ここ数年間、携帯電話業界において最も注目されている地域は間違いなく中国である。中国では、1998年から携帯電話加入者が毎年2桁の成長率で増加しており、中国信息産業省によると2004年末の携帯電話ユーザーは既に3億3000万人を超えたという。中国は間違いなく世界一の携帯電話大国になったといえるだろう。この巨大なマーケットをにらんで、携帯電話メーカーやインフラベンダー、コンテンツプロバイダなど、携帯電話産業の各分野のプレイヤーが世界各地から中国へと進出してきている。ただし、中には一躍成功を収めた企業もあるが、利益の累積損失を重ねて携帯市場自体から撤退した企業もある。中国市場には無限の可能性が見えるが、うかつに参入して隠れたいばらに刺され、逃げ出す者も少なくないのである。この連載では5回にわけて、中国携帯電話ビジネスの現状を紹介していく。
「中国市場」という言葉から、それをひとつの市場としてとらえる人が多いが、実際に事業を始めると中国の多様性に気づくはずである。広大な領土を持つ中国では、距離が離れると生活様式や価値観が違ってくるのは当然だ。言葉ひとつを取っても、現在の共通語は北京語となっているが、広東語や上海語など、北京語とは全く違う言語に聞こえる方言も数多くある。
中国の5000年という長い歴史の中には、漢、唐、明、清など大帝国がいくつもあり、統一されているように見えるが、広大な領土の隅々まで監視するのは不可能であるし、言葉や生活習慣が違う数多くの国民を一律に管理するのは難しい。当然の結果として、各地方に多大な権限が与えられ、時には中央の政策より地域政策が優先されるようになった。このような事例は現代の中国でも様々な分野で見られ、政府の行政部門や携帯電話キャリアの会社体質、流通チャネルの構造などで、その現象が根強く存在している。中国市場を説明する際、その「多様性」もしくは「地方の主導権」は無視できない要素となる。
中国の携帯電話産業の始まりは1987年。中国の政府機関である郵電部の一部門から、国営ビジネスとしてアナログの携帯電話サービスが提供されはじめた。当時は数少ない高官しか利用できないサービスだったが、今では携帯電話は固定電話よりも普及し、国民の4分の1に利用されている。携帯電話は、多くの人にとって不可欠なコミュニケーションツールとなったのだ。携帯電話で話しながら歩く人の姿は日常風景となり、町中のあらゆるところに携帯電話のキャリアやメーカーの広告看板が林立していて、携帯電話が中国の花形産業であることを実感させられる。
現在中国には、チャイナモバイル(中国移動)とチャイナユニコム(中国聯通)という2つの携帯電話キャリアが存在しており、GSM(Global System for Mobile Communications)とCDMA(Code Division Multiple Access)の2通りのシステムでサービスを提供している。GSMはヨーロッパやアジアの多くの国々で使われているが、これらの国では、電話番号などの情報を端末に登録するのではなく、「SIMカード」というICカードに情報を記録し、携帯電話機に差し込んで利用する仕組みを採用している。中国ではGSMでもCDMAでもSIMカードを導入しており、日本のFOMA端末でも同様にこのシステムを導入している。SIMカードはキャリアにより販売され、GSM規格の携帯電話であれば端末に差し込むだけでどの端末でも利用できる。つまり、端末を買い替える際にはSIMカードを差し替えるだけで、キャリアでの変更手続きなしで手軽に変更可能だ。そのため、GSM規格の携帯端末は通常キャリアを経由するのではなく、端末メーカーから直接に販売代理店に卸し、家電製品のように店頭で販売される。
この仕組みは端末メーカーにとって、キャリアの縛りがないことを意味し、GSM規格に準ずる端末を製造すれば、自由にマーケットに進出し販売できるメリットがある。ただし、国から携帯端末の製造・販売のライセンスを取得する必要はある。端末メーカーが数多く参入したことで、豊富な種類の携帯端末がマーケットに提供された。また、キャリアは端末販売のために資金を使う必要がなく、本業である通信サービスインフラの構築に集中できるメリットを得た。
音声サービスのみの時期にこの仕組みで業界全体を盛り上げてきたが、キャリアの重心が音声サービスからデータサービスに移りつつある今、いくつかの障害が出てきている。そのひとつは、2G(第2世代)規格のGSMにはデータサービスに関する統一の規格がないことだ。WAP(Wireless Application Protocol、携帯電話でデータサービスを利用する際の通信手法)フォーラムによるデータ通信の規格が作られたが、機能はかなり限定されている。また、端末メーカーは市場競争を勝ち抜くため、Javaや絵文字などの新機能を端末に追加したが、ほとんどがメーカー独自の仕様となり、他社端末との互換性がない。そのため、コンテンツプロバイダがコンテンツを提供する際は、様々なフォーマットや仕様にコンテンツを移植する必要があり、莫大なコストがかかる。さらに、キャリアが新サービスを提供するタイミングが必ずしも端末メーカーの新製品投入のスケジュールと一致するわけではないため、キャリアから新サービスが提供されても対応する端末がほとんどないといった事態もしばしば見られた。
提供されるコンテンツも少なく、データ通信対応の端末が少ない中、中国携帯電話キャリアのデータサービスへの移行は成功しているとは言いがたい。この局面を打開するため、キャリアは2004年からいくつかの動きを見せている。各キャリアの戦略については、次回で詳しく触れるつもりである。
SIMカードによって、携帯電話のユーザーは簡単に端末を切り替えることができるが、ひとつの端末で複数の番号(SIMカード)を持つこともできる。携帯端末の値段に比べると、新たにSIMカードを申請するコストは遥かに少ないのだ。そのため、SIMカード方式を採用する地域では、携帯電話の加入者数が実際のユーザー数より多いという統計結果が見られることもある。台湾やルクセンブルグなどでは、携帯電話普及率が100%を超えているのだ。
中国は、これらの国々ほどではないにしろ、やはり加入者数が実際のユーザーより多いと考えられる。中国で通信業界のコンサルティングおよび調査を行うBDAによると、2002年の都市部の携帯電話ユーザーは、平均1人1.2枚のSIMカードを持っているとされている。この原因は、以下のようにいくつか考えられる。
プリペイド型のSIMカードは、携帯電話ショップなどで購入でき、最初から一定額の通話料が入っているものだ。このカードを購入した加入者の数は全体の携帯電話ユーザーの半数を占めているが、通話料を使いきって使用されなくなった番号は、一定の期間内(チャイナモバイルは3カ月、チャイナユニコムは120日)はアクティブユーザーとカウントされるため、ユーザー数が多くなってしまうのだ。
こうした重複ユーザーを除いても、中国の携帯電話人口が3億人に近いことはほぼ確実であり、世界一の携帯電話マーケットであることは間違いない。その3億人は裕福な人々で、約半分は中国で最も発展している沿岸各省に住んでいる。そして、その3億人はまさに中国経済成長の原動力であり、最も購買力のある人達である。中国の携帯電話ユーザーは、携帯電話市場のみならず、現在中国のあらゆる経済領域において注目のターゲットとなっている。
次回は、中国における携帯電話キャリアの事情をお伝えする予定だ。
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