AppleのiTunes Music Store(iTMS)がついに日本に上陸した。ソニー・ミュージックエンタテインメントなどの一部メジャープレイヤーの参加を欠いても、4日間で100万楽曲ダウンロードを記録し、名実ともに日本最大の音楽ダウンロードサイトになった。
さらに言えば、その受け皿となるポータブルハードウェアのiPodは、すでに街中で好むと好まざるとに関わらず見かけるほどのヒット商品となっている。コンテンツをネットから送り込むiTMSなしでも、日本で大ヒットという実績を作り上げた。
それに対抗するソニーのネットワークウォークマンや松下電器産業のD-Snapオーディオなどのポータブル音楽プレイヤーは、ハードウェアとしての完成度という点でも、その提供機能という点でも、テクノロジーとしては明らかにiPodに先行している。デザインという点ですら、先行していると思う人もいるだろう。
しかしながら、それら日本製の「ハイテク」プレイヤーとiPodとの間には、競争力という点でいかんせん動かしがたい何かがある気がしてならなかった。そんなもやもやとした疑問を吹き飛ばしてくれたのは、本家Appleの方の「iPodはスローライフを目指しているんです」という一言だった。
政府関連のある研究会で「日本ではケータイが高度化し、高品質のデジタルカメラや音楽プレイヤーの機能はおろか、電子マネーやフルブラウザ、はてはテレビチューナーまでを取り込もうとしているが、iPodが映像などのサービス領域に進出することはないのか」という問いに対し、Appleの幹部の方はあっさりと前述のように答え、iPodの「スイス・アーミー・ナイフ化」を当然のように否定した。
ハイテク製品のスローライフ志向。ある意味、新鮮にも見える視点ではないか。ラジカセという成功体験以来、機能の高度化や複数機能の集積化を「当然」として考えてきた日本家電メーカーの人間にとっては、逆転の、目からウロコ的な発想であろう。
iPodというコモディティ部品を組み合わせ、枯れたテクノロジーでのみ構成された廉価なハードウェアに、シンプルなデザインだけではなく、スローライフという秘めたメッセージによってプレミアムを加えたAppleの戦略は、「iPod−iTunes−iTMS」のトライアングル戦略よりも巧妙で動かしにくいものではないかと思う。それは、常になんらかの学習を強要するハイテクに対して潜在的な嫌悪感を持つ人を魅了するものであり、単純に好きな音楽をたっぷりと聴きたいという、常に快適な状態にいることを至上価値とするサル化したヒトの欲求に応えるものになっているのではないだろうか。
そんな点でiPodのスローライフ志向と、ケータイによるサル化とは、時代的に共鳴しあっているといえないか。例えばソニーは、あえて「機能を削る」という付加価値によって成功したウォークマンのルーツと成功体験を忘れ、ラジカセに代表される、「小さな筐体にこれでもかというほど多種多様な機能を押し込めたものほど優れている」という価値観=「過剰な弾み(Excess Momentum:経済合理性を超えて消費や投資を続けること)」を当然としている。
だが、一方で僕たちはケータイによって、サル化というこれまでとは異なる快適な生活のあり方も見出してしまっている。シンプルなiPodは、ハイテクの進化とそれをそのまま受け入れた生活こそが唯一の道という価値観にアンチテーゼとしてのインサイト(知見)を与えてくれていたのではないかと思う。
そんな視点で眺めるとき、今後、情報家電はどこに行くべきなのだろうか。少なくとも、ケータイのような機能の高度集積化ではないのではないか、という印象を持つ方も多いだろう。
ケータイのスイス・アーミー・ナイフ化に代表されるテクノロジーの過剰な消費も、行動や価値観において「サル化」というコミュニケーションの退化に見られるような文化の外部化、そして外部化を越えた文化そのものの消費が進行するとき、われわれを取り囲む情報家電は、インテリジェントでありながらも、シンプルでかつスローライフなスタンスを持ったものの方がよりフィットするようになるのかもしれない。
ハイパーアクティブで、オーバークロックな、そしてメタリックなイメージが先行しがちなハイテクの世界観とは、実は19世紀に描かれたSFの世界観=当時の社会状況と夢のテクノロジーの強引な合成写真でしかなく、テクノロジーの発展と相互作用を経たわれわれの嗜好とは本来的に異なってきているのだろう。
テクノロジーによる文化の外部化の過剰な弾みの行き着くところ=サル化という新たなベクトルで文明を眺めたとき、利便性の向上とは特定機器のハイテク化/高機能化ではなく、ネットワークへの機能の分散や環境への埋め込みといったユビキタス化にあるのではないだろうか。
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