「e-Japan戦略の本音を探る」シリーズの3回目は、経済産業省の情報政策ユニットの統括課長補佐を務める村上敬亮氏に、経済産業省がe-Japanを含めた情報政策に対してどのような立場で望んでいるのかについて話を伺った。
情報サービス産業(※注1)は、ここ数年、過去最高の売上高を更新し続けている(平成15年度特定サービス産業実態調査:経済産業省調べ)。
この好調の理由としては、システム管理受託業等、あるいはインターネットを用いたデータベース利用の大幅な伸びが指摘されているが、これはとりもなおさず、データセンター等へのアウトソーシングの進展という、新しいビジネス形態の登場を示している。
また、情報家電をはじめとする電気・電子産業の売り上げも好調。2001年に落ち込んだ我が国IT企業の業績をV字回復させる原動力になっている。
一方で、大手のITベンダの2003年度の業績の内容面を見ると、特に大手ベンダを中心に、公共関連受注の頭打ちが観察される等、必ずしも楽観視できない状況も出てきており、情報産業の今後は決してバラ色というわけではなさそうだ。
e-Japan戦略の各施策が推進され、情報化が進展していく中で、我が国の情報産業はどのような方向へと進もうとしているのだろうか。そして、その情報産業を所管する経済産業省は、現状をどのように見ているのだろうか。今回のインタビューでは、e-Japan個別の政策とはやや離れる部分もあるが、情報産業全体の俯瞰を敢えて試みた。
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1.情報政策と「バラマキ予算」という問題:歴史的な側面からe-Japanを考える
---e-Japanに限った話ではないのですが、以前から、情報産業に対する予算について、業界へのバラマキだという批判が常につきまとってきたと思うのですが、この辺りについて、どのようにお考えになっていますか?業界振興の予算がそのような側面を持つことはある意味宿命でもあると思うのですが。
村上: お金が業界に流れること自体が悪いことではありません。「ばらまき」というかどうかはそれを語る人の言い方の問題で、予算を政策手段として使うことが悪いとは思いません。e-Japanも、そういう「ばらまき」を積極的にオーソライズしている側面もあります。むしろこの問題で重要なのは役人の執行能力です。中身のある事業をやる能力のある人が使っているかどうか。その中身が、本当にガバメントリーチで説明できる内容なのかどうか。また、事業を一緒にしている人が、本当に世の中を変えるだけの実力を持っているかと言うことですね。お金の多寡の問題ではないと思います。
どう使うのか、先行きを見据えることもせず、とりあえず予算を取ってきてばらまいて、俺は仕事したぞ、って顔をしているお役人、こういう方は、さっさと退場していただきたいです(笑)。
---つまり、せいぜい数年の自分の在職期間だけ、という短期的な目線ではなく、業界全体を長期的なスパンで見ることの出来る視野を持って政策が執行されることが必要だと言うことでしょうかね。
村上: 通産省の情報政策の歴史を振り返ってみると、よく産業政策の代表例として今も取り上げられる、1970年代のコンピュータ産業育成があります。当時、国産コンピュータの開発助成に対して6社3グループ体制に5年間で750億円(当時)くらいの金額を補助金として突っこんだわけです。
ただ、その補助金の成果はそのまま市場で製品になり、結果的にそれで作られたコンピュータがIBMとの競争に国内マーケットでは勝っていた。そこが、今と70年代とは大きく違う(苦笑)。当時の技術政策・産業政策一体型アプローチというのは、成功していたわけです。
さらに80年代になり、BUNCH(※注2)と呼ばれるグループの製品が次々と市場から消え去り、欧州であればブルやフィリップスがコンピュータを作るのを止めたという時代にも、日本の6社3グループが、独自のコンピュータを市場に出し続けていたというのは、70年代の政策がなければあり得なかったでしょう。
ですけど…、1980年代の半ば以降には、既に、役人が思いこみで技術開発にお金を付けても、市場では(新規のマーケットとして)離陸しませんという空振り現象が既に始まっていました。ややもすれば、国のR&Dプロジェクトが、各企業の2番手・3番手のプロジェクトへの体の良い資金源に使われていた側面もあったでしょう。そういう意味で、技術政策・産業政策一体型のアプローチは、1980年代に実は一つの壁にぶち当たり始めていたと言えると思います。
ただし、僕も立場があるから言いますけど(笑)、その成功・失敗を単純に評価するのは危険です。よく取り上げられる「シグマ」とか「第五世代コンピュータ」にしても、確かに最終成果物としてのプロダクトとしてはうまくいきませんでしたが、そのプロジェクトの過程では、ものすごく有益なノウハウや知見を残しました。むしろ、シグマの失敗などは、「失敗」と言われた反動が強すぎて、逆にこの10年間、ソフトウェア工学の進化を停滞させ、その間、この分野の政府の無策が、結果として米国との差を広げてしまったという危機感もあるくらいです。
