DX推進のキーテクノロジーであるAI。しかし、AIを使いこなせる人材が不足しているために、AIをうまくビジネスに取り入れられない企業が多くあります。世界有数のデジタル企業がAIを活用してビジネスを成長させているなかで、これからの競争を勝ち抜いていくためには、実践の場で活躍できるAI人材の採用または育成が急務となっています。
ZOZOでさまざまなAIプロジェクトの推進を担い、SaaS型人材育成サービスを手がけるGrowth X社(コラーニングから商号変更)でAI戦略アドバイザーを務める野口竜司が、連載の第1回ではこれからの企業におけるAIの重要性やAI人材が不足している現状について、第2回では自社でAI人材を育成するときに使えるフレームワーク「心技体+知」についてお伝えしてきました。
最終回となる第3回は、「心技体+知」の「技」、特にAI企画の立案について深掘りし、そのメソッドをお伝えします。
AIについて学ぶ研修で、AIのプログラミングでよく使われるPython(パイソン)という言語を学ぶことがあります。もちろんAIをつくる側のデータサイエンティストやデータエンジニアにとっては現役で使われているもので重要ですが、企業の中でAIを使いこなす側の人、つまりAIをプログラミングする必要がない人にPythonを学ばせるのは、あまりおすすめできません。Pythonを学ぶことによって、AIに苦手意識を持ってしまうことがあるからです。
最近では、コードを書かずにAIを構築できるノーコードツールと呼ばれるものも増えています。もしAIを導入する場合、Pythonを書かずにAIをつくることができるようになってきているので、無理にPythonを学んでAIにアレルギーを起こす必要はないのです。
その代わり、AIを使いこなす側の人材に必要なのは、たとえば企業や組織の課題を解決しようとしたときに、どのようにAIを使って価値をつくっていくかというアイデアを練ることです。私がAI戦略アドバイザーを務めるGrowth Xでは、その学習方法をチャット型の学習サービス「グロースX AI編(with コラーニングアプリ)」にまとめています。ここでは、そのAI企画の考案メソッドを具体的に解説しましょう。
AI企画は、漠然と「AIで何ができるのか」を考えるのではなく、5W1Hに沿って組み立てていきます。5W1Hとは「WHO:誰のためのAIか?」「WHY:なぜAIが必要か?」「WHICH:どのタイプのAIか?」「WHAT:どんなAIか?」「HOW:AIと人でどう分業するか?」「WHEN:いつまでにどうつくるか?」です。それぞれ見ていきましょう。
(1)WHO:誰のためのAIか?
まずは、そもそも誰をターゲットにしたAIなのかを明確にします。たとえば、それは顧客なのか、取引先なのか、従業員なのか。それが顧客に向けたものであるとしたら、さらに新規顧客なのか、既存顧客なのかといったように、具体的にターゲットを定義していきます。ターゲット像をできるだけ明確にすることで、企画の精度も上がっていきます。
(2)WHY:なぜAIが必要か?
AIがトレンドになっているために、とにかくAIを使って何かをしようと、手段ばかりが先行して、目的が後回しになることがあります。しかし、ビジネスへのインパクトをしっかり出すためには、どんな不満や不便、コストといったマイナスを減らすためのAIが必要なのか、あるいはどんな満足や便利、売上といったプラスを増やすためにAIが必要なのかなど、本質的な理由を明確にすることが大切です。
(3)WHICH:どのタイプのAIか?
第2回で、AI事例を「識別・予測・会話・実行」の4タイプに分類しながら学習するという話をしましたが、WHICHでは、どのタイプのAIを適用すべきかを精査します。AIのタイプ分類はこの4つのほかに、人間の業務を代行する「代行型」、人間ができないことを可能にする「拡張型」といった、人間とAIの関わり方の違いによる分類もあります。
「識別・予測・会話・実行」の4タイプと、「代行型・拡張型」の2タイプは掛け合わせて考えることができ、たとえば顧客からの問い合わせに対応するチャットボットは「会話系・人間代行型」、医療画像の中から医師が気づかないような病変を発見するのは「識別系・人間拡張型」と分類できます。このように、「4×2の8通り」で、今回はどのタイプのAIを用いるべきかを考えるのです。
(4)WHAT:どんなAIか?
