最終更新時刻:2008年10月6日(月) 19時43分

誰のためのユーザー中心デザイン?

森祐治

2004/11/19 10:00  

 昨今の電子デバイス系ガジェットの充実ぶりは、ガジェット・ファンであっても追随するのが大変なほどだ。しかし、本来、ガジェットはそんなガジェット・エンスー(熱狂的ファン)のためだけに存在するのではなく、生産性の向上や日常生活における不便の除去、あるいは密かなエンターテインメントを享受するためのツールというのが本来の定義だろう。だが、それぞれに重複する機能はあるものの統合的な製品が登場しないこともあり、ファッションとして持つこと自体の意味合いとは別に、ユーザーの生活を圧迫するようになってきてはいないだろうか。

多機能という「まとめることのできない過剰」

 携帯電話にカメラも付いたし、ゲームも入った。今度はテレビも見られるし、ラジオも聞ける。そのうえ音楽のダウンロードだってできる。おまけに、電子マネーも使える時代がやってきた。また、ニンテンドーDSやPSPなどハンディゲーム機が大進歩し、チャットやビデオプレイヤー機能まで備えて、21世紀のウォークマンを目指すのだという。また、iPodなどハードディスクを内蔵したダウンロード型の音楽プレイヤーも大人気だ。

 これら3つを同時に持っても総重量は700gに満たないだろう。このくらいならば大したことはない。

 だが、依然として僕は1kgのPCを持ち運ぶ。もちろん、若干のノートやペン、資料などもかばんの中に入っている。加えて携帯電話は当然身につけているし、12月発売のPSPにも心が動く。

 すべての機器はその性格や目的が異なると言ってしまえばそれでおしまいなのだが、それにしてもガジェットが多すぎる。それぞれの機器の持つ機能の多くは重複しているし、電源などの共通化もできない。すべてのACアダプターを持ち歩こうなどと考えるのは、常軌を逸しているとしか言えない状況だ。

局所最適という全体不経済

 気がつくと、僕の身の回りはリビングルームのリモコンと同じような状態になってきたわけだ。かく言うリビングルームは、以前からリモコンというガジェットの混沌に見舞われている。

 テレビにCATVチューナー、HDDレコーダーにホームシアターAVアンプ、加えてエアコンや照明機器にVHSビデオデッキ、それらすべてにリモコンが存在する。それぞれ全てのリモコンにはレゾンデートル(存在理由)があり、機能は若干重複していても、整理をするわけにはいかない。ただ、幸いなことにこれらのリモコンは日中外に持ち歩かなくてもいいし、電池も共通のものが使える。しかし、リモコンに占領されたセンターテーブルを見ると、ふとむなしさを感じることがある。

 これらは、それぞれの機器がハードとして提供する機能が異なり、それぞれごとに垂直統合されているために、リモコンの共通化などが行われていないから生じている。それぞれの機器の範囲で個別に最適化されている一方で、全体としてはたくさんのリモコンが並列し、その置き場や利用にかなりの不便が存在するであろうことは想像に難くない。言い換えれば、局所最適の成果で需要を満たすという行為の繰り返しの結果、全体不経済が発生するというジレンマなのだ。

 どこの家庭のリビングルームでも発生しているこの「局所最適の果てに全体不経済が生じる」という現象が、今まさに僕らの文字通り身の回りに起こりつつあるのだ。

尽きない欲望は本当なのか

 当然のことながら、僕らは時としては手ぶらであることもあるし、カバンを持っていたとしても、できることならカバンは軽くあってほしいと誰もが思うはずだろう。にもかかわらず、僕らのちょっとした欲望のひとつを満たすために、毎回最低でも100〜200g程度のガジェットが新たに加わり続けてきた。

 確かに、携帯電話のようにスイス・アーミーナイフのような五徳的展開(通話、電子メール、ウェブ閲覧、カメラ、テレビ・ラジオ視聴、音楽再生に電子マネー利用など)を実現し、省スペース化に貢献したものもある。だが、これは例外といっていいだろう。違う見方をすれば、携帯電話の五徳的展開は、ほかのガジェットとの機能重複部分をより増やした、という理解もできる。

 フォーカスグループやインデプスインタビューを表層的に行えばわかるように、消費者には限りない欲望が存在する。そんな欲望を満たすために、際限なく新たなガジェットが市場に現れてくる。

 だが、本当に消費者はガジェットを求めているのだろうか。

 ある興味深い話がある。順調に成長している家庭用のドリルを中心に製造しているDIY工作機器メーカーの社長が、社員に向けてこういったそうだ。

 わが社の業績は新たに投入した家庭用ドリル製品のおかげで順調に推移している。だが、われわれは勘違いをしてはいけない。顧客はわれわれのドリルを求めているのではなく、ドリルが開ける「穴」こそが重要なのだ。たまたま、穴はお店で買えないことが多いから、われわれのドリルを買ってくださるだけなのだ。

 正直に言ってこれが本当の話かフィクションかも記憶に定かではないし、詳細もかなり怪しいが、概要は間違っていないと思う。だが、なかなか興味深い話ではないか。

 振り返って、ちょっとした欲望を満たすために作り出されたガジェットは、ドリルでしかない。であれば、ほしい穴の大きさや個々の穴を開けるために、穴ごとにドリルを作って売るのは望ましくないはずだ。本来的な欲望を満たすためには、必ずしもドリルは必要でない場合が多いはずだ。

ユーザー中心というかけ声の行方

 一方で、製品の企画や開発、デザインを行うセクションで、「ユーザーセンタードデザイン」とか「ユーザー中心のデザイン」というかけ声が聞こえるようになって久しい。だが、そんなかけ声の成果が、局所最適のために「ドリル」として優れたものになる一方、あらたなユーザーの不便を作り出しすことになっているのは皮肉なものだ。

 本来、ユーザーを中心に据えたデザインというのは、認知心理学の大家ドナルド・ノーマンが提唱したものだ。ノーマンは、情報化が進む現代で、人間の認知の仕組みに合った物事の設計=デザインが重要であり、製品(アーティファクト)のあり方として、人間が学習することなく、生まれ合わせた能力だけで製品を取り扱いできるべきだと主張した。

 製品の物理的な形態や液晶などに表示されるユーザーインターフェースなどのデザインにはノーマンの思想が反映されるようになってきたのだが、そもそも複数の製品のポジション付けなど根本的な部分については、とても「ユーザー中心」という発想は存在しないように思えてならない。個別の製品がどれほどまでに扱いやすくなったとしても、それぞれを組み合わせて持ち運んだり、使ったりせざるを得ない環境にある限りは、個別製品におけるユーザー中心のデザインでは不十分なのだ。

 家電製品や携帯品の商品としてのあり方は、白物だ黒物だなどといった区分に関係することなく、今こそユーザーが生活全体において本質的に求めていることは何かについて、ユーザーを中心に据えて考え直すタイミングに来ているのではないだろうか。そろそろ、足し算の価値から引き算という価値創造のために、発想の転換が必要なのだ。

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