最終更新時刻:2008年10月6日(月) 19時43分

ネットの増殖力を奪うネット中立性

文:Randolph J. May(Free State Foundation)
翻訳校正:吉井美有

2006/06/14 16:42  

 インターネット上、特にブログは、当然ながらネットの中立性をめぐるこの一連の議論であふれかえっている。「ネット中立性(Net neutrality)」という言葉をGoogleで検索すると、2100万件もヒットする。検索要求に「ブログ(blog)」を追加しても、600万件近くが抽出される。

 この騒ぎを見ながら残念に思うのは、知識不足で誤解を招くような内容の議論が大半を占めていることだ。このコラムで前にも触れたことがあるが、ブロードバンドサービスプロバイダーに対して、ネット中立性支持派が主張しているような広い範囲に及ぶ規制を課すのは、結局は利用者が不利益を被ることになるため決して良い考えではない。ブロードバンドプロバイダーは単なるパイプを提供しているだけであって、彼らのネットワーク設備を利用するアプリケーションおよびコンテンツをすべて平等に扱う必要があると規定して、ブロードバンドプロバイダーを完全に中立化してしまうことは、実はインターネットの増殖力を奪うことになる。

 問題の核心は単純だ。説明しよう。

 ブロードバンドインターネットのサービスプロバイダーは、20世紀に、AT&Tとその子会社を特徴づけていたような、公共事業に対する規制の対象にはなっていない。電話会社は従来のコモンキャリアに分類されるため、料金やサービス利用規約は連邦通信委員会(FCC)によって規制されていた。電話サービス会社間の競争などなきに等しかったナローバンド時代は、この体制で問題はなかった。

 しかし、ブロードバンド時代のインターネットプロバイダー市場では事情が大きく異なる。FCCがブロードバンド市場は十分に競争的な市場であり公共事業型の規制の対象にするべきではないと決定してから4年が経過している。こうした決定があるにもかかわらず、ネット中立性支持派たちは現在のインターネットを守るためにネットの中立性を維持する規制を課す必要があるというスローガンを掲げている。これではユーザーに誤った認識を与えることになる。現在、こうした規制は設けられていないが、インターネット上で利用可能なサービスとアプリケーションの数と多様性は指数関数的に増大し続けている。つまり、われわれが知っているインターネットは(ネット中立性など課さなくても)十分に維持されているのである。

 実際、ほとんどの人が見過ごしているのだが、ちょうど10年前の1996年に制定されたTelecommunications Actで、議会は次のように明言している。「インターネットおよびその他の対話型コンピュータサービスにおいて、連邦政府や州の規制を受けない、現在の活気のある競争的な自由市場を維持することが米国の政策である」

 FCCと議会がこの法律を制定した当時よりも現在のブロードバンドプロバイダーの市場のほうが競争が激化していることは疑いようがない。もちろん、大学の経済学基礎講義の教科書で教えられている小麦市場のような、古典的な完全自由競争が実現されているわけではない。そんな市場はほとんど存在しない。ましてや、数十億ドル規模の巨額なインフラ投資を必要とするネットワーク産業において、そのような完全自由市場はありえない。現時点では、ケーブル会社と電話会社が依然として市場を独占的に支配している。しかし、無線や衛星によるブロードバンドプロバイダーも競争力を強めつつある。さらには電力会社も既に電力線によるブロードバンド配信のテストを始めており、現状をひそかに観察しながら市場に競争的圧力をかけている。

 このように競争が激化し技術的にもダイナミックに変化している市場において、Google、Yahoo、Microsoftといったネット大手企業が、インフラ所有企業に対して、厳格な機会均等と料金規制を課すことを申請するのは見当違いもはなはだしい。ほとんどの提案は、利用者による合法サイトへのアクセスを「遮断したり、妨害したり、通信の質を低下させたりする」ような一切の行為をネットワーク事業者が行うことを禁止するという内容だ。しかし、今日、利用者がWebサイトへのアクセスをブロックされたとして苦情を言っているという事例は存在しないし、サービスプロバイダーが合法サイトへのアクセスをブロックするようなことは想像しがたい。そんなことをしたら、即座に市場からの反発に遭うだろう。

