本連載の第1回、第2回では、中国の子どもたちを取り巻く教育環境や学校事情をお伝えしたが、中国では大人の学習意欲もことのほか高いことをご存じだろうか。
近年はさまざまなオンライン教育サービスが登場し、コロナ禍で勉強や習い事をする時間が確保しやすくなったこともあって、大人の学びに対する意欲は増々旺盛になっている。今回は、キャリアアップを目的とした成人教育事情とオリンピックを契機に始める人が増えている大人のスキーレッスンについて紹介する。
中国で行われる全国統一の大学入学試験は「高考(ガオカオ)」と呼ばれる。高校3年生が受験する高考は毎年6月に行われるが、大学の社会人入試にあたる「成人高考」も全国統一で毎年10月に実施される。コロナ禍が続く今、成人高考に挑戦する人が急増している。
成人高考で入学できるのは4年制の大学本科か2〜3年制の大学専科だ。日本でも知られているようなトップクラスの有名大学はもちろん、医科大学や教員になるための師範大学も門戸を開いている。なかには平日の夜間や週末に集中して授業を行うコースを設置していたり、大半の授業がオンラインで行われる通信コースを用意していたりする大学もあるため、仕事と両立しながら卒業を目指すことも可能だ。
日本の社会人入試では小論文や面接が課されることが一般的だが、成人高考は通常の大学入試と同じように複数の科目の試験を受けなければならない。
たとえば最終学歴が高卒で、大学専科を受験する場合は、国語、数学、外国語(英語・ロシア語・日本語のいずれか)の3科目、大学本科を受験する場合は、国語、数学、外国語に加えて、文系学部は歴史地理、理系学部は物理化学の4科目が課される。
大学専科卒で大学本科を受験する場合は、政治と外国語の2科目に加えて、希望する学部によって数学、教育理論、芸術概論、基礎生態学などの専門科目の試験が課される。一見大変そうな印象を受けるが、通常の大学入試と比べればずっと簡単に有名大学に入学することができるのだという。
成人高考の受験者数は2019年には400万人ほどだったが、2020年には1071万人に急増し、2021年はついに1200万人を超えた。コロナ禍で休職や失業したり、在宅勤務の日が増えたりして勉強時間が確保できるようになったことから、この機会に受験に挑む人が増えたと考えられる。
なぜ、それほどまでに大学卒業を目指すのかといえば、勉強に追われる子どもたちの姿からもわかるように、今の中国では学歴がとても重視されるからだ。転職の際に学歴が高いほど選択肢が増えるのはもちろんのこと、中国では会社での昇進に大学本科卒業以上という条件が設けられていたり、仕事に直結する分野の学位があれば給与が高くなったりすることも珍しくない。日本と同様に公務員は安定した職業として人気だが、公務員試験を受けるには大学専科卒業が必要になるし、仕事に必要な専門資格の受験に学歴条件が設けられていることも多い。
また一部の都市では、親の学歴が子どもの入学や住宅の購入、都市戸籍の取得に少なからず影響するため、自分のためというよりも子どもの将来のために成人高考を受験するケースもあると聞く。
中国では通信コースや夜間コースを選択しても、卒業後は昼間部の卒業生と全く同じように大学本科卒業、大学専科卒業の学歴を持つ者として扱われる。学歴で苦労してきた人にとって成人高考は、キャリアアップのための足掛かりというよりも、人生逆転のチャンスと言っても過言ではない。
中国では英語を学ぶこともまた、高収入を得て、国際社会で成功することに直結するスキルだという認識が強い。成人向け英語教育市場の規模は年々拡大しており、2019年は953億元に達している。このうちビジネス英語やトラベル英会話といった実用英語学習が598億元、TOEFLなどの英語試験対策が293億元に上った。
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により市場は37.6%縮小したものの、2021年以降はV回復し、さらに成長が続くと予測されている。実用英語学習の領域では、中国企業の海外市場進出が拡大していることを受け、企業向けの英語研修サービスの伸びが期待される。
英語試験対策には、日本でもよく知られているTOEFL対策のほか、英語圏への留学や就労に必要なIELTS (International English Language Testing System)、米国などの大学院入学に必要なGRE(Graduate Record Examination)、MBA留学に課せられることが多いGMAT(Graduate Management Admission Test)、「四六級」と呼ばれる中国の大学で学位授与の条件となっている英語能力検定試験(CET-4、CET-6)対策などの教育サービスが含まれる。
これら英語試験対策は学習目的が明確であるため、もっぱら短期間に集中して学ぶスタイルが一般的だ。以前は大人数クラスでの開講が一般的だったが、コロナ禍の今はオンライン授業が充実している。授業料は海外留学用の試験対策であれば数千元から数万元、四六級対策なら500元程度からあり、長年に渡って安定した市場規模を維持している。
