最近、耳にする機会が増えた「カスタマーサクセス」という言葉。これは単なるブームではなく、世の中が変化する中で生まれた、新しいコンセプト。 なぜなら、デジタル時代にはあらゆる業種のサービスが「売って終わり」ではなく、「いかに使い続けてもらうか」を重視するように変わっていくからです。
けれども、実際に事業に取り入れる難しさを感じている方も多いのではないでしょうか。そこで今回は、カスタマーサクセスを推進する識者の皆さまにお話を伺い、そのヒントをシリーズで探ります。
第2回の本コラムでは、電通デジタル 執行役員 デジタルトランスフォーメーション部門長 八木克全が、「カスタマーサクセスが求めるITの変化」について、株式会社アンダーワークス代表取締役社長 田島学氏にお聞きします。
八木克全(以下、八木) ITの浸透により人びとの生活をより良い方向に変えていく。その大きな変革が、デジタルトランスフォーメーションです。 やはり海外のほうが先行していますか?
田島学(以下、田島) そうですね。例えば欧米のニュースサイトで、最近「CDO」という3文字をよく目にします。
八木 その言葉の意味から聞かせてください。
田島 CDOは、Chief Digital Officerの略で、最高デジタル責任者として組織のデジタルトランスフォーメーションを担う存在ですね。 データ活用の知識を持ち合わせていることは当然に、加えてリーダーとしての素養や顧客視点での新たな事業の創造力が要求されます。欧米では、CEO(最高経営責任者)の後継者候補が担当するほど、重要な役職とみなされています。
八木 データを活用し、自らが所属する企業や業界の常識にとらわれない自由な発想で、新たな事業を創造できる存在は、デジタルトランスフォーメーションの推進に欠かせません。たしかに重要なポジションです。
田島 はい。欧米でもやはり伝統的な企業ほど、研究開発を中心にした“イノベーション・セントリック(研究開発中心)”でした。 しかし、ほとんどの人がスマートフォンを使い、情報収集から購買、クチコミ、シェアなどあらゆる行為をデジタルで行っている今、それだけでは立ち行きません。CDOの設置は、今後より顧客志向に進むという企業の意思表示だと私は捉えています。
八木 やはり欧米では、大きな変化が起こってきていますね。
田島 欧米のイベントによく足を運ぶのですが、2019年3月にラスベガスで行われたOracle社のイベント『Modern Customer Experience2019』や、同年4月にサンフランシスコで行われた『MARTECH』などで、まさにその変化を感じました。 これまで、テクノロジー企業の講演は、「マーケティングの技術」の話が中心だったのですが、今回は「顧客を中心にしたマーケティングのありかた」が多く語られていて、位置づけが変わってきていると感じました。
八木 具体的にはどのようなことが語られていましたか?
田島 先日亡くなられた、Oracle社CEOのMark Hurd 氏の講演での言葉が、特に印象に残っています。 『たった1本のずれた電話が、企業への信頼を損なうこともある。顧客から見れば、企業側が定義する「フェーズ」や画策する「施策」は関係ない。全てひと繋ぎの”顧客体験”なのである』。
八木 本当に素晴らしい功績を残された方でした。 一見当たり前のようで、従来の業務とは別のあり方を提唱してらっしゃるように聞こえます。
田島 そうなんです。私はそれを「機能や事業部ごとに動く従前の体制ではなく、組織全体として顧客とどう向き合うかを、今一度考えるべき」という発信と理解しました。
八木 やはり海外、特にアメリカはカスタマーサクセスが本格的に普及している影響が大きいですね。 第1回のコラムでも金さんが話されていましたが、すべてのコンタクトポイントで一貫したサービスを届け、ユーザーを成功に導くカスタマーサクセスの狙いを実現しようと思うと当然、組織別ではなく、全社が一枚岩になって日々顧客と対峙する必要があります。 そして業務が変わるということは、そのためのITも変わらざるを得ない。
田島 おっしゃる通りです。 また、『MARTECH』というイベントは、特定のベンダーの主催ではなく、様々なマーケティングベンダーや広告主が集まるマーケティングテクノロジーのイベントですが、語られることはテクノロジーだけではなく、“マネジメント”が大きなテーマとなっています。 顧客体験の変革戦略を、どのような体制やオペレーションで実行しなくてはならないのか。そこが前提にあった上で、さまざまなマーケティングテクノロジーをどう組み合わせていくのか。
八木 断片的になりがちなテクノロジーを組み合わせ、有効に機能するよう編成するのが、「マーケティングテクノロジースタック」ですね。 やはりカスタマーサクセスに密接に関わってくるのでしょうか?