 「妨害」および「品質低下」の禁止に関しては、こうした方法で禁止が義務づけられると2つの重大な問題が生じる。第一に、こうした本質的にあいまいな言葉の意味をめぐって訴訟がて長期化し費用もかさむことになる。法令違反であるとされる無数の事例に対して、サービスプロバイダー側も何とか規制にパスしようとサービスを修正するため、裁決、再裁決が繰り返されるからである。第二に、こちらのほうが根本的な問題だが、ネットワーク設備の所有者はすべてのアプリケーションやコンテンツのプロバイダーを均等に、つまり中立的に扱わなければならないという概念は、われわれが望む競争市場のあり方と基本的に矛盾する。新しい製品やサービスに対する消費者の評価は、市場における差別化の試行錯誤のプロセスを通して形成されてゆくものである。差別化する自由を奪ってしまうと、有効な競争の基盤が損なわれてしまう。

 それに、厳格なネットワーク中立性を強制することは、動画やゲームのダウンロードなど、帯域幅を大量に消費する行為をサポートするために必要なインフラ投資の増大を賄うための経済的負担を、一般のインターネットユーザーが「均等に」負わなければならないことを意味する。これは、言ってみれば、高トラフィック、高性能のアプリケーションをサポートするために必要なインフラ投資を増大させる原因になっているGoogleやYahooなどのサイトを助成するために、あまり帯域幅を消費していないユーザーに対して遡及課税するようなものだ。

 ネット中立性を強制的に実施すると、実は、継続的な訴訟によって先行きの不透明感が増大し費用がかさむと同時に、ネットワーク事業者が自社サービスの差別化によって需要を喚起するようなビジネスを展開できなくなるため、インターネットの技術革新が抑圧され、投資も減少することになる。つまり、ネット中立性は実現しても、同時にネットは去勢されたも同然となり自己増殖力を失うのである。

 その意味で、今後の議論では、「ネット去勢(Net Neut*)」という言葉を使うことを提案したい。そうすれば、「中立性」という言葉の表面的な意味だけが一人歩きし、今後のインターネットの継続的な発展を阻害することになる新しい規制的な体制の実現へ向かって事態が進行するようなことは少なくともなくなるだろう。

著者紹介
Randolph J. May
メリーランド州のシンクタンクFree State Foundationの会長。ワシントンD.C.にあるProgress & Freedom Foundationの上級フェローを務めた経験もある。この記事の内容は氏の個人的な見解であり、氏の現職および前職とは一切関係ない。

特集

グーグルの米国エネルギー問題解決策--22年計画「Clean Energy 2030」の内容
自社での節電を積極的に進めているグーグルが、米国政府に国内のエネルギー問題を解決する計画を提案した。
物理学をラップで--YouTubeで人気の大型加速器(LHC)動画が生まれるまで
大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の素粒子物理学の実験をわかりやすい言葉で歌ったラップが「YouTube」でヒットし、多くの注目を集めている。ここでは、そのラップが生まれるまでを紹介する。

オピニオン

■インタビュー

Windows VistaにとってXPはライバルか?--マイクロソフト グローバルマーケティング担当Brad Brooks氏Windows VistaにとってXPはライバルか?--マイクロソフト グローバルマーケティング担当Brad Brooks氏
コンシューマー市場向けの取り組みを強化すると発表したマイクロソフト。日本におけるWindows VistaやWindows Media Centerの現状をどう見ているのか、コーポレートバイスプレジデントのブラッドブルックス氏に話を聞いた。
「iPodを日本で一番売りたい」--ビックカメラ有楽町店に聞く新iPodの魅力「iPodを日本で一番売りたい」--ビックカメラ有楽町店に聞く新iPodの魅力
発表後初の週末となった9月13日に、新iPodファミリーの店頭イベントを開催したビックカメラ有楽町店本館で、店長の石川勝芳氏に、iPodの販売状況と店内での取り組みについて伺った。

