人材育成の機能不全--遅れている日本

横山隆治(ADKインタラクティブCOO)2007年11月26日 12時00分

 アクセンチュアが70人の広告会社、メディア会社、テクノロジー会社などのリーダーを対象にした調査によると、デジタル広告へのシフトで最も失うものが多いのはどの業界かという問いに、43%が従来型の広告会社、33%がテレビ局、10%がケーブル会社と回答し、サーチ関連やデジタル広告専門会社との答えはひとつもなかった。今後一番クリティカルな業態は広告会社というわけだ。これは米国での調査結果だが、日本でも状況はまったく同じだと思う。いやむしろ日本の方がよりクリティカルだろう。

 これから先は私見だが、なぜ日本の広告会社がよりクリティカルなのかというと、広告会社は人材のもつスキルにそのすべてを頼っているにも関わらず、次世代に対応する人材の育成機能に問題があるからだ(機能不全に陥っているといっていいだろう)。つまりスキルの変革は、個人個人の才覚に委ねられており、会社が次世代に対応する人材の育成装置を用意できないのだ。こうなると、個々の人材の質が高い順、すなわち広告会社ランキングの順に対応力があるということなる(トラディショナルな広告会社の場合)。

 よく「マスメディアのコミッションによるビジネスモデルに収益の大半を依存する大手広告会社(電通・博報堂)は変革に対応しにくい」という議論もあるが、それはちょっと違う。問題は次世代に対応する人材育成力の勝負であって、今の状況では、大手広告会社は個々の人材のクオリティで勝る分、今後も優位である。次世代対応するには仕組み(育成スキーム)をつくるしかない。そうしないと今以上に上位寡占は強まる(といっても、次世代対応力のある広告マンを市場のニーズに応えて供給できる訳ではないので、寡占化しても今の広告業界はシュリンクするだろう)。

 いずれにしても、広告業に必要なスキルも次世代型に変革を求められるのだという認識がないと始まらないし、そのスキルの実態を理解しているかどうかが問題だ。欧米の広告会社が次世代対応としてインタラクティブに対応できない社員をリストラして、対応力がある人材に入れ替えを促進しているのは、少なくとも必要なスキルの実態を分かっているからだ。

 数はさほど多くはないが、インタラクティブ領域とマス領域の双方の知見をもつ次世代対応力のある人材は総合広告会社にはいる。しかし彼らはインタラクティブを会社の上司に教えられたのではなく、自分自身で高い意識をもって、自己研鑽し、自ら実践した(あるいはネット業界のキャリアを経た)結果で、そうしたスキルを身につけている。

 周りにはないスキルを個人で獲得したのだから、どんどん周りの人間に伝えようとするモチベーションが働くわけがない。今の広告会社では特別な技量であり、希少価値のある人材である以上、周りの人間が習得すればそれだけ自分の相対的価値は下がる。会社全体がそのスキルで勝負し、そのスキル醸成と伝達で全員が利益を上げる構造をもたないとモラールの統合はできない。

 つまり、インタラクティブ領域をコアとする広告コミュニケーション開発に特化した会社が必要なのである(その際にビジネスモデルとしてフィーの獲得にチャレンジしてみるということがあるのではないか)。勇気をもって分離して、そのスキルを増殖させないと新しい人材の再生産はできない。第一、マーケットの要求するスピードで求められるスキルを供給することはできない。広告業界が広告主のニーズに対応できなければ、他の業界に仕事をさらわれるだけだ。

 とはいえ、というかこんな状況だからこそ、広告マンは自己研鑽にもっと励むべきだ。トラディショナルな広告会社の人間は、インタラクティブの概念とネット社会のコミュニケーションの本質を理解し、これをベースに自らのスキルを組み立てなおす必要がある。

 またネット広告会社の人間は、ブランディングコミュニケーションの理解と、マス広告などのすべてのコミュニケーションチャネルの知見の獲得を目指すべきだ。これは簡単なことではない。スキルの変革は簡単ではないのだ。おそらく、本格的なコミュニケーション開発ができるインタラクティブエージェンシーができて、スキルを集約し、地アタマの良い新卒に最初からこの枠組みで教えるのが一番早いだろう。また、おそらくそうしないと市場のニーズにはキャッチアップできない。日本はそれだけ遅れている。

 広告市場の成長率がGDPのそれを下回っているのは日本くらいだ。その原因は、日本の広告会社がマーケティングコミュニケーションの変革に対応した効果を創出する広告キャンペーン提案ができていないからだ。繰り返すが、日本はそれだけ遅れている。

横山隆治
株式会社アサツーディ・ケイ
執行役員 ADKインタラクティブCOO

青山学院大学文学部英米文学科卒。1982年に株式会社旭通信社入社。営業職を経て、1996年同社サイバービジネス開発室室長。同年デジタルアドバタイジングコンソーシアム株式会社の設立に参画。設立時に同社代表取締役副社長に就任。黎明期にあったネット広告の普及、体系化、理論化に取り組む。JIAA(インターネット広告推進協議会)のガイドライン作成や新人研修テキストなどの多くを執筆するほか、著書多数。2006年7月からADKインタラクティブCOO兼デジタルアドバタイジングコンソーシアム株式会社取締役。「インターネット広告革命」(2005年宣伝会議)、「Mobile 2.0」(2006年インプレス)、「究極のターゲティング」(2006年宣伝会議)、「次世代広告コミュニケーション」(2007年翔泳社)など。

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