「社内外の『知の結集』で生み出すイノベーション」をテーマに、2月21日から3月4日までの2週間(平日9日間・全18講演)にわたり開催されたオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2022」。2月28日はオープンな実証実験の場「ひろしまサンドボックス」を構築する広島県から商工労働局イノベーション推進チーム・主査の椛島 洋介 氏が登壇した。イノベーション・フレンドリー地域を目指した様々な取組について,実例も交えながら紹介した。
広島県では「イノベーション立県」をキーワードにさまざまなプロジェクトを実施しており、それらに関する取り組みは本誌でも何度か紹介してきた。地域の特徴は、瀬戸内海に近く、雪質の良い山にも近く、そうした自然と都市の近接性が高い「都会すぎない都会」だという。時間や場所にとらわれず自由度の高い仕事と暮らしが両立できる都市として、コロナ禍に求められる「適散・適集」が実現できる地域であり、日本の縮図とも呼ばれている。
地域産業はマツダを中心としたサプライチェーンが牽引し、モノづくりの強みを活かしたオンリーワン、ナンバーワンの企業が多数集積する。中心となるモノづくり産業をさらに成長させ、市場動向や社会情勢にしなやかな対応ができることを目指し、複数のプロジェクトを展開。「県内企業がイノベーションを通じて新たな付加価値を創出するため、従来の枠組みに囚われない形で支援する環境を自治体主導で提供している」と言う。
現在、イノベーション推進チームが関わる代表的プロジェクトには、イノベーション創出拠点である「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」、産学官連携でスーパーコンピュータの利活用も可能な「ひろしまデジタルイノベーションセンター」、そして今回のテーマである「ひろしまサンドボックス」がある。
「ひろしまサンドボックス」は2018年から「広島県をまるごと実証フィールドに!」を合言葉にスタートし、間もなく5年目に入る。第4次産業革命の潮流を広島県に取り入れるべく、最新のテクノロジーやデジタル技術によって、さまざまな課題解決や新たな付加価値の創出に関する取り組みを支援する。方法としては、技術やノウハウを有する県内外の企業及び人材を呼び込み、県内にあるリソースとの共創によって試行錯誤できるオープンな実証実験の場を提供している。
実証プロジェクトの種類は、3年間で10億円規模の投資を想定してスタートした自由提案型をはじめ、県庁内の各課が関わる行政提案型、D-EGGS PROJECTの3つを中心に、スモールなチャレンジを応援するサポートメニューのRING HIROSHIMAや、デジタルネイティブ層をターゲットとする人材育成など、年々取り組みを進化させている。現在、2500近い企業と人材が参画し、特に県外のスタートアップが増え、起業家の集積装置としての役割も果たしつつある。
自由なテーマを応募する自由提案型は、2018年から実施した2回の公募で89件の応募があり、9件が選定された。テーマは農業や漁業、観光、保育現場など多岐に渡り、20年3月まで実証実験が行われた。
具体的な事例としては、生産量日本一のレモン栽培の県内2大産地の一つである大崎下島において、一般社団法人のとびしま柑橘倶楽部を主体に、竹中工務店などのメンバーでコンソーシアムを形成し、経験とカンに頼っていたノウハウを誰もが取り組みやすくする仕組みづくりの構築にチャレンジしている。また、気候変動の影響を受ける牡蠣の養殖では、海の状況をセンサーで見える化し、アプリなどを通じて漁業者に情報を届ける仕組みを構築している。
実証プロジェクトの第2弾である行政提案型は、県外からソリューション求め、道路管理。県有施設の鳥獣被害対策、スマート農業など7つのテーマが選定された。21年度までに総額2.3億円の予算が用意された。従来の公募から入札というプロセスに実証プロジェクトを加えることで、より効果が高く安価な新技術が導入できるメリットがあり、県庁内各局での取り組みが進んでいる。具体的には、維持や点検に膨大なコストがかかる道路施設を効率化し、低コストに抑えるプロジェクトや、低コストで設置可能な水位計や河川カメラを開発するプロジェクトなどが実施されている。