■コラム

台頭するスーパーインフルエンサー--Universal McCann調査より台頭するスーパーインフルエンサー--Universal McCann調査より
Universal McCannが調査報告で論じた「新たなスーパーインフルエンサー」の台頭。ここでは、インターネットだけでなく実世界でも大きな影響を及ぼすスーパーインフルエンサーについて検証する。
松下からパナソニックへ--第2の創業で3年ぶり安値から切り返すか松下からパナソニックへ--第2の創業で3年ぶり安値から切り返すか
創業90周年を期して“第二の創業”と位置づけている松下電器産業は10月1日に社名を「パナソニック」に変更するが、株価は3年ぶりの安値水準に沈んでいる。
メディア化するポータルが瀕死の雑誌を飲み込もうとしているメディア化するポータルが瀕死の雑誌を飲み込もうとしている
雑誌を発行する出版社は、崩壊しつつあるビジネスモデルの再生を電子媒体に求める。電子雑誌のビジネスモデルの根幹はコンテンツの内容と広告モデル、そしてコンテンツの内容に基づく他のビジネスへの広がりをどのように築くことができるかだ。

企画特集

KDDI「SaaSソリューション」KDDI「SaaSソリューション」
〜社内コミュニケーションの課題への解決策とは〜
エンタメCGM「gooメーカー☆メーカー」エンタメCGM「gooメーカー☆メーカー」
【第1回】開発者に訊く!各機能と開発の狙いとは

ブログネットワーク

アルファブロガー

村上敬亮 情報産業の未来図ネットワーク型産業構造への衣替え?
村上敬亮 情報産業の未来図
クロサカタツヤの情報通信インサイトグッバイ、レバレッジ!(1)
クロサカタツヤの情報通信インサイト
末吉隆彦 ロケーションウェアの「空」と「実」9月イベントお知らせ
末吉隆彦 ロケーションウェアの「空」と「実」
ケータイ時代のスタンダードiPhonista Nightの事後報告
ケータイ時代のスタンダード
江島健太郎 / Kenn's Clairvoyance新サービスをローンチしました
江島健太郎 / Kenn's Clairvoyance
鈴木健の天命反転生活日記パラレルワールドとしての電脳コイル
鈴木健の天命反転生活日記

読者ブロガー

オープンソースJoomla CMSCMSでのSEO対策効果を実験している
オープンソースJoomla CMS
電子政府パブリックコメントの抜粋平成 14 年の、医療体制に関する意見募集を偶然発見
電子政府パブリックコメントの抜粋
Windowsラブなただの主婦XPへのダウングレード権がさらに延長
Windowsラブなただの主婦
コミュニケーションはマスメディアを殺すのか?i Phoneを連れてねとらじを新宿で聴いてみた
コミュニケーションはマスメディアを殺すのか?

リサーチ

■リサーチコラム

薬事法規制の厳しい健康食品に代わり、増え続ける化粧品メーカー
薬事法規制が厳しくなる今、特に規制が厳しい健康食品にかわって化粧品を販売しようとする企業が増えている。そこで、覚えておきたい化粧品と薬事法の関係について簡単にまとめた。
携帯電話の待ち受けに関する調査--最も利用される画面は「自分で撮影した写真」
携帯電話の待ち受け画面に関する調査を実施したところ、10・20代は飽きやすく待ち受け画面を頻繁に変更する傾向にあり、30・40代は季節感や臨場感を重視することが明らかとなった。
電子マネーによるライフスタイルの変化に関する調査--電子マネーコアユーザーは、高所得者層
電子マネーによるライフスタイルの変化に関する調査したところ、電子マネーを活用するのは高所得者層に多く見られた。また、1度に1万円以上チャージするユーザーは10%強であることも明らかになった。

■調査レポートダウンロード

中小企業における情報セキュリティ対策の問題点とその解決策としてのUTM
NECソフトアンケートレポート 次世代ネットワークNGNに期待することは?

