桜が咲いた。4月になって個人情報保護法の施行とペイオフの解禁という新しい制度が導入された。日本も情報管理や資産管理において、欧米並みに消費者自身が自己責任というものを自覚せざるを得ない時代に突入したといえるだろう。
ただし、導入されたこの2つの制度への対処の仕方は大きく異ならざるを得ない。それは、ペイオフにはポートフォリオ運用などの理論解が存在するのに対して、個人情報保護法の場合は対応策のコストパフォーマンスが明確化できないという理由による。僕らが「高度IT社会」という不透明な未来に直面している現在、安心感を高めることを目的とした法令が数多く導入・準備されているが、そのあり方などについて疑問の残るものも多くはないか。
金融機関の破綻への対処策として導入されたペイオフは、欧米などではずいぶんと前から導入されていた制度だ。1つの金融機関に預けている金額の保護上限額を1000万円としたもので、1000万円以上の金融資産を有する預金者は不安であれば複数の金融機関を組み合わせた預金運用=ポートフォリオ運用を行うことが望ましいという結論になる。
口座維持手数料が一般的ではない日本では、1人が複数の口座を有している場合が多いだろう。それでも、実質的には利便性という点で、1つの金融機関に集中して資産運用から日常生活に必要な資金の出し入れまでを行っている場合が多いのではないか。その点において、預金保護上限額を設けることで、預金者が複数の預金口座を分散して利用するように誘導するという手法は、貯蓄率が高く積極的な運用がなかなか本格化しなかった個人金融資産の流動化や活性化を促すというマクロな意味でも望ましいといえよう。
この場合、複数の口座を管理しなければいけないという時間的、手間的な負担はあるものの、実質的な出費が生じるものではない。むしろ、さまざまな金融商品の購買が促され、多様な資金運用のきっかけを作るという点で、預金者と金融機関の双方にとって最終的なメリットが大きいのではないか。
それに対して、個人情報保護法は漠然とした安心感を消費者にもたらすことには成功しているものの、実際の効果がどの程度のものかは少なくとも現状でははっきりしない。しかも、数多くの企業にとって大きな負担を強いるものになっている。
個人情報の管理や保護に関する日本人の認識や感覚は、従来からレベル的に低く鈍いと言われてきた。欧米諸国では、今回導入された法令に匹敵するものが1970年代から1990年代に整備され、コンプライアンス(法的遵守)の範囲内でデータベースフュージョン(複数の断片的な個人情報が格納されたデータベースから共通点を発見し、統計的に組み合わせてより精緻な消費者モデルを構築すること)をはじめとした多種多様なマーケティングテクノロジーの開発が行われてきた。結果、統計的な調査結果を元に典型的な消費者モデルを構築し、それに対して最も効果的な行動を確実に予測するという計量的アプローチ=社会・行動科学をベースにしたマーケティングテクノロジーが広く確立されている。
一方日本は、公的機関の個人情報管理を徹底するための住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)や今回の個人情報保護法が導入されても、依然として情報漏えい天国のままだ。個人情報は現在でも「名簿図書館」と呼ばれるような場所で取得・閲覧することは十分に可能であり、住民台帳などの公的情報を閲覧して任意の個人の情報を得ることもまだまだ不可能にはなっていない。
もっとも、今回導入された法律に意味がないという主張をするつもりは毛頭ない。むしろ、もっと早く導入するべきだったとすら思う (報道などに関する規定なども含めて、十分かつ詳細な点で完全に同意できるものではないが) 。しかし、個人情報の保護ということが本来の目的であれば、それを取得・保有・運用する企業に一方的に負担がかかる割にザル的な側面が大きいといわれる今回の法令は、あるべきものとはいささか趣を異にしているのではないだろうか。
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