2月頃から、コオロギ食に対する注目度が急激に高まっている。無印良品は2020年から「コオロギせんべい」、2021年からは「コオロギチョコ」を販売。また、製パン大手の敷島製パン(Pasco)も2020年から「Pasco未来食Labo Korogi cafe(コオロギカフェ)」シリーズを展開している。さらにはコオロギパウダー入りのパンやお菓子や「コオロギの食育パンキット」などを販売しており、ここ数年、栄養バランスと環境負荷が少ないタンパク源として広がりを見せてきた。
そうした中で、徳島県の公立高校が給食でコオロギパウダーやコオロギエキスを使った料理を出したことなどから、急に注目されはじめたようだ。SNSでは「コオロギ食は安全性に不安」や「多額の税金を投入する必要はない」「コオロギ食には意味がない」といった意見も見られ、さまざまな情報が錯綜している。
コオロギを食べても安全なのかという疑問について、内閣府 食品安全委員会は2018年に「欧州食品安全機関(EFSA)、新食品としてのヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus)についてリスクプロファイルを公表」という記事を出しており、「好気性細菌数が高い」「加熱処理後も芽胞形成菌の生存が確認される」「昆虫及び昆虫由来製品のアレルギー源性の問題がある」「重金属類(カドミウム等)が生物濃縮される問題がある」といったリスクを紹介していた。
しかし2022年5月には「欧州食品安全機関(EFSA)、新食品としてのヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus)の部分脱脂粉末の安全性に関する科学的意見書を公表」という記事を掲載。約4年後に同じEFSAがコオロギ食の安全性を認めている。
欧州は昆虫食に対する取り組みが活発になっており、安全性の評価についても進んでいる。あくまでも海外機関による検証ではあるものの、欧州では安全性が認められている状況だ。
では、そもそもコオロギ食や昆虫食のメリットや意義はどこにあるのか。世界人口が2050年には97億人に達すると予想されている中で、昆虫食は、人口増加に伴う深刻な「タンパク質不足」を補う候補の一つとして注目されている。それはあくまでも「植物肉」や「培養肉(細胞性食品)」などと並行して検討されているものであって、人類すべてが昆虫を食べなければならなくなる未来に突き進んでいるわけではない。
昆虫食の中でコオロギが注目されているのは、可食部1kgの食肉生産に必要な餌の量が牛肉が25kgなのに対し、豚肉は9.1kg、鶏肉は4.5kg、コオロギは2.1kgで済む(「Potential of insects as food and feed in assuring food security」より)と言われ、少ない餌で生産できることが挙げられる。
生産における水の消費も温室効果ガス(二酸化炭素)の排出も少ないのが特徴だ。
牛肉は1kgあたり約2万2000L、豚肉は約3500L、鶏肉は約2300Lの水が必要になる(「Virtual water flows between nations in relation to trade in livestock and livestock products」)のに対し、コオロギは約420Lの水で済み、将来的には約300Lで済むようになるという(「Life cycle assessment of cricket farming in north-eastern Thailand」より)。
体重1kgの増加に対する二酸化炭素排出量は牛肉が2850gなのに対し、コオロギがわずか1.57gだという(「An exploration on greenhouse gas and ammonia production by insect species suitable for animal or human consumption」より)。
人口爆発に向けて肉や魚に代替されるタンパク質を確保する課題に加えて、2050年のカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量を均衡させること)に向けた脱炭素の課題にも合致した食品(および飼料)といえる。
コオロギパウダーは一部の食品で「クリケットパウダー」と表記されていることがある。コオロギの英語名だが、少しわかりにくい印象があるので、留意しておきたい。
食用に養殖されたものは安全に配慮されているが、「知らないうちにコオロギを食べさせられるのではないか」と不安に感じる人もいるかもしれない。しかし現状においてコオロギパウダーの単価は決して安くないのが現状だ。
たとえばウェブで販売されているコオロギパウダーの価格を見ると、100gあたり700〜1500円程度となっており、同じタンパク源であるきなこは100gあたり100円程度だ。フレーバーの素という考え方で見ると、ココアパウダーが500〜1000円程度、乾燥エビは300〜2000円程度だ。企業が「昆虫を食品にする」という新たな取り組みを進んで実践していることをアピールするのには効果的かもしれないが、食材として用いるにはまだまだ単価が高い。そのため、しばらくは「知らないうちに原材料にコオロギパウダーが使われた食品が増えている」という状況に陥るリスクはまだ低いと言える。
もちろん、コオロギ養殖事業者の企業努力によって生産性が向上し、単価が下がればその限りではないが、現状ではそこまで憂慮することではないだろう。
SNSでは「コオロギ事業に6兆円もの税金が投じられている」という情報も見られた。
まず、コオロギ養殖に6兆円もの税金が投入されるというのは誤りだ。2022年度補正後予算の国の一般会計歳出は110.3兆円となっており、そのうち5%以上もコオロギ養殖に投じられるはずはない。農林水産省の2022年度予算は総額2兆2777億円だ。
コオロギ養殖事業者のクリケットファームは2022年6月に「長野県茅野市から認定農業者として認定されました」というプレスリリースを出している。これは自治体が認定した農業者に対して農業用機械や農業用施設の導入に対する補助金をはじめ、農業経営基盤強化準備金制度や低金利融資といった手厚い支援を受けられるようにするというもの。新たな人の食料、もしくは家畜用の飼料として注目されるコオロギを養殖する事業者も農業者の一員として認定した。米農家や野菜農家と同様にコオロギ養殖事業者も農家として認められたというわけだ。
また、農林水産省の「ムーンショット型農林水産研究開発事業」(2023年度予算概算要求額は22億円)では、「食品ロス・ゼロを目指す食料消費システム」の一部として「食品残渣等を利用した昆虫の食料化と飼料化」に言及している。この「食品残渣」とは食品関連事業所から出る食品由来のごみのことだ。通常は廃棄される食品残渣が昆虫養殖の飼料になるのであれば、まさにそれがフードロス削減につながることになる。一般消費者が食べたいかどうかは別として、コオロギ食はSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みの一環として十分認められるべきものなのだろう。
ちなみに、昆虫ビジネスを推進する昆虫ビジネス研究開発プラットフォーム(iBPF)は2022年7月22日に「コオロギの食品および飼料原料としての利用における安全確保のための生産ガイドライン(コオロギ生産ガイドライン)」をまとめている。
これは人に対する食品と、家畜や養魚に対する飼料の両方に適した製品を提供することを目的に、食品衛生学や栄養学などの研究者や専門家、コオロギ生産者からの意見などを基に、農林水産省が事務局を担うフードテック官民協議会内の「昆虫ビジネス研究開発ワーキングチーム(iWT)」が食品および飼料としてのコオロギ生産が遵守すべき内容を検討し、iBPFが取りまとめたものだ。
それまでは一定のガイドラインがなかったため、それぞれの事業者が手探りでコオロギ養殖を進めてきた。しかしこれによって生産工程で想定されるリスクを未然に防いで安全に養殖を行う下地ができあがった。安全性が確認されてガイドラインが策定されたから完全に安全・安心というわけではないが、コオロギ食(もしくは飼料活用)に向けて着実に前進した形だ。
また、現在iWTは食用・飼料用ミズアブの養殖に向けた「ミズアブ生産ガイドライン」の策定に向けて取り組みを進めている。こちらの進捗についても注目したいところだ。
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