2020年11月から約1年間実施されたD-EGGS PROJECTは、ニューノーマルをテーマにコロナ禍における課題解決に向けたソリューション開発などに対し、最大1300万円の経費支援を行う。さらに事務局に参画するサムライインキュベートらによるメンタリング、サポートを実施。商工労働局県内投資促進課が実施する最大1000万円の滞在支援策とタイアップするなど、県庁各課での共創プロジェクトにもなっている。
全国から391件の応募があり、最終審査では生活支援からモビリティ、医療関連まで、幅広い30件のアイデアが選定された。実証実験のフィールドを提供する基礎自治体をはじめ、地元企業から教育機関、医療機関まで多種多様なプレイヤーとの協働が実現している。さらに30件中15件の商品やサービスが実際に販売、提供されている。
例えば、自律航行機能付き小型EV船によるオンデマンド輸送サービスの開発と実証では、瀬戸内海に多数ある離島の一つ大崎上島からスーパーのない二次離島である生野島に日用品を輸送し、帰りにゴミを搬出するユースケースを大阪のスタートアップであるエイトノットと実施している。町内にある広島商船高等専門学校らも協働し、地域全体でプロジェクトを盛り上げている。同じく離島やへき地の診療所での遠隔診療を支援するスマートフォン接続型眼科診療機器の開発では、東京のスタートアップであるMITAS Medicalが提案し、似島にある診療所や呉市医師会が協力している。
その波及効果として県内に拠点の開設を検討したり、VCから事業化向けた資金調達にもつながっているという。成果はオンライン開催のデモデイなどを通じて大々的に発表し、YouTubeで見られるなど情報発信にも力を入れている。
「地域全体で実証に参加し、共創するモデルが生まれており、基礎自治体の関心も高まりつつある。デジタル企業がチャレンジできる場に選ばれることで、イノベーション・フレンドリーな県としてのブランド向上にもつながった。イノベーションの種が県内に蒔かれ、着実に芽生えているという手応えを感じている。」
ひろしまサンドボックスの中でもユニークなのがサポートメニューのRING HIROSHIMAだ。顕在的、潜在的な社会課題を解決するプロジェクトを全国から広く募集し、経費の一部を支援する取り組みだが、セコンドとして専門的知識を有するメンター的人材も併せて全国から募集し、マッチングすることで実効性を高めようとしている。20件の案件に対し25名がセコンドとして伴走している。約4カ月間にわたる成果は3月15日から4日間「DRAFT WEEK」としてオンラインで発表され、専用サイトにはコンタクトフォームも用意された。
2020年4月からプロジェクトを担当する椛島氏は、農業エンジニアの施策推進から県の重要施策の推進を担当し、現在は課長1名とグループ員4名から成るチームでチャレンジングな取り組みをしている。「今までにない形のプロジェクトなので苦しい場面もあるが、リーダーである課長が責任を取るからと自由にやらせてくれるので、思い切った仕事ができている。私も含め全員が充実感とやりがいを感じている」と話す。
思い切った施策が実施できる背景として「2009年に広島県知事に就任した湯崎(漢字は立の崎)英彦氏が常に挑戦と変革を掲げている影響もあるのではないか」と分析する。「ひろしまサンドボックスは地域のさまざまなステークホルダーが参画し、知見を持つ若いスタートアップとの共創も増え、地域が抱える課題解決策として最適解だと考えている。5年目の継続が決まったが、このまま行政中心の運営では継続が難しい。民間ベースのエコシステム構築が望ましく、そうした方向に向けた取り組みも行うとしている」
最後に、同カンファレンスのテーマである「共創の価値は?」という質問に対し椛島氏は、「実証実験は必ずしも全て上手くいくわけではないが、共創によるチャレンジは地域や地方に確実に活力を与え、元気にしてくれる。これこそが共創の価値ではないか。今後もオープンでアジャイル、チャレンジの精神を持ちながら共創によるイノベーションを推進する広島県の動きに注目してほしい」と答え、講演を締めくくった。
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