらめく瞬間があるとしている。
また、特にプロデュサーの立場とするならば、そのゲームがどうなるかの成功ストーリー(妄想)を描くことも大事だとした。「そのストーリーは実現できると思えるものを考える。それで本当に実現しそうだと思ったら、実現します」という。
パズドラの成功を受けて、パズドラのようなタイトルが多数リリースされているということもあるが、森下氏自身も「パズドラではこうだった」と言ってしまうこともあるという。この言葉は、パズドラに限らずヒットしたタイトルや成功体験に縛られることがあるが、それを引きずらないで創る姿勢が大事だということを表している。また、革新的なゲームデザインを生み出すには、パズドラフォーマットと言うべきものをぶち壊すくらいの考え方でなければならないと付け加えた。
昨今はモバイルデバイスのゲームにおいて、ブラウザかネイティブかという話題が挙がるが、森下氏から見るとどちらでリリースするか、その議論はどうでもいいという。あくまで内容次第で最適な開発手法やプラットフォームを選べばいいと提言。ことパズドラに関しては触感を最大限に生かすためにはネイティブしかなかったからと説明し、ユーザーにとってブラウザかネイティブかは関係がないとしている。また森下氏が以前言ったことのある「波は乗るものではなく、波は起こすもの」という名言をメッセージとして送っていた。
これまでに多数のゲーム企画があるなかで、没になったり制作途中で中止になったものもあるが、たとえ“ペラ1”というような1枚の企画書でも、すべての企画書を大切に保管しているとのこと。その時点やそれだけでは成功のストーリーが描けなくても、他の企画などで生かせる場合があり、森下氏にとっては宝の山だとしている。
ゲーム開発において事業計画は絵に描いた餅であり、それを作る時間があるならもっと面白いことを考えた方がましだと説く森下氏。事業計画がいらないという意味ではなく、自分の心に嘘はないか、誰のためにゲームを作るのかという本質的な部分が大事で、お役所的にならないようにしてほしいという。ただ森下氏は、新規オリジナルタイトルの事業計画ほどあてにならないものはないとも考えているようだ。
ガンホーでは、ゲームのコアとなる部分と継続的なプレイを促進するエコシステム、修練度と偶発性のバランスを重視。そしてゲームリソースを追加することそのものは否定しないが、安易に追加するとゲーム全体にヒビが入ってしまうため、ゲームシステム全体を常にふかんし、どのように影響するかを考えることが重要であると説いた。
ゲームプレイのイメージが頭の中でできるか、そしてチーム全員が共有できるかが重要であると説明。ことパズドラのプロデューサーである山本大介氏とは、そのイメージが共有できて話しやすかったという。またプロトタイプについても、ゲームの最終形を共有するのに大切であるとした。
気になるところがあったとしたならば、それを放置することや、予算やスケジュールの都合といった政治的理由で妥協はしないこと。そして誰かがやってくれるだろうと他人任せにすることが一番よくないことだとした。
オンラインゲームやスマートフォンのゲームにおける運営について語る森下氏。これからの時代は開発と運営がセットになっていくとしている。それを踏まえ、サービスインはゴールではなく、あくまでスタートであること、そしてダウンロード数よりもアクティブユーザー数が大事であると説いた。
また、コンテンツ(開発)とサービス(運営)の一体化も重要になってくるという。これはかつて運営だけを担当し、開発をしたくても手をつけられなかったことからつらい思いをしたという森下氏の経験による考えだという。
オンラインゲームなどを運営しているときにはトラブルもあるが、きちんと対応すれば愛されるゲームになるということ、そのトラブルの時には告知を早くすることを説明。「電車が止まって閉じ込められたとき、いつ復旧するかがわからないとイライラする」ことを例に挙げ、これをイメージして告知をこまめにしていくことが大事だとしている。
「十数年運営を経験していると、うまくいったときの方が少なく、ほとんどが失敗だった」と語る森下氏。その多くの失敗と少しの成功から磨かれる勘が重要だという。そして失敗にくじけず、そしてそこから逃げずににより良いサービスに向かって前向きに頑張っていくポジティブな姿勢を貫くことを説いた。
この一言は場内の笑いを誘っていたが、森下氏が言いたいのは「成功したら運がよかったと思うこと」。開発スタッフの努力の成果であることは認めつつも、自分たちができると思い込まずに、新しいことへ挑戦を続けることが大事だとしている。
ゲーム作りにはさまざまな作り方や思想、哲学があるが、それを口で伝えることは難しく、それを伝えるには自ら一緒にゲームを作り、一緒に学んでいくことが重要であるとしている。
ゲーム業界がさらに発展していくには、ひとりひとりの志が重要だと説く。「CEDECのような、お互いがヒントを教え合う情報交換の場があることが素晴らしいこと。私もみなさんと一緒に学んで、ゲームを育てていく力をつけていきたい」とし、10年後、100年後ももっと大きい業界にしていきたいと語る森下氏。そして、誰でもヒット作を生み出すチャンスがあるとも語った。
最後に、森下氏が一番言いたいこととして「半沢直樹」の「やられたらやり返す!10倍返しだ!」を引用し、もしつまらないゲームを作ってしまったら、妥協せず作り直すということで「つまらなかったら創り直す!ちゃぶ台返しだ!」というスライドを掲げ講演を締めくくった。
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