朝日インタラクティブは2月1〜28日の平日、「CNET Japan Live2023」をオンライン開催した。2023年のテーマは、共創の価値を最大化させる「組織・チーム・文化づくり」。本稿では、商品サービスのリブランディングに際し、「未来志向」×「オープンマインド」を目指した組織風土改革を実施した、オルビスの講演内容をレポートする。モデレーターは、本誌CNET Japan副編集長の加納恵。
「組織風土の改革について、皆さんに何かひとつでも、気づきになることがあればうれしい」と、冒頭に挨拶したのは、オルビスHR統括部 部長の岡田悠希氏だ。もともとはグループ会社であるポーラに入社し、事業側で九州・首都圏を中心に店舗マネジメント業務に携わっていた。
「同じ商圏、同じ店舗規模で、同じ商材やサービスを、同じ価格帯を扱っているのに、店舗によって売上に差が出ることが多かった。それは、店長のリーダーシップの差だった」(岡田氏)
ご存知の通りオルビスは、化粧品メーカーだ。単価3000円前後の化粧品を、商品企画から販売、カスタマーフォローまで行っており、年商は約400億円。D2Cのビジネスモデルが主で、直販はECが大部分を占める。一部、amazonなどのB2Bでも販売している。
最近では、ORBISアプリを中心としたCRMにも注力して、「化粧品を中心としたビューティーカンパニー」を掲げているが、これは「リブランディング」と「組織風土の改革」を両輪で進めてきた成果だ。
1987年に創業したオルビスは、化粧品メーカーとしては大手化粧品メーカーと比較すると後発組だが、2000年代後半までに急成長を遂げた。その理由は2つある。1つは、商品の差別化だ。創業当時はバブル絶頂期。化粧品においても、華美に、豪華に、派手に、といった世界観が好まれるなか、オルビスは、シンプル、サステナブルといったアンチテーゼを打ち出した。
もう1つは、マーケティング戦略だ。「百貨店に行かなくても、もっと手軽に購入しよう」と、通信販売やカタログ販売をいち早く始めた。顧客の行動変容を促進し、当時はまだ珍しかった、購買データを活用したデータドリブンなマーケティングを実直に行ったのだ。
しかし、2010年代からは市場におけるプレゼンスが徐々に低下。その理由について岡田氏は、「ナチュラルオーガニック系ブランドなどの台頭と、もう1つは、過去の成功体験からなかなか脱却できなかった」と話す。「化粧品通販」という、創業当時では珍しいチャレンジをして、先駆者メリットも受け、業界のパイオニアとしての認知もされた。「成功体験をベースにした改善型のアプローチは得意だった一方で、過去の延長にはないような新しいチャレンジをする機会が生まれず、気づかぬうちにそういった組織風土へとなっていた」と話す。そうこうしているうちに、1つめの理由の他社が台頭してきて、市場におけるプレゼンスは失われてしまった。そこでオルビスは、2018年前後から、リブランディングに舵を切ったという。
まずは、「オルビスは何者か」という再定義から。「SMART AGING(スマートエージング)」という提供価値を、新たに打ち出した。年齢を重ねるのにあらがって美しさを手に入れるアンチエイジングとは一線を画する、「年齢と共に手に入れていく美しさ、その人1人1人の美しさ、その人らしさ」を唱えることにした。
例えば、主力ブランド「ORBIS U(オルビスユー)」のクリエイティブやビジュアルさえも、大きく路線を変更した。
また、商品の見え方のみならず、店舗での体験価値についても再定義して、作り替えている。さらに、アプリを中心とした、カスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)戦略を強化、新規事業への投資やチャレンジなども加速した。
岡田氏は、「リブランディングを実現させるためには、過去の延長線上にある仕事の進め方ではなく、新しいチャレンジと新しい価値を生み出すことが求められていた」と振り返る。かつて、データドリブンマーケティングによって、急成長を遂げたという成功体験が、逆に足を引っ張っていたのだ。
