となると、次の問題は先送りした文字以外の不一致点をどうするか、ということになります。しかし、それには具体的にどんな文字が、どのように不一致なのかをはっきりさせねばなりません。そこで元々の提案者であるGoogle・Appleに対し、アイルランド・ドイツ提案への評価を聞くことになりました。なお、多忙な彼等は大西洋を渡る時間をみつけられず、カルフォルニアから電話による音声だけで会議に参加していました(ダブリン側では、ある出席者が持っていたiPhone上のアプリで中継したとか)。もちろんこれは、会議前にアメリカNBメンバー間で打ち合わせをした上での判断です。彼等の回答は以下の通りでした。
ここで「良い」あるいは「中立」と評価された(1)と(2)の146文字については、合意がとれたことにして投票用の文書に盛り込むことが提案、了承されます。つまりGoogle・Appleがゆずる形で、アイルランド・ドイツ提案による変更が受け入れられたわけです。一方で、(3)の「悪い」と評価された81文字については、アイルランド・ドイツが変更する前の、Google・Apple提案のデザイン・名前が採用されることになりました。
では「良い」「中立」「悪い」と評価されたのは、具体的にどのような文字なのしょう。実は、Googleの担当者にこれらのリストの公開を申し入れたのですが、残念ながら断られてしまいました。それでも、元のGoogle・Apple提案とアイルランド・ドイツ提案、そしてダブリン会議の結果(N3626,Amd 7 & 8 Charts(PDF))を並べてみると、およそのところは見当がつきます。
とはいえ、すべてを説明すると膨大な分量になってしまいます。そこで代表としてGoogle・Appleが「悪い」と評価した文字が最も多いと推測でき、また最もEmojiアドホック会議での判断が表れている「Animal symbols」(動物)を取り上げることにしましょう。
このうち、赤い背景のものがアイルランド・ドイツがデザインを変更したけれど、Emojiアドホック会議で元に戻されたもの、つまりGoogle・Appleが「悪い」と評価したと推測される文字です。では、なぜこれらの文字が「悪い」評価になったのでしょう? それは、元のGoogle・Apple提案とアイルランド・ドイツ提案のデザインの違いを比べると分かります。「TIGER」を例に挙げて説明しましょう。
図3の左上からご覧ください。まず大元のキャリア原規格では、この文字は「トラ」でした。最初の方で述べたように、Google・Appleにとって絵文字収録の基本方針は互換性の確保です。だから彼等はなるべくキャリア原規格に似せたデザインにし、文字の名前も英語を直訳した「TIGER」として提案したわけです(緑矢印)。
一方でアイルランド・ドイツは、これでは文字の名前が正しくデザインに反映されていないと考えました。「TIGER」という汎用的な名前なのに、トラの顔だけがデザインされているのはおかしいということです。そこで名前にふさわしくトラ全体を描くことにし、さらに国際規格にふさわしい汎用的なピクトグラム調デザインを採用、これにより世界中の人々が使うことができると考えたのです。
しかし、そのような変更はGoogle・Appleにとって「悪い」としか言えないものでした。繰り返しますが、彼等の目的は日本の携帯電話との互換性確保だからです。そんな彼等にとって、このデザイン変更は「違う文字への変更」に他なりません(赤矢印)。アイルランド・ドイツ提案が受け入れられた場合、日本の携帯電話とISO/IEC 10646の間で情報交換すれば、トラの顔だった絵文字がトラのピクトグラムに変わってしまいます。同じトラでも形の違いは大きく、文字化けと感じる人もいるでしょう。だから彼等は「悪い」と評価したと考えられます。
審議の結果、Emojiアドホック会議ではGoogle・Appleの評価が受け入れられ、元のデザインに戻されました。もっともアイルランド・ドイツの「文字の名前が正しくデザインに反映されていない」という主張に限っていえば、確かにそれは正しい。そこで文字名だけは「TIGER FACE」に変更されたというわけです。
ところで興味深いことに、上に述べた審議結果は、そのままアイルランド・ドイツ提案がボツになったことを意味しませんでした。これらも含め、アイルランド・ドイツが新規に追加提案した文字は、あらためて1字ずつ審議されています。
その結果、「十二星座/十二支やレストランのメニュー(牛肉、豚肉、鶏肉)をカバーするための、汎用的な動物シンボル」として利用できるものが受諾されることになりました。これが図2にある緑の背景の文字です。
ただし、アイルランド・ドイツが提案した中で、それらの用途が明記されていなかったものは却下されています(図2の×印)。それでも、アイルランド・ドイツによるピクトグラム調デザインの多くが復活しました。「TIGER」も寅年のシンボルとして収録が決まっています。こうして、図3下にあるように、当初「TIGER」だった文字は、「TIGER」と「TIGER FACE」に分離されることになったわけです。
この「復活」が興味深いのは、アイルランド・ドイツへの配慮がうかがえることです。もしかしたら、彼等の面子が立つように、たとえ根拠が多少不明確でも黙って通してあげたのか──そんな想像さえしたくなります(肉の種類を区別するために牛のシンボルを必要とする人がどのくらい多いのか、ぜひ知りたいものです)。
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