安全対策と一時的な生産性の低下、効果は乗り越えた先に--農林水産省主催のシンポジウム - (page 2)

現場作業員の意識付け、行政とメーカーによる対策

 大吉氏と吉田氏の解説を受けて、農林水産省 事務次官の末松広行氏がファシリテーターとなり、作業機械の安全対策について研究している労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 所長の梅崎重夫氏と、農業機械メーカーであるクボタ 代表取締役会長の木股昌俊氏らの計5名によるパネルディスカッションが行われた。

農林水産省 事務次官の末松広行氏
農林水産省 事務次官の末松広行氏

 末松氏は、大吉農園や吾妻森林組合のように安全対策を着実に遂行し、成果を出している組織がある一方で、現状はまだ多くの事故が農業や林業で発生しているのが実情であり、今後新たに効果的な対策を講じるためには、さらに綿密な情報収集と分析が必要だとの認識を示した。

 そのためにどのように調査を進めるべきか。問われた梅崎氏は、「効果的な対策を講じるためには事故の発生状況や根本原因を詳しく調べることが重要」としながらも、リソースの問題からすべての事故について調査するのは難しく、また、あらゆる状況に対応しうる事故対策を講じるのも現実的ではないと述べた。

 そうした状況から、労働者健康安全機構では「機械による労働災害のなかでも、圧倒的多数を占める典型的な災害事例を明確化する取り組みを行っている」と同氏。そこから最も効果的な対策を立案して好事例を水平展開していくことが鍵になると語り、末松氏も「全国の自治体や関係者にも協力を呼びかけながら、新しい有効な対策があれば(政策として)進めていきたい」と応じた。

労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 所長 梅崎重夫氏
労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 所長 梅崎重夫氏

クボタ、安全フレームの装着を促進する取り組み--現場も行動促進を

 また、クボタの木股氏は農業機械メーカーとしての立場から、トラクターの横転による死傷事故が多発していることを最重要課題として捉えていると発言。事故やけがの防止に向けては、農作業安全の呼びかけ活動と併せて古いトラクターへの安全フレーム等を装着する取り組みを(2020年の)春から始めることを明かした。今後開発する新しいトラクターではより安全で安価なキャビンを装備し、設計開発段階でのリスクアセスメントの充実も図りたいとした。

 これら行政やメーカーの動きについて大吉氏は、「そのような分析と効果的な対策を提示していただければ、現場としては非常にありがたい」とコメントした。しかしながら、従来の作業方法に慣れた現場の人たちにとっては、新しい取り組みをすんなりとは受け入れにくいもの。対策が現場で正しく実行されるには「事業者の意識向上や従事者自身の気付き、自主的な取り組みが欠かせない」ため、現場の人が行動を促す仕掛けを同時に講じてほしいとも要望した。

クボタ 代表取締役会長の木股昌俊氏
クボタ 代表取締役会長の木股昌俊氏

クロスコンプライアンスでよりよい結果へ

 たとえば大吉農園の例では、「GAPの取得がその契機になった」と同氏。「従業員による農場内の危険個所の洗い出しと共有を行い、従業員自らが気づいて行動に移せるような進め方を取り入れている」とのことで、「すべての農業者が取り組むべき基本的な項目をわかりやすく示した『作業安全規範』を新たに作り、それを日々意識することが有効では」と提案。さらに「各種補助事業などにおいて安全対策の取り組みを行っていることを要件とする、いわゆるクロスコンプライアンスを進めていってはどうか」とも語った。

 このクロスコンプライアンスについて末松氏は、行政として、企業における安全研修の実施や過去の災害抑制実績を要件にするなど、安全にしっかり取り組んでいるところが支援を受けることができ、より良い結果を生むよう、積極的に推進していきたいとした。

 また梅崎氏は、現場での対策だけではやはり限界があることから、「経営者の方、上級管理者の方、あるいは機械の設計・製造者を含めた総合的な安全対策が、今後非常に重要になってくる」とコメント。木股氏も農機メーカーの責務として、「全国に800ある(クボタの)販売店のセールスマン一人一人が、お客様を訪問したときに状況を把握して、正しく農機を使うよう呼びかける」といったような活動の重要性を強調した。

安全対策と生産性の低下、本当の効果はそれを乗り越えた先に

 ただ、企業や現場が安全対策を実施していくには、コストの上昇や作業効率の低下なども考えられ、安定した経営に悪影響をおよぼす恐れもある。この点について吉田氏は、吾妻森林組合では「安全対策、作業方法、作業効率が三位一体」であると位置付けて安全対策を徹底してきた結果、経営も安定化し、同組合所属の作業員の平均年収は500万円に達していると報告。一般に年収が低いと言われている林業のなかで、比較的高い収入が得られているとした。

 梅崎氏は「安全と経営は、いわば車の両輪。安全対策が経営の改善につながって、経営の改善が安全につながる。そういう形で両面から改善していくことが好ましい」と指摘。「安全対策をすると短期的には生産性が落ちるのは事実。最初はどうしてもそういう問題が起こるが、みんなそこで諦めてしまう。そこで諦めず、どうしてそういう問題が起きるのか、どうすれば改善できるのかを立ち止まって考え、対策すると、ある時点から急に生産性が上がる。そこまでやれば安全性と生産性を両立できるようになる」とした。

 一方で安全につながる新たな技術として、スマート農機を挙げたのが木股氏。クボタでは数百億円規模の研究開発投資や、他の企業・研究機関とも連携したオープンイノベーションの取り組みを通じて、「安全確保に必要なセンサーや緊急停止装置を備えたロボットトラクター、ロボットコンバイン、ロボット田植え機などを開発して市場投入している」と説明した。

 しかしながら、より安全性を高めていくためには機械のスマート化だけでは不十分だ。「農機が安全に走行できるよう、ほ場への進入路などの環境整備を同時に進めていただくことで、機械作業における安全性がより高まると考えている」と行政側に注文した。

 梅崎氏も、日本の国際競争力を高めていく意味でもスマート農業は重要だと理解を示しつつ、農林水産業としては他にもすべきことがたくさんあるとコメント。個人的な思いと断りながら、「昔からあるような伝統的な安全技術、たとえばガードをきっちりつけるなど、現場で今まで大事にしてきたものを当たり前のように適用していくことも必要」と述べ、テクノロジーと伝統的な対策という両方からのアプローチの大切さを説いた。

ヒヤリ・ハットの共有でけがの削減へ

 現場での基本的な対策の重要性は大吉氏も認識している。自身の農園における経験から「ヒヤリ・ハットの共有が一番大事。死亡事故につながると新聞に載るが、それ以外の小さな事故やケガはたくさん発生している。それを発信、共有できれば、自分がけがをする前に危険を知ることができる手段になる」と主張。そうした情報共有の方法の面でも「GAPの取り組みにおける農作業安全のルールは非常に良くできている」とアピールし、「GAPを取得するしないにかかわらず、みなさんがヒヤリ・ハット事例を共有できるようになれば、けがをする農作業者が減ると思う」として、行政からの情報発信にも期待を寄せた。

 最後に末松氏は、「事故があったときの状況をしっかり把握して対策を講じ、クロスコンプライアンスなどの政策も検討して実行していくこと」が行政の役割であることを確認。「安全だからこそ経営も良くなる」という流れを業界のなかでつくっていくことに意欲を見せ、「農林水産業や食品産業の現場の方々が健康で元気に働くことが最も大切で、全国の関係者のみなさまのご協力を得て、若者が未来を託せる産業にしていきたい」と締めくくった。

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