「どのタイミングで、どのお客様に、どうコミュニケーションを取れば、どんな成果が出るのかが、ある程度分かっていたがために、勝ちパターンに囚われていた。その結果、業務では、大量に高速のPDCAを回すことが求められ、それを実直に実践できたからこそ当時の成長を遂げられた一方で、ワークスタイルは効率化や最適化、マネジメントは管理型になっていた。そこから形成される組織風土は、セクショナリズムやシニシズムに陥っていた」(岡田氏)
そのような組織風土で、リブランディングを打ち出しても、やはりうまく行かない。セクショナリズムやシニシズムが邪魔をする。本気でリブランディンを実現するには、こうした価値観の対極にある「未来志向」「オープンマインド」な組織風土を作っていくことが必要だったという。
こうしてHR部門は、2つのミッションを掲げた。1つは、役割、立場、年齢、関係なく意見し、縦横斜めの共創を生む「オープンマインド」な風土の形成。もう1つは、過去に囚われないで、常にどうありたいかを基軸に、ゴールへの最短距離を考えて動いていく「未来志向」な風土の形成だ。
「組織の風土は、行動の積層で形成されていく。戦略的に作っていくものだ」と岡田氏。オルビスでは、最初に理想の風土につながるリーダーシップを定義して、それを発揮して積層させ、それによって変容する個人の行動や振る舞いから、新しいチャレンジやさらなるリーダーシップを生み出して、事業に反映させていくという「風土形成のサイクル」を回すことを目指したという。
「3大リソースのうち、モノとカネは配分したら終わり。だけど、ヒトには変数がある。これがすごく大きい。競合も進化してくるなか、変化に対応して打ち勝っていくためには、ヒトというリソースを最大化させることが、非常に重要だ。このためオルビスでは、一人ひとりの力の最大化に、経営も含めて注力している」(岡田氏)
そして、岡田氏は「組織風土を形成する、3つのステップ」を紹介した。1つめが「行動の定義」、2つめが「行動の積層」、3つめが「行動の評価」だ。なかでも、2つめの「行動の積層」が肝になるという。
「行動の定義」としては、「未来志向」とは何か、「オープンマインド」とは何かを言語化した「ORBIS MANAGER STYLE(オルビスマネジャースタイル)」(通称:OMS)を行動指針として定義した。上の4つが、「未来志向」な風土を形成するために必要な行動。下の3つが、「オープンマインド」につながる行動を積層させていくために必要な行動だという。
さらにユニークなのは、「してほしい行動」と、「してほしくない行動」までも、明確に打ち出したという点だ。左側の行動は「未来志向」や「オープンマインド」に、右側の行動はセクショナリズムやシニシズムにつながる、という具体的な行動例を示したのだ。
しかし、「これだけでは堅苦しくて徐々に形骸化し、浸透しない」と岡田氏。従業員から見ても、興味を引くもの、楽しいものでなければ浸透しないと考え、「どう伝えるか」までこだわったという。
例えば、7つの行動指針のそれぞれに、その行動指針を発揮している従業員をモチーフにしたポスターを作成して社内にオルビスマネジャースタイルを掲示したり、一口チョコに印字して「望ましい行動をした人にチョコをあげよう」キャンペーンを実施したり、モバイルバッテリーにステッカーを貼ったり。
「ただ、チョコは大半の人が配らずに自分で食べてしまったので、すぐ止めた施策のうちの1つなんですけど」と、岡田氏は笑いも交えて話した。
「クリエイティブをしっかり入れて、コンテンツの質を担保したものは、メンバーの反応もいいし、どんどん日常に溶け込んでいく。組織風土の改革において、クリエイティブはすごく大事なんだと実感した」(岡田氏)
しかし、メッセージを打ち出しては廃れ、また思い出したように打ち出して、というキャンペーン的なやり方では、風土の形成にまでは至らない。そこでHRでは、「行動の積層」につながるよう、施策を整理して組み立てて、意識的かつ計画的に実施してきた。
たくさんの施策があるなかでも、行動を積層させるために最も重要だったのは、「STYLE QUEST」と「ORBIS LAB」の2つだったという。
1つめのSTYLE QUESTは、いわゆる上司サーベイだ。3カ月に1回、メンバーから自分の上司がオルビスマネジャースタイルを発揮しているかどうかを、マネジメント層にフィードバックしている。上司はその内容を見て、内省、改善して、行動発揮をさらに強化していく。