■調査発表

半導体光増幅器の世界市場予測と分析 2007-2012年
人気の広告は何?オンライン広告.com、先週の人気オンライン広告ランキングを発表
調査結果「制汗デオドラントの利用シーン、『出勤・外出時』」が6割半」

イベント情報

経営の大局を掴むビジネスシミュレーション(マーケティング・会計)
主催:NTTラーニングシステムズ株式会社
【無料公開 営業セミナー】営業戦略セミナー
主催:エム・アイ・アソシエイツ株式会社
実践Java速習1
主催:有限会社ナレッジエックス

CNET Japan セレクション

ココが変わった、新型「ニンテンドーDSi」--「ニンテンドーDS Lite」と比較
任天堂が11月1日に発売する新型ゲーム機「ニンテンドーDSi」はどんな点が新しいのか。既存のニンテンドーDS Liteと比較するとともに、新機能を紹介する。
フォトレポート:本体が分離するNTTドコモの「セパレートケータイ」の謎に迫る
NTTドコモは家電展示会「CEATEC JAPAN 2008」において、端末が2つに分離できる携帯電話「セパレートケータイ」を展示している。どのような仕組みなのか、何ができるのかを、写真で紹介する。
話題のスマートフォン、写真で見るBlackBerry Bold
RIM製スマートフォン「BlackBerry」の新モデル「BlackBerry Bold」を2008年度第4四半期にも発売すると発表したNTTドコモ。話題のBlackBerry Boldを写真で紹介する。
こんなものもありました--CEATECで見つけたオモシロ新技術たち
幕張メッセで開催されている展示会「CEATEC JAPAN 2008」では、幅広い分野の最新技術が一堂に会している。ここではその中でもユニークな新技術や展示を紹介する。
「iPhone 2.2」アップデートの概要が明らかに--App Storeのインターフェースなど変更
アップルは、新たな「iPhone 2.2」アップデートのリリースに向けて準備を進めている。Safariに加え、App Storeのインターフェース変更などが予定されている。
ケータイはまだまだ進化する--CEATECで見た未来の技術
幕張メッセで開催されているデジタル家電の展示会「CEATEC JAPAN 2008」では、携帯電話関連の新技術が数多く展示されている。その様子を写真で紹介する。

今日の見どころ

こんなものもありました--CEATECで見つけたオモシロ新技術たち

ケータイはまだまだ進化する--CEATECで見た未来の技術

まるで「宇宙ケータイ」--太陽電池で発電する、au端末のコンセプトモデル

レビュー

[レビュー]2011年画質を備えた高画質、多機能Blu-ray--ソニー「BDZ-X95」
ソニーのBlu-ray Discレコーダー新製品が登場した。2007年から引き継がれる「やりたいことから選ぶ」シリー
今週の新製品総チェック:よりモバイルPCとして進化した「Let's note」が登場
松下電器産業の「Let's note」、デルのデスクトップPCとPC新製品が数多く登場した。Let's noteは9時間駆動
今週の新製品総チェック:フルサイズCMOS搭載のキヤノン「EOS 5D Mark II」が登場
キヤノンからもフルサイズCMOSセンサを搭載した「EOS 5D Mark II」が登場した。合わせてコンパクトデジカメ
今週の新製品総チェック:第4世代iPod nano登場、ソニー「α」、松下「LUMIX」に新機種も
デザインを一新したiPod nano、容量増されたiPod touchなど、新iPodファミリーが登場した。その後を追うよ

CNET_ID

メンバー限定サービスをご利用いただく場合、このページの上部からログイン、またはCNET_ID登録(無料)をしてください。