こうした、ある意味産業政策の挫折が1980年代にあまり目立たなかったのは、それを補ってあまりある通商交渉があったからです。1980年代後半から1990年代前半というのは、通産省と郵政省のパイの取り合い、VAN戦争ということがよく言われていますけど、それは事の本質ではありません。(コンピュータ産業の)マーケットは着々と成長していますし、通信の自由化についても総務省(旧郵政省)はがんばって進めていた。IT産業政策は、高度IT人材育成、様々な分野での高度情報化など様々な施策に取り組んでいましたが、中でも一番シビアだったのが通商戦略だったんですね。今や、コンピュータの設計・製造をトータルで行える企業は、唯一日本とアメリカしかいないわけですが、その生き残りの成功の陰には、通商交渉を巡る激しい暗闘があったわけです。
1990年代前半まではこの流れが続いていくわけですが、1995年くらいから電子商取引、いわゆるeコマースのムーブメントを始めます。これは1993年の新総合経済対策で打ち出された「新社会資本整備」の議論、設備とか土地ばかりでなく、ソフトも国の社会資本として捉え、補正予算も使えるようにする。まあ一部成功して、一部失敗したんですけれど、この議論とリンクしました。
また、その時には、(以前と異なり)サプライサイド側の思いこんだ技術では通用しないという現状を考え、ユーザーサイドの視点で考える。少なくともeコマースというトレンドがあって、そのために必要な決済システムとか、コーデックとか、著作権管理といった要素が見えていて、それに対してユーザがコミットしてきたプロジェクトには、お金を流しましょうという方針に変えたのです。ベンダだけが提案書を持ってきても受け付けませんと。
加えて、米国・欧州と組みまして、eコマースの政策的枠組みを考えるレポートを同時期に出し、IPRとかセキュリティといった政策課題を明らかにしながら、電子商取引市場規模調査を作り、米国の現状が3年先の日本だ、日本のeコマースは米国と同じように伸びていくんだ、というポリシーレポートを出しました。この、電子商取引市場規模調査と、ポリシーレポートと、新社会資本整備を背景とした補正予算による支援、という三点セットでeコマースに突入していったわけです。
で、その後どうなったかというと、実際には、インターネットが入ってきて、eコマースの流れに追い付き追い越していきました。ですから、今日のeコマースの普及に当時の政策がどこまで貢献したのか、と聞かれると、なかなか答えるのは大変です。でも、政府がeコマースと騒いだのは、ある程度、新たなIT市場の普及に貢献しただろうと思います。また、補正予算のプロジェクトの成果の方ですが、サンプリング調査の結果を基にざっと言えば、成果を法的手続きに即してそのまま使いました、というのは、残念ながらせいぜい5%内外でしょう。これにはIPRの問題や、国の成果物としてのソフトウェアを使う手続が面倒くさいなど、いろいろな理由があると思います。しかし、企業の独自の応用開発を加えたり、国の研究開発成果でないものとまぜてつつ、結果として事業化されているものということでみると、1/3くらいは使われているのではないかという感じがします。
例えば、失敗に近い方で例を挙げると、決済システムとしてSETという技術に随分投資をしましたが、あんな重いものを本当に使うのか?と言われている中で、いつの間にかSSLが市場で普及してしまって、SETの広範な普及に失敗したなんて事があります。未だに、SSLで本当に良いのか?と思うものが多いのも事実なんですけどね。
そんなこんなで、90年代後半の施策ともなると、同時代人としてはやはり評価が難しくなるわけですが、ただ、確かなことは、1970年代のような産業政策・技術政策がめでたく一致するような時代ではなくなっていたわけです。eコマースでも、ユーザーサイドに目を転じたとはいえ、予算措置を中心に政策を組み立てるだけでは限界がある。そういう思いが募っていた。
その頃、他方で「IT革命」ブームが始まり、政府を上げてITを推進すると言うことでIT戦略本部の設置となったわけです。その成り立ちは、強いて言えば、ある種の規制改革本部的な骨格がある。つまり、制度改革をe-Japan戦略の中でコミットし、その進捗を評価する。インフラの接続数とか、電子カルテの普及率とか、学校教育の教室へのインターネット接続といった目標を決める。それらの目標に対して、きちんとレビューし、予算面でも、各省庁で調整をして重複投資がないようにする。このような形で、各府省が連携してIT政策の一元化を図るためのフレームワーク、これがe-Japanの情報政策史的な観点からの位置づけだと思うのです。
