スポーツや医療にも応用できる宇宙ビジネス向け「先端素材」--求められる4つの性能とは?

浅野佑策(リンカーズ)2023年08月02日 13時00分

 この連載では、モノづくり企業と宇宙テック/宇宙ビジネスのつながりや活用事例を、4つの技術領域ごとに解説していきます。第2回となる今回のテーマは「宇宙ビジネス向けの先端素材開発とその応用」です。

 宇宙空間で使用する素材は温度変化が激しく強い放射線が照射される過酷な環境への耐性が求められます。また、高額なロケットの打ち上げコストを下げるための軽量化要求や、メンテナンスコストを下げるための耐久性と信頼性など、地上で用いる製品とは異なるレベルの性能が求められます。

 今回は、こうした宇宙ビジネス向けに開発された先端素材技術について解説します。これら素材は宇宙ビジネスだけではなく、スポーツや医療、自動車などの多くの分野で応用が期待されています。

要求性能1:厳しい温度変化への対応

 一般に、熱が外部に伝わる経路としては、直接接触による「伝導」、熱が赤外線などの電磁波の形で伝わる「輻射」、および周囲の空気や水に熱が伝わり拡散する「対流」の3つのパターンが存在します。

 宇宙は真空空間であり、まわりに空気が存在しないため「対流」が起こらず、非常に熱がこもりやすい環境となっています。たとえば、宇宙空間では太陽光が直接当たる場合の温度は100~130度まで上昇することがある一方で、太陽光が当たらない状況ではマイナス120度程度まで下がることがあると言われています。

 こうした厳しい温度環境においても安定した動作を可能とするため、高耐熱素材や低温下でも安定した特性を持つ素材や、高性能な断熱材の開発が進められています。

開発事例:耐熱性と靭性を両立した高耐熱複合材料向けのポリイミド樹脂


 宇部興産はNASAとライセンス契約を結び、高耐熱複合材料向けポリイミド「PETI-330」を製造販売しています。PETI-330は、一般的なエポキシ樹脂よりも100度以上の高温に耐える性能を持ち、かつ溶融流動性に優れていることが特徴であり、炭素繊維強化樹脂(CFRP)の材料として用いることで、航空宇宙機器に求められる強度と軽量性を満たすことができます。これにより、アルミやチタン合金の代替部品としてロケットや人工衛星、宇宙往還機などの耐熱部品に活用できます。

「PETI-330」(左)を使ったCFRP部材(右)(出典:同社ウェブサイト)
「PETI-330」(左)を使ったCFRP部材(右)(出典:同社ウェブサイト)

また、この素材は高い耐熱性と成形性を活かして、エンジンや排気システムなどの自動車部品、高温下で動作する産業機械、さらには家電製品まで、幅広い産業分野における活用が期待されています。

開発事例:極低温領域を想定した高性能多層断熱材


 オービタルエンジニアリングは、極低温領域において高い断熱性能を発揮する断熱材を開発しました。同社の開発した断熱材は、複数の金属箔をスペーサを介して積み重ねた多層絶縁材(Multi-Layer Insulation、MLI)をベースにしています。金属箔が放射熱を反射し、スペーサが熱の伝導を防ぐことで非常に高い断熱性を発揮します。同社は、さらに、スペーサに高い熱抵抗性能を持つ間欠型スペーサ(NICS)構造を導入することで、その断熱性能を高める技術を開発しました。

 特に優れている点は、真空パッキングによって空気が存在する地上でも高い断熱性能を維持することが可能である点です。これにより、真空状態での使用を前提とする宇宙分野だけでなく、地上でも活用する道が開かれました。

多層絶縁材(出典:同社ウェブサイト)
多層絶縁材(出典:同社ウェブサイト)

 この技術は、宇宙探査機やロケットなどの断熱材として利用でき、軌道間輸送機や月面探査ローバの極低温推進剤の蒸発を抑制する役割も果たします。また、地上での応用としては、液体水素の大規模貯蔵タンクや液体水素タンカーの断熱材としての使用が期待されています。

要求性能2:強度と軽量化の両立

 宇宙ロケットの打ち上げ費用は、ロケットや搭載する衛星の質量に伴い高くなります。重いロケットを打ち上げるためには強力なエンジンが必要となり打ち上げ費用が高くなります。逆に、ロケットや衛星の重量を軽くできれば、多くの衛星を相乗りさせることで打ち上げ費用を抑えることができます。そのため、宇宙で用いられる構造材や部材の軽量化は宇宙ビジネスにおいて非常に重要なファクターとなっており、素材自体の軽量化だけでなく、強度などの特性を維持したまま軽量化できる形状の研究も進められています。

開発事例:3Dプリントを用いて軽量な格子状形状に成形可能な合金部材


 日本鋳造は、宇宙の厳しい環境に対応するための技術として、低熱膨張合金である「LEX-ZERO」を3Dプリント技術で成形する技術を開発し、軽量化と強度を両立した光学機器部品を製造しました。「LEX-ZERO」は、同社が開発した熱膨張率が0.00±0.19ppm/度の低熱膨張合金であり、これをumサイズの粉末とし、レーザー溶融法の3Dプリント技術で格子状の構造に成形することで、強度を維持しつつ40%以上の軽量化を実現しました。

