総務省が携帯電話の番号ポータビリティ(MNP:Mobile Number Portability)の導入を決めた。総務省の研究会が作成した報告書案によれば、2006年第2四半期をめどにサービスが開始される予定だ。MNPの導入は利用者が通信事業者を選ぶ際の自由度を高めるという意味で重要だが、ともすると本来の狙いから外れた結果に終わる可能性がある。
MNPは携帯電話の利用者が契約する事業者を変えても、同じ番号を利用できるようにする制度だ。これによって、電話番号と事業者が切り離され、利用者の選択の幅が広がる点に注目が集まっている。しかしMNPの導入には、事業者間の競争を促進して通信料を下げようという狙いもあった。
では、MNPの導入によって本当に通信料は下がるのだろうか。実はこれが疑わしい。なぜならそこにはいくつもの抜け道があるからだ。
まず、MNPは通話(ボイス)のポータビリティを保証するものだ。しかし現在の事業者の収益構造を見ると、落ち込む音声通話収入をデータ通信の伸びで支えている。すでに事業者間の競争によって料金が下がっているのが一因だが、通話自体がEメールなどに置き換わっている点も見逃せない。こういった状況下で通話だけにポータビリティ制度を導入しても、どれほどの価格競争が起きるかは疑問だろう。
研究会ではEメールのポータビリティについても議論があったようだ。しかしドメイン名の問題や、ニーズが薄いといった理由で見送られている。
さらに言えば、通信料金を下げなくてもユーザーを囲い込む方法はいくらでもある。例えば、継続ユーザーへのインセンティブの充実が挙げられる。現在は新規加入者を増やすために端末の価格を新規加入者と継続利用者で分け、新規加入者にだけ非常に安い値段で販売している。MNPの導入によって、事業者がこの価格差をなくす可能性は高い。(報告書の試算では、機種変更よりも安い価格が提示されている新規加入の価格まで機種変更価格が低下するとしている。しかし、相対的に端末価格が上昇している現在、逆の可能性も存在することに留意する必要がある。)
また、端末に付随したサービスによって利用者を囲い込む方法もある。NTTドコモやKDDIが提供する予定のICチップ内蔵端末がまさにそれだ。Suicaやクレジットカードなどの個人データを他の会社が提供する端末に移すことができなければ、ユーザーはその事業者を使い続けるしかない。結果的に、通信料が下がらないどころか、MNP制度自体が骨抜きになる可能性すらある。
本当に事業者間の競争を促進するためには、事業者とサービスを切り離し、自由に組み合わせることができるアンバンドリングが必要だ。ただしこれは事業者からの反発が大きく、実現するのは難しいだろう。
事業者が最も恐れるのは、通信データを送るだけの「土管」となることだ。土管になってしまえば、ADSLのような激しい価格競争に陥ってしまう。そうならないためにNTTドコモはi-モードを生み出し、インフラの上に載るサービスを囲い込むことで競争力を高めた。そしてさらに今、ICチップなどを利用してその範囲をますます広げようとしている。KDDIが力を入れているショッピング料金回収代行サービス「プレミアムEZ回収代行サービス」なども、同じ流れの中にあると言えるだろう。
日本の携帯電話市場はキャリア・端末・サービスが垂直統合した形で成長してきた。この点は海外と大きく事情が異なっている。MNPの導入を支持する理由として海外での導入状況が挙げられることが多いが、日本特有の事情を考慮に入れて議論を進める必要がある。
もちろんMNPの導入自体は歓迎すべきことだ。しかし、事業者を変えても番号が変わらないというだけで、果たして皆がハッピーになれるのか。下手すれば「大山鳴動して鼠一匹」ということになりかねない。(談)
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