放送のデジタル化の最終段階として現在進行しつつある地上デジタル放送の向こうには、すでにサーバ型放送という、これまでの放送とはまったく異なる性格を持つものの地平が見えてきている。
その規格策定の現状などについては、先週開催された日経ニューメディア主催のセミナー「家電・通信のあり方を一変するサーバー型放送の全容」のレポート記事に詳しいが、これまでの放送の仕組みを内部で変更するのではなく、外部との連携、さらには全体的な仕組みの変更を伴う同サービスの導入にあたり、様々な困難があると想定できる。そのもっとも大きな理由として、様々なステイクホルダー間での同意形成のあり方自体が不明瞭であることが指摘できるだろう。
「放送とは何か」を改めて見つめ直す機会
CNET Japanの「e-Japan戦略の本音を探る」でも一部触れられているが、e-Japan戦略?では放送関係者の水面下の動きもあり、「現在、日本の放送サービスは世界最先端にあり、今後も予定されている内容を着実に実現していく」ことで十分とされてしまった。それに対して、コンテンツ流通を欧米並みの自由度に引き上げるという目的で作られた「IT戦略本部IT関連規制改革専門調査会報告書」では放送事業をコンテンツ/プラットフォーム/ネットワークに水平分離する案が提唱され、大きな議論を呼んだ。しかし結局は棚上げされた状態にある。
水平分離案には、コンテンツ流通の促進という大義名分に加え、地上デジタル放送における地方放送局の投資負担軽減などの実利的な効果、そして最も重要なものとして、放送・通信の融合サービス実現を容易にするという意図が隠されていた。しかし、「水平分離」という言葉に対する放送事業者や、その実質的な親会社である新聞各社から反発が起き、放送・通信の縦割り行政の是非や高度情報社会における生活者視点からの事業のあり方などに対して本質的にな議論を行うきっかけを作りたいという委員側の意図はかき消されてしまった。非常に残念な話だ。
それでも、このトピックに関する次なる議論の機会は、政府ではなく放送事業者自らが設定した。すなわち、サーバ型放送という新しいサービスの提案である。
もちろん、直球で水平分離についての議論をするわけではない。しかし、ハイビジョンの導入や衛星放送、デジタル放送の開始といった問題が基本的に「放送」という枠組みの中での変化、すなわち視聴者が「テレビで見る」という基本的な姿勢はそのままであったのに対し、サーバ型放送はこれまでの放送という枠組み自体の変容を伴う点で、結果的に水平分離の議論に値する領域=「放送とは何か」に言及せざるを得ない可能性が高い。
サーバ型放送とは何か
では、そもそもサーバ型放送とはどんなものだろうか。
サーバ型放送は、放送番組に関する仔細な追加情報(メタデータ)とHDDなどの大容量記録装置を組み合わせることで実現される高度な番組蓄積機能サービスだ。その実現方法において、放送本来の手法である電波による放送コンテンツ(番組およびメタデータ)配信にこだわらないと明言したことから、これまでの放送という事業の枠とは異なる性質を内包した。これは、「放送・通信の融合」という時代に対する放送事業者のひとつの回答であり、ケーブル事業者やブロードバンド事業者が提供する「トリプルプレイ(インターネット、電話、放送の3つの詰め合わせ)商品」とは一線を画す。サービスやコンテンツのレベルで放送と通信を融合した「視聴者経験」を実現することで、放送の新たな地平を築き上げることを目指している。
具体的には、どんなことが可能になるのだろうか。番組などコンテンツそのものとメタデータの配信手段別に区分して整理すると、サーバ型放送は3つのサービス領域を対象とすることになる(表1)
ただし、2と3はそれぞれに固有の区分ではなく、容量や内容に応じて入れ替え可能なものになるだろう。また、区分としては、サーバ型放送対応機器でしか利用できないもの(ストレージ活用型)とサーバ型放送対応機器以外でも利用できる現行放送と同様のもの(ストリーム型)という区分もあるが、上記の3つの領域のほとんどがストレージ活用型のものになる。
このように、サーバ型放送は通信、特にブロードバンドの取り込みを前提としたサービスの全体像を有しており、すでに放送という枠組みを超えていることがお分かりになるだろう。同時に、サーバ型放送は、これまで電波を送出したらおしまいだった放送事業者が、視聴者がどうやって放送番組などを視聴するかという視聴行動までメタデータを介してコントロールできるようになることを示している。すなわち、広告など特定の放映部分のスキップを禁止したり、DVDなどへの録画や記録、再生の範囲や期間、あるいは内容そのものを制御・限定できたりするようになるということだ。
サーバ型放送によるサービスの広がりから得られる利用者の恩恵について文句を言う人は少ないだろうが、それと引き換えに現在可能な視聴行動が限定される可能性については反発する向きも大きいだろう。
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