WHO・WHY・WHICHが固まってくると、次に、用いるべきAIのイメージが精度高く定義できるようになります。このときに、たとえば「議事録名人さん」といったようにAIに名前を付けて擬人化し、自分の同僚のようなイメージを持つと、どんなAIかが考えやすくなります。
(5)HOW:AIと人でどう分業するか?
次に、AIと人の分業の割合をどの程度にするかを定義します。AIは人間が何もしなくてもワークするのではと思われがちですが、必ずしもそうではなく、場合によって人間と分業することもあれば、その比率もさまざまです。
人間の仕事をAIが少し補助する形の分業パターンは「T型」と呼ばれ、逆にAIの仕事を人間が少し補助するパターンは「逆T型」と呼ばれます。また、分業ではなくAIが全自動で仕事をするパターンは「I型」、人間の仕事をAIが拡張するパターンは「O型」と呼ばれます。こういった仕事の割合を決めるのが、HOWの部分です。
(6)WHEN:いつまでにどうつくるか?
最後に、AI導入のロードマップやスケジュールを決めます。このとき、AIを自社でつくるのか、それとも構築済みのAIサービスを利用するのかによって、導入までのスケジュールは大きく変わります。
新しくAIを構築する場合は細かな要件まで希望通りにすることができますが、その分、どうしても時間がかかります。一方、すでに世の中にサービスとして提供されているAIで自社の目的に合いそうなものがあれば、それを使うことでスピーディーに導入できます。
WHENでは、自社に最適なのがどちらなのかを想定しながら、ロードマップを組むと、非常に実現性の高いAI企画にすることができます。
先ほどAI企画の5W1Hの中で「人間とAIの分業」について触れましたが、営業やバックオフィスなどの一般的な職業に留まらず、士業と言われるような専門職や、研究開発など理工系の職業の世界においても、これからどんどんAIが取り入れられるようになっていきます。つまり、どんな業種、どんな職種の人にとっても、AIは基礎教養として身に付けるべきものになっていくのです。
大学でも、これまでは理工系の学部にのみAI教育を行ってきましたが、これからは文系学部に対してもAIの基礎教養を教え、AIのリテラシーを高めようという方針に切り替わってきています。
実際に大学でAI教育が本格的に始まるのは、おおよそ今の高校生の世代からなので、数年後にはAIの基礎教養を身に付けた社会人が世に出てきます。また、プログラミングやAIを含む情報という教科は、2025年から大学入学共通テストに加わることが決まっています。
その一方で、すでに社会人として働いている人たちは、AIに関連した教育を受ける機会がほとんどありません。しかし、いずれは当たり前のようにAIの知識を持った若い世代がどんどん社会に出てきて、AI教育格差に追いやられることが予想されます。そのため、今の社会人は、下からどんどん押し上げられていくという危機感を持ち、能動的にAIを学習していく姿勢を持つことが求められるのです。
ここまで、3回にわたり連載させていただきました。企業は、DX推進のキーマンとなるAI人材を、内部人材の再教育により育成・確保していかなければいけません。また、各個人も今後、量産されるはずのAIネイティブな新世代の驚異にさらされる前に、自らAIを学ぶマインドに切り替えなければいけません。
そして、AIを学ぶ上では、Pythonなどのコード技術に手を出すのではなく、AI企画力をはじめとした本当に必要な「AI活用のための実践力」を正しいルートで身につけていただきたいと思っています。
野口竜司
株式会社Growth X AI戦略アドバイザー
日本ディープラーニング協会 人材育成委員メンバー
株式会社ZOZOテクノロジーズ VP of AI driven business
ZホールディングスのZOZOでは様々なAIプロジェクトを推進するかたわら、大企業やスタートアップのAI顧問・アドバイザーやAI人材育成も実施。「ビジネスパーソンの総AI人材化」を目指し活動中。著書に「文系AI人材になる」(東洋経済新報社)「管理職はいらない AI時代のシン・キャリア」(SB新書)など。 堀潤さん司会「モーニングFLAG」の月一番組レギュラーシン・ニホン公式アンバサダー、アドテック東京アドバイザリーボードとしても活動
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