フィードバックを受ける際のレポートには特に強みとなったスタイル、課題だと感じられるスタイル、その理由についても記載されている。講演では、岡田氏が実際にメンバーであるマネジャー陣から指摘された内容の一部も紹介された。
「強みになったところは自信にすればいいかなと思いつつ、開発課題では、してほしくないメッセージが最近多い、という指摘もあり、自分自身がシニシズムを作っていると気がついた。これは、自分では気づけなかったし、意図してもいなかった」(岡田氏)
もう1つのORBIS LABは、個々のスキルや経験に基づいたテーマを社員が自ら手を挙げて開催し、部署の垣根を超えて「気づき」を与え学び合う社内アカデミーだ。個性の発揮や社員同士の新たなつながりのきっかけになっている。社内研修のような形式で実施しているが、「人材開発」というよりも、実は「未来志向」「オープンマインド」とは何かを体感する「場」として役立っているという。
日々の業務では、納期、売上、責任などを直視するため、いつもオープンマインドでいるというのは、難しいのが実情だ。しかし、ORBIS LABでは、「未来志向」「オープンマインド」を基軸に開催されている。業務とは全く切り離された場だからこそ、安心して「未来志向」「オープンマインド」の価値を体感できるのだ。
そして、それを普段の仕事のシーンに還元していく。「ORBIS LABで、未来志向、オープンマインドな風土の価値を感じて、いいと思ったら現場でもやってくれるので、そうやって少しずつ流入させていっている」(岡田氏)
最後に、岡田氏は組織体制の変更についても言及した。リブランディング前は、「顧客の最終コンバージョン経路」ごとに組織を分けた、チャネル別の組織体制だった。このため、組織のサイロ化が進み、情報の共有や連携がうまく図れなくなってしまっていた。
「これを全部やめました」と岡田氏。機能別の組織体制に一新したという。例えば、マーケティングなら通販か店舗か関係なく、戦略部門に一律全員集約した。「組織の縦串と横串を真逆にして、人と人が交わらざるを得ない、完全にオープンマインドにしていくような組織モデルを構築した」(岡田氏)
組織体制を一新し、さらに、人事制度も見直した。これまでの年功序列からスマートエイジングに基づいた個にフォーカスした絶対評価に進化させた。組織体制や、年功序列の評価制度にも改革を着手することで、痛みは伴うが変革を進めることができたのだ。
これまで紹介した一連の取り組みによって、リブランディング直後の混乱期を除いて、エンゲージメントスコアは非常によい形で推移している。
ORBIS LABの参加人数も右肩上がり。未来志向、オープンマインドな環境でそれを体感できた従業員がどんどん増えているという状況だ。
さらには、若手社員が商品のリブランディングを牽引するなど、新しいチャレンジも生まれつつあるという。若手中堅が、自分のやりたいことに、どんどんチャレンジできるようになったことで、若手の台頭も増加してきた。
最後に、岡田氏はこのように話して講演を締め括った。
「ベンチャーと大手で30代の平均年収を比べると、いまやベンチャーが上回ったと聞く。人材の流動化が加速するなか、いかに優秀な人材をリテンションさせていくかは、経営課題だ。これからは、風土改革を掲げるだけでは意味がなくて、戦略的に風土を形成することが、非常に重要度が高くなってくる。そのためには行動の積層を、今後より一層進めていきたい」(岡田氏)
質疑応答で、モデレーターの加納が「社員発の取り組みを続けてもらうために、どのような支援をしたのか」と尋ねると、岡田氏は「例えば、ORBIS LABで社員から手を挙げてくれて、実施できたことについては、そこで終わりにはせずに、そのメンバーがなぜそれをしようと思ったのか、してみてどうだったのかなどのレポートを作ったりして、他の従業員が行動するヒントになるよう、良い連鎖反応の創出にもこだわった」と回答した。視聴者からも20問近くの質問が寄せられ、戦略的な組織風土改革への関心の高さがうかがえた。
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