複数のメディアがソニーのPDA(個人携帯情報端末)ブランドCLIEの日本市場での撤退を伝えた。現在、国内PDA市場で最も売れているブランドでありながらも、その市場自体の縮小を見極めて、米国市場に続く撤退を決定したのではないか。そもそもPDAというガジェットが日本で圧倒的な成功を収めたことはないが、その理由はいかなるものなのだろうか?
エンターテインメントPDAの終えん
ソニーのPDAの歴史は2000年7月に始まった。
初期製品はPalmOSを採用したコンシューマ向けPDA「PEG-S500C」「PEG-S300」として発売され、シリーズブランドはCommunication Linkage for Information & Entertainmentの頭文字からCLIEとなった。2002年10月にはPalmのOS開発会社PalmSourceに2000万ドル(当時のレートで約248億円)を出資して6%ほどの株式を取得し、ますますPDAへの本気度を示すようになった。その後もPalmOSに特化した高画質な動画再生のための独自開発アプリケーションCPU「Handheld Engine」を搭載したPEG-UX50や、有機ELディスプレイを搭載したPEG-VZ90など、新製品を次々と投入した。
CLIE製品に共通するのは、HandspringのVisorなど通常のPalmOS搭載PDAのイメージとは一線を画したエンタテイメント性である。たとえばカメラやATRAC準拠の音楽再生機能などだ。ソニーの十八番である優れたデザイン性を加え、エンターテインメントPDAというアプローチにより、CLIEは非IT系若手ビジネスマンやキャリア系女性などを含めた非オタクに対しても十分な訴求力を備えることに成功した。
結果、国内ではトップシェア(32%、2003年)にまで上り詰めることに成功している。しかし、2004年6月、急激にシェアが低下した米国など、日本を除くすべての海外市場から同ブランドの撤退を発表。そして、この度、ついに最後に残った日本でも新製品の開発凍結と既存製品の製造終了を決定した。
この判断を「弱ったソニー」の後向きな態度の結果と見る向きもある。だが、必ずしもそうではないのではないか。すでに同市場からは完全撤退、もしくは法人向け製品に特化したプレイヤーが多い。こういった他社の動向に加えて、いかにトップシェア領域であっても市場自体の将来性が明るくないという点を考慮し、事業継続に拘泥しないという毅然とした結論をソニーは導き出した。ここには、主力製品のWEGAシリーズにおけるプラズマテレビの開発中止などと共通する最近のソニーの思い切りのよさが強く感じられる。
「成功が継続しない」市場
トップシェアを得ても撤退を選択する・・・というのは、勇気のある決断だ。ただし、CLIEが属したPDA市場とは、十分な成長を経験することなく、すでに縮小傾向にある市場であることも事実だ。加えて、「PDAは成功しない」という説が長く存在し、現在すでに死に瀕しているという客観的な評価がなされている市場でもあるのだ。
例えば、全世界のPDA市場はここ数年前年比約5%以上縮小し、昨年はついに12%減の1140万台程度にまでなっている。これまでも、早期にPalmOSを採用したIBMのWorkPadが市場から姿を消し、PDAの雄だったPsion(現在はNokiaの子会社となった英国Symbianのかつての親会社)も、早くに自社製品を市場から撤退させている。
それ以前にも、AppleのNewton MessagePadやMotorolaのネットワークPDA、Envoy(元Appleのエンジニアらが創業したGeneral MagicのMagicCap/Telescriptを採用しAT&TのPersonaLinkに対応していた)など多くのPDAが現れたものの、極めて短い期間で市場から消えており、「PDAは必ず失敗する」という言葉まで生まれた。すなわち、いかに複数のメーカーが製造しようともPalmやWindowsCE系PDAが絶対的な成功を収めているとは言いがたく、実際、市場としての縮小ぶりはこれまでのPDAが歩んできた轍に沿ったものだとも見て取れる。
国内PDA市場の動向
日本におけるPDA市場はピーク時(2001年)から年率で二十数%ずつ低下し、2004年は2001年の市場規模の半分となる50万台程度にまで落ち込んでいる。
1993年に初めて電子手帳から進化したザウルスが「個人情報端末」として現れたものの、急激に市場を形成するほどの勢いは見られなかった。その後、1999年に日本IBMがPalmOSを搭載した本格PDAのWorkPadを投入して以来、国内主要ITメーカー11社と海外のメーカーが多数参戦して、市場は徐々に拡大した。この中にはPalmOS製品のほか、WindowsCE OSを搭載した製品などもあった。
しかし、市場規模は誰もがPDAを持つというほどには普及する気配を見せず、むしろガジェット好きが、毎回新型が発売されると同時に購入。複数台を保有するという状況が続いた。そして、市場全体としては縮小傾向に入っていった。最も初期にWindowsCE端末で参入したカシオがコンシューマ用市場から撤退し、富士通が法人用に的を絞った製品ラインナップに移行するなど、コンシューマ向けの製品は現在、ほとんど海外メーカー製品になっている。
Symbianは「PDAは死に向かっている」(デビッド・レビンCEO)とし、その製品を携帯電話端末へと特化させることに成功した。そして、PalmやWindowsCEも同様の戦略へと舵を切っている。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス