コモディティ化の彼方に--IT業界を待ち受ける「明るい未来」

Jonathan Schwartz2005年03月23日 17時48分

 シリコンバレーでドットコムバブルがはじけた後、IT業界のリーダーの間で「われわれの業界も成熟した。今後の成長率は、GDP全体の成長率と変わらなくなるだろう」というのが流行になったことがあった。

 しかし、そのような見方はいささか視野が狭い。半導体業界とソフトウェア業界の先に目を向ければ、今日すでに存在する技術を基盤としてサービスを提供しようとする巨大な産業が見えてくるはずだ。この巨大な産業と持続的な成長を隔てているのはテクノロジー自体の壁ではなく、そのテクノロジーを導入し利用する上での文化的な壁である。そして、この壁がなくなるには時間がかかる。

 この文化的な壁は、何もIT分野に限ったものではない。これまでにも同じ壁を乗り越えて発展してきた例がある。そして、多くの重要な技術の歴史を振り返ってみれば、個別化、標準化、ユーティリティ化という、3つの発展段階を経ていることが分かる。

 歴史家のJill Jonnesは、2003年に「Empires of Light」という非常に興味深い本を著した。彼女はこの本のなかで、電力産業の黎明期について詳しく述べている。電力産業の黎明期には、各ユーザーが個別に発電設備を導入したため、電気のコストも高かった。Thomas Edisonは、大都市で数ブロックごとに発電所を建設し、彼の発明した電球に電気を供給するという構想を描いていた(ニューヨークに建設された最初の発電所は、1マイル四方にある約800個の電球に電気を供給していたが、この建設には現在の金額で500万ドルの費用がかかったという)

 John Pierpont MorganやWilliam Henry Vanderbiltが住んでいたマンハッタンの大邸宅など、1880年代半ばの大半の高級住宅には、自家用発電機が設置されていた(しかも発電機を操作するのに、高度な訓練を受けた技術者が常駐していた)。企業のなかには「電力担当主任」を雇って、社内で使用する電力の管理に当たらせたところもあった(Kodakは自前の発電所を建設した初期の企業のひとつだが、驚いたことに同社は現在でも高価な石炭を年間約70万トンも使用して、ニューヨーク州ロチェスターの本社にある2つの発電所を稼働している)

 どこかの業界に似ているなと思った人もいるだろう。そう、現在の米国内にある多くのデータセンターが、まさにこの状態にある。これらのデータセンターは巨大で、コストがかかり、それぞれ仕様が異なり、しかも専門家でないと動かせないという代物だ。

 電力市場が次の段階、つまり「標準化」段階に到達するには長い時間がかかった。George Westinghouseが交流電源を定着させ、電力の長距離伝送を可能にしたことで、今日利用されている標準が確立した。それらの標準(電圧、周期など)によって、電力の大量販売が可能になった。しかし、それでもまだ電気は珍しいものだった。1902年には、ナイアガラの滝の水力発電だけで、米国の全電力消費量の5分の1が賄われていた。1907年、米国の家庭への電気普及率はわずか8%に過ぎなかった。

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