こうして残ったのは「地域や言語の標識として使われる絵文字」(10文字)だけになりました。そして、これがEmojiアドホック会議で最も激しい議論となります。まず例によって、どんな文字なのかを確認しておきましょう。
「Google・Apple提案(N3580)」欄がダブリン会議に提出されたデザインです。ここでは2文字のアルファベットを例の「Dashed Box」で囲む形になっています。これも先の絵文字互換用文字と同様、やはり覆面文字であるわけです。
なぜこのようになったのかは第4回で書きました。上図のようにパブリック・レビューの最中だった2009年1月7日時点のGoogle・Apple提案(中央の欄)では、元のキャリア原規格を生かしたデザインでした。これがUnicode公式メーリングリストで激しい非難を浴びます。たくさんの国家がある中で、なぜこの10カ国だけが選ばれたのか。また日本以外の多くの国では言語と国家が1対1対応せず、無理にそうすれば少数民族の抑圧になってしまう、そんな理由です。
結果として国旗のデザインをあきらめ、国際規格ISO 3166で規定された国別コードを「Dashed Box」で囲むデザインに変更され、これがダブリン会議に出されたわけです。これに対して、アイルランド・ドイツはどのような対案を用意したのか。
上図は彼等が提案したうちの一部で、あと2ページ「ZZ」までつづきます。ラテン文字26個を2つ組み合わせた全パターン、つまり26×26=676文字を提案してきたのです。その真意はブロック名「Symbols for Two-letter Codes」(2文字コード用記号)からも明らかです。つまり意味を徹底的に排除した、単にラテン文字2つからなるコード。国別コード「にも」使えるし、他の用途「にも」使える。当然これらの文字自体は、国名とは何の関係もないという理屈です。しかし元はたった10文字ですから、いくらなんでも676文字は増やしすぎとツッコミたくなります。
Emojiアドホック会議では双方が激突、全く譲りませんでした。自分から絵文字互換用文字を取り下げたアメリカNBでしたが、権利者が存在する商用ロゴと違い、これらの文字にそうした問題はありません。互換性確保を至上命題とする彼等として、あきらめる理由などこれっぽっちもないのです。
一方でアイルランド・ドイツだって引き下がれません。676文字に増やしたのはダテじゃない。たとえ国別コードで中和しても、10カ国を選んでいることに変わりはないのです。彼等としては、ISO/IEC 10646に特定の国家だけを意味する文字を入れることなど、決して許されないのです。
互いに妥協しないまま、時間だけが経過していきます。夕食の時間も過ぎた頃、たまらずコンスタブル議長は奥の手を使うことにしました。まず、ここまでの議事をふまえて、議長は以下の3つの選択肢を示します。
bはGoogle・Apple提案の修正案、cはアイルランド・ドイツ提案そのものです。その上で、この3つの間で模擬投票(straw poll)をすることにしたのです。ただし、これは採決ではありません。議論が行き詰まったときに使われる手法で、その場にいる全員の意思を確認するため、どの案であれば納得できるか、一種のアンケートをとったのです。正式な投票では各国に許されるのは1票だけですが、この時は参加者全員が1票ずつ、しかも何回手を挙げてもよく、また挙げなくてもよいという形式でおこなわれました。その結果が以下のものです。
アメリカNBはこの数字を見て、それ以上反論を続けることを断念しました。こうして「地域や言語の標識として使われる絵文字」は収録されないことになりました。
これにてEmojiアドホック会議の議題は全て終了です。議長が閉会を宣言した時、時計は午後8時をとっくにまわっていました。昼過ぎから始まった会議は、途中休憩をはさみながら7時間以上も続いたわけです。しかし終わったとき、外はまだ昼間のようだったと言います。緯度の高いアイルランドは、白夜の季節だったのです。参加者はやれやれという表情で、ノートパソコンをたたみ荷物をまとめると、足早に部屋を出て行きました。レストラン、まだ開いているだろうな?
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