田島 はい。ユーザーから見たら、店舗もウェブサイトも同じ企業が展開しているもの。もちろん期待するサービスやメッセージは同じですよね。 ところが、現在の企業の活動では、部署別に別々のシステムで対応していることが多く、結果、異なるサービスやメッセージを、ユーザーは各コンタクトポイントで受けている可能性があります。 ただ、組織変革には多くの労力と時間かかります。 カスタマーサクセスは、その方法論や実践テクニックだけではなく、「すべての活動が顧客の成功のためである」というビジョンによって、そうした組織やテクノロジーの壁を超えるための御旗になっていると思います。
八木 なるほど。テクノロジースタックの実現に向けて、カスタマーサクセスはビジョンとしても拠り所にもなるということですね。
田島 はい。各組織・各システムが連携し、同一のユーザー情報をもとに、アプローチしていく。 そのためには、テクノロジースタックが重要になりますが、サイロ化した業務やシステムの統合の前に、まず「あらゆる顧客接点に一貫性をもたせ、顧客の成功を実現する」というビジョンがあることが、とても大事に思います。
八木 テクノロジーやデータ活用の面で、日本企業ではどの程度、対応ができているのでしょう?
田島 まだ、道半ばな企業が多い印象です。 日本企業のデジタルに対する取り組みが、欧米企業と比較して遅れていると感じている割合は、8割を超えるという調査もあります。 みなさん、もちろん重要性は認識されている。ただ、いくつかの課題があり、デジタルトランスフォーメーション推進がしづらい状況にあるのです。
八木 課題とは何でしょう?
田島 私は主に2つあると考えています。 1つ目は、「データ分断」の課題。 大企業では、事業組織別に複雑化・ブラックボックス化したシステムが複数運用されており、データが互換性を持たず全社的に活用できない状況であることが多いんです。
八木 その結果、顧客体験に、ばらつきが発生してしまう。
田島 はい。もっと言うと、そこにはデータの蓄積が目的化し、「活用を目的にした割り切り」に踏み切れないという背景があると思います。良く言えば、非常に真面目にデータを美しく整った形で、永続的に保存しようと皆が考えている。一方で、それがゆえに、顧客体験の向上のために多少部分的でもデータをつないで行こう、という考えが否定されがちです。 全社データ統合プロジェクトが始まるものの、延々と議論が行われ、なかなかデータ活用のフェーズまで至らない、という例が多いと感じます。
八木 たしかに、大企業で全社のシステムやデータを一元化しようとすると、時間がかかりそうです。
田島 そして2つ目は、「レガシーシステム」の課題。 日本の大企業には独自開発しているシステムが多く、現在主流のクラウドでは比較的容易にできるシステム間連携を行うのにも、大変な労力が必要になります。 データ統合したいが、システム上すぐには難しいといった悩みに直面しています。
八木 なかなか一筋縄にはいかない課題に、日本企業はどう対応すべきとお考えですか。
田島 私は1つのアプローチとして、「マーケティングテクノロジーロードマップ」の策定をお勧めしています。 今後3?5年の時間軸において、どのタイミングでどういったマーケティングテクノロジーを導入して、何を実現するのか。それらを整理して、ステップ分けする基本計画です。 スピードを求められる時代ですが、だからこそ、焦らず綿密に計画を立てる必要があります。
八木 どのようにロードマップ策定は進めるのでしょう?
田島 では、5ステップをご紹介しますね。 このような進め方が、一気に変わりにくい日本企業には合っていると感じています。
八木 なるほど。一方でロードマップ策定の間に、色々と状況が変わることもありそうですね。
田島 それは重要な観点です。 私がロードマップ作成の取組みで最も重要と思っているのは、「ロードマップの変更を恐れないこと」なんです。カスタマージャーニーも、テクノロジーのトレンドも日進月歩で変化していくので、自社のITも常に状況に合わせてアップデートする必要があります。 今は、クラウドサービスが多数存在していることもあり、実際にトライアルしながら、ロードマップの見直しや策定を行うことができる時代。これまでのように、1度構築したら終わりではなく、試行を繰り返しながら、自社にあったロードマップを策定していく。この姿勢が大事になります。
八木 他部門との連携も常に欠かせませんね。
田島 そうですね。実際にユーザーと対峙する部門と協同して、必要なITを作り上げていくことが重要になります。
八木 テクノロジー側から見ても、カスタマーサクセスの実践は企業全体を巻き込んだ取り組みになるということですね。よく解りました。
*この記事は電通デジタルのレポートからの転載です。
1998年 電通入社、2016年より電通デジタル。
デジタル時代に発生する課題に、事業/マーケティング/組織/業務&ITを変革する事で、統合的に解決するソリューションを提供。 モットーは、「デジタルでイノベーションが起きるとき、必ずアナログ(既存業務・組織体制)のイノベーションがセットになって成功する」。
京都大学大学院建築学修士。
アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2006年アンダーワークス株式会社を創業。
大手企業へのデジタルマーケティング戦略、マーケティングプラットフォーム構築支援、マーケティングオートメーション利活用、グローバルサイトのサイトマネジメント、Webサイトリニューアルプロジェクトなどに従事。
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