英語試験対策を得意とする教育機関としては、中国最大の英語教育企業の一つである新東方(New Oriental Education)、環球教育、留学試験対策に特化した考満分、外国語学習の総合オンラインサービスを提供する滬江網校などが知られている。
新東方は、1993年に留学希望者を対象にした英語試験対策予備校としてスタートし、近年は子ども向けの英語教育で大成功を収めた。中国全土に教室を展開し、一時は英語講師だけで10万人近くを抱えるほどだったが、2021年7月に出された小中学生の宿題と塾の制限政策「双減政策」に従い、やむなく幼児向けと小中学生向けの英語教育事業から撤退した。
英語圏の中国人留学生の半数は新東方の卒業生だといい、英語試験対策予備校としての評価と実績は十分であることから、現在は規制にかからない大学生や社会人向けの英語試験対策事業に注力して業績の立て直しを図っているところだ。
他方、実用英語学習の分野には、企業が社員教育の1つとして行う英語研修のほか、仕事で英語を使うためもっと流ちょうに話せるようになりたい、海外旅行や語学留学に向けて準備したい、子どもと一緒に英語を学びたいといった目的の英会話教室が含まれる。
大人数クラス、レベル別の少人数クラス、マンツーマンでのレッスンなど授業形態はさまざまで、費用は数万元からと比較的高額だ。オンライン英会話サービスでは、フィリピン人講師によるリーズナブルなサービスが人気を博したが、こちらも「双減政策」で海外在住の外国人講師による授業が禁止されたため、市場は縮小している。
実用英語学習分野の主な教育機関には、米ナスダック市場に上場する美聯英語(Meten)、網易(NetEase)が運営する網易雲課堂、スウェーデン発祥のグローバル教育機関である英孚教育(EF)などがある。
勉学に励む一方で、スポーツ系の習い事も都市部を中心に広まっている。個人トレーナー付きのジム、ストレス発散や運動不足解消をうたったボクササイズやダンス、女性に人気のヨガなどさまざまあるが、雪の降らない上海でこの数年じわじわと話題になっているのがスキーやスノーボードの室内レッスンだ。
中国政府は北京冬季オリンピックの開催が決まって以降、ウインタースポーツ人口3億人を目指して、さまざまな施策を打ってきた。北方地域を中心にスキー場やスケート場が作られ、ウインタースポーツを楽しむレジャー客は、2020〜21シーズンはのべ2.3億人に上った。今シーズンは北京冬季オリンピックの影響でさらに増えることが期待され、のべ3.5億人を超えるとの予測もある。
オリンピックを契機にしたウインタースポーツブームを見越して2018年に上海で創業したのが、経済的な余裕があり、余暇への関心が高い若い世代をターゲットにした室内スキーレッスン施設「51滑雪(SNOW51)」だ。屋内レッスンといっても人工雪の屋内ゲレンデがあるわけではなく、斜めに設置された大きなルームランナーのベルトの上をスキーを履いて滑るもので、インストラクターが1対1で教えてくれる。
SNOW51は高級ショッピングモールの中にあり、多くの店舗にはROSSIGNOL やBurtonといった海外のウインタースポーツブランドのショップが併設されている。レッスン料金は2カ月有効のシルバー会員が4,888元(約8.9万円)、1年間有効のブラックゴールド会員になると2万7888元(約50万円)とかなり高額だが、会員数は2021年末時点で1万人を超えており、このうち約半数が親子でレッスンに通っている。好奇心旺盛で新しい物が好きな中国の富裕層にとって、スキーやスノーボードは今や最高にカッコよくてオシャレな趣味なのだという。
SNOW51は上海市内に18店舗のほか、北京に3店舗、深センに4店舗、寧波に4店舗を展開しているが、2022年中に全国に50店舗、3年以内に200〜300店舗まで拡大する計画だ。コロナ終息後には、SNOW51が主催する海外スキーツアーを再開する予定で、雪質が良いと言われる北海道や長野のスキー場にも関心があるという。
大人になってからも自分の興味関心のあることや生活の質の向上などを目的に自発的に学び続けることを生涯学習というが、中国では改革開放の時代に大人への識字教育や技術指導、失業者向けの職業訓練などをまとめて生涯学習と呼んだため、今でも「生涯学習」といえば学歴に反映される成人教育や職業技能教育、キャリアや給料アップに直結する勉学という意味合いが強い。
しかし経済的に豊かになり、都市部では富裕層に加えて、余暇を楽しむ余裕が出てきた中所得層が増えている。人民網が伝えたところによれば、2021年時点で中国には4億人を超える中所得層がおり、2035年までに8億人まで膨らむ見通しだという。
これから経済と社会が成熟するにつれて、仕事と直結するものに限らず、自分の興味と楽しみのために何かを学ぶという日本的な意味での生涯学習が中国でも理解され、求められるようになるだろう。そこには数億人もの何かを学びたい大人がいる。つい10年ほど前まで見かけることのなかったスポーツジムやヨガスタジオが、今ではすっかり身近な存在になっているように、新たな学びの市場には巨大な成長のポテンシャルがありそうだ。
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