3Dプリンターで製造した構造部材(出典:同社ウェブサイト)
3Dプリンターで製造した構造部材(出典:同社ウェブサイト)

この技術は、宇宙機に搭載される望遠鏡の構造部材などへの適用が想定されています。低熱膨張合金を用いているため、温度変化による熱膨張の影響を最小限に抑えることができ、精密な位置制御も可能となります。この技術は、熱に強く軽量な部品として、自動車、航空機などの分野でも活用が期待されます。

開発事例:かさ密度が10分の1のシリカエアロゲルをベースとした軽量で低コストな断熱素材


 国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)は、シリカエアロゲルをベースにした新しい断熱材「TIISA」の開発に成功し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、月や火星での活動向けのコンパクトで運搬しやすい宇宙服用の断熱材としての実装開発を進めています。

 TIISAはシリカエアロゲルをベースにしており、独自に開発したゲル生成プロセスを適用することで、従来と比べて粒子径を1000分の1、かさ密度を10分の1に低減しました。これにより、宇宙産業向けに求められる高い断熱性能と軽量化を実現しつつ、従来のエアロゲルよりもコストを大幅に抑えることが可能と言われています。宇宙服用の断熱材に限らず、極低温である液体水素の長期貯蔵・運搬容器に用いる高性能断熱材や、建築材料、工場、家電製品などの分野でも活用が期待されます。

NIMSが開発したエアロゲル(出典:同社ウェブサイト)
NIMSが開発したエアロゲル(出典:同社ウェブサイト)

要求性能3:放射線からの保護

 宇宙空間には大気が存在しないため、宇宙放射線や太陽フレア、宇宙線などの高エネルギー粒子が宇宙船や衛星に直接当たります。これらの強い放射線は、宇宙船や衛星の電子部品に影響を与え、故障や誤作動を引き起こすことがあります。また、こうした放射線は人体にも有害であり、宇宙飛行士は宇宙空間での被曝を避けるために、遮蔽材料を使用した宇宙服を着用したり、宇宙船内に放射線遮蔽材を設置したりする必要があります。

開発事例:カーボンナノチューブおよび熱硬化性樹脂を用いた超軽量電磁波遮蔽材料


パナソニック インダストリー、名古屋大学、山形大学、秋田大学はJAXAと共同で、カーボンナノチューブ(CNT)と熱硬化性樹脂を用いた超軽量電磁波遮蔽材料の開発を進めています。この材料は、アルミニウムと比較して270分の1の軽さでありながら同等の電磁波遮蔽性能を持つという優れた特性を備えています。また、材料組成の調整により、目的に合わせて遮蔽する電磁波の周波数帯域を変えることも可能です。

超軽量電磁波遮蔽材料(出典:同社ウェブサイト)
超軽量電磁波遮蔽材料(出典:同社ウェブサイト)

 重量低減が求められる人工衛星や探査機の機内通信、給電用ケーブルの無線化などへの適用を想定して開発が進められていますが、それ以外にも電動航空機やeVTOL(垂直離着陸を行う電動機体)の軽量化や、CPUなどの電子デバイスや、5Gや6Gなどの高速・高周波数無線通信の高品質な電磁波ノイズ対策として用いられることが期待されています。

要求性能4:高い耐久性と信頼性

 宇宙ミッションでは、デバイスや部品に不具合が生じても、その修理やメンテナンスのために地球に戻すことは非常に困難です。また、積載物の軽量化のため予備のデバイスや修理機械などの搭載も最小限にする必要があります。そのため、宇宙で用いられるデバイスや部品には、地上で用いられる場合と比べて高い耐久性や信頼性が求められます。

開発事例:リチウムイオン電池の安全性を高めるイオン液体性の電解質材料


 アイ・エレクトロライトは、宇宙空間の厳しい環境に耐えるリチウムイオン電池の開発を進めています。同社が開発したこの電池は、電解液に難燃材料であり揮発しないイオン液体を用いることで、通常必要とされる厚く堅牢な外装を不要としました。

 一般のリチウムイオン電池は0〜35度の温度範囲でしか使用できませんが、この電池はマイナス40からプラス80度の広範な温度範囲で使用可能です。また、この電池に用いられているイオン液体は蒸発したり引火したりしないため、従来よりも安全性の高い電池を製造することが可能となります。この電池は過酷な温度環境に晒される人工衛星やロケットの電源として適していますが、民生用途でも、過酷環境での使用が想定される環境観測や極地での利用に適していると考えられます。

アイ・エレクトロライトが開発したリチウムイオン電池(出典:同社ウェブサイト)
アイ・エレクトロライトが開発したリチウムイオン電池(出典:同社ウェブサイト)

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■著者について

浅野 佑策
リンカーズ株式会社リサーチプラットフォーム事業本部 オープンイノベーション研究所長
東北大学工学部卒業( 2006 年)、東北大学大学院工学研究科修了( 2008 年)。株式会社東芝 生産技術センターにおいて半導体製造プロセスの研究開発に従事。その後、アクセンチュア株式会社にて大手製造業における、工場デジタル化や業務自動化などのデジタルトランスフォーメーションを複数推進。 現職では、メーカーでの研究開発とコンサルティングの経験を活かして、エレクトロニクス領域を中心に、先端技術動向調査、技術マッチング、技術情報を効率的に収集するための技術開発など、製造業向けのイノベーション創出を支援している。

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