そういう観点から見れば、特に戦略の最初の3年を振り返って、e-Japan戦略は成果を上げたと思うんですね。インフラ規制緩和は総務省さんが頑張られたし、孫さんを初めとする競争力あるサービスを提供するプレーヤーの出現もあって、実際にスピード・料金は世界一というレベルにまで到達したわけです。あと重要なことですが、この時期には、いろんな法整備をやってるのです、例えば不正アクセス禁止法とか、電子契約法、ISP法とか、電子署名法とか、いずれは必ず必要となる法制度について、重点的にあの時期に整備したんですね(※注3)。
電子政府についても、確かに、一時期、無駄な電子政府プロダクトの市場が作られてしまい逆に競争力のないサービスの延命を図ってしまったのではないかという強い反省もあるのですが、現在では、電子政府の本質はBPRでしょという認識が浸透し、電子政府構築計画の中での業務改革へのコミット、政府調達制度改革の流れを作る原動力としてe-Japan戦略は非常に貢献してきたと思っています。
ただ、この2年くらいの課題というのは、これだけインフラが整備されても、それが本当に使われているんですか?という話です。このため、利活用を核としたe-Japan戦略?を立案すると同時に、IT戦略本部評価専門調査会が中心となって、みんなで利活用が進まない原因をアセスしつつ、PDCAサイクルを確立しましょうと頑張っているわけです。しかし、やはり物事を動かす時って、民間でIT入れるときのBPRと同じですが、いくら理屈が素晴らしかろうが、目標を厳密に立てようが、内発的なモチベーションをセットできるような仕掛けを仕込んでおかないと動きませんね。
---歴史的な情報政策の観点から、e-Japanについてお話してもらった訳ですが、これまでの高度情報通信社会推進本部の取り組みとe-Japanの違いという点について、先ほどおっしゃったフレームワークがしっかりしていたのが、成功の要因、ということなのでしょうか?
村上: 今の時点で、どこまでe-Japanの貢献があったのか、ということを実際に計るのは難しいですね。他力的な要因ももちろんあったでしょうし。でも、少なくとも制度所管官庁にとっては、e-Japanが制度を変えるモチベーションとして働いていたことは事実だと思いますよ。
そう言う意味でe-Japanにとっては政府関係者、パブリックセクターにとっては身近なのですが、逆に、産業界一般の人にとっては縁遠いという別の問題も起こしています。「電子商取引をやろう」であれば、企業の社長さんも少しイメージが湧きますけれど、「e-Japanをやりましょう」といわれても、社長さんもチンプンカンプンですからね。
---なるほど。やや各論に入りますが、情報産業に対しての最近の施策で大変注目された、IT投資促進税制というのは、e-Japanの枠組みの中に入る話になるのですか?(※注4)
村上: あの話は、経済産業省が独自で取り組んだ話です。もともとの発端は、プログラム準備金という、ソフトウェア業界にある意味ドーピングをするような仕組みがあって、これをどう止めるかという話と連動して出てきたものなのです。
これからのソフトウェア産業を考えた際、この業界の最大の問題であるユーザ側の仕様書作成能力が低いという問題を避けては通れません。ユーザが仕様書を書けず、自らが必要としているサービスの内容を判断できない以上、ベンダも、いくら良い提案をしても技術を開発しても、結局は営業力で勝負がついてしまいます。つまり、人並みのものさえ作れていれば、あとは、技術やサービスの内容では市場競争は決着していなくて、信用力と営業力で競争が行われているということです。こういう状況下では、ただ市場で競争促進と叫んだところで、腕の良いセールスマンが増えるだけで、ソリューションサービスの国際競争力は一向に高まりません。
これを解決するために、ユーザーサイド側の政策対応として、ITコーディネータから入って、Enterprise Architecure(EA)の導入や、CIO補佐官制度といった施策を順次仕掛けてゆき、そのような政策の流れの一環として、IT投資促進税制をとりに行こう、という話になったわけです。1月頃から用意しましたから、税制要望としてセットされるまでに丸々1年くらいかかったでしょうか。途中から、総務省さんにも御協力いただいて(放送設備なども対象に加えた)制度を作っていったのです。この辺は、是非、情報処理振興課の河野補佐に話を聞いてやってください。
ただ、作る過程での業界の反応は意外と鈍かったんですよ。今になって、「いやあ、良い税制を作って頂いて」と言われることが多いのですが、それも業績の良い企業に多くて。心境は複雑です(笑)。
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