オリンピック応援禁止令?--ツイート禁止通知と「アンブッシュ」規制法の足音 - (page 2)

福井健策(弁護士・日本大学芸術学部 客員教授)2016年08月09日 12時00分

 まあ、ここでオリンピック運営側の理由も聞いてみよう。

 スポンサーには、[五輪マークや大会名称など]の知的財産の使用権の見返りとして、多額の協賛金を拠出いただいており、この資金が、大会の安定的な運営及び日本代表選手団の選手強化における大きな財源となっています。マーク等の無断使用、不正使用ないし流用は・・・スポンサーからの協賛金等の減収を招き、ひいては大会の運営や選手強化等にも重大な支障をきたす可能性があります。(東京五輪組織委員会HPより)

 なるほど、財源の確保。わかる。選手育成の台所事情は察してあまりある。だが、スポンサー?

 それを言うなら、総額2兆とも3兆とも言われる開催費用のかなりの部分は都が負担する。膨らむ負担額の全容はさっぱり見えてこないが、もはや1兆円以上の予測も珍しくない。その財源は、都の住民税、事業税その他の税金だ。一方公式スポンサーはどうか。前述のTOPスポンサー料全体で、ロンドンまでの4年で1000億円前後だった。東京独自のゴールド・スポンサーが2000億円を超えた程度。放映権収入のIOCからの分配は、1000億円あるかないかだろう。

 つまりだ。我々こそが最大のスポンサーなのだ。その最大のスポンサーに、オリンピックを楽しみたかったら、入場券を買うかボランティアをせよ。でも応援はスポンサー企業の邪魔にならない範囲で、か。そもそも未だに、なぜ競技場の新築が必要で1500億円もかかるのか、ほとんどの都民も事業者もよく理解できないのだ。一体誰の資金でやっていて、ただ乗りはどっちだとさえ言いたくなる。米国で起きたツイート禁止批判は、そうした不満が噴出した形だろう。

 では、こうした「便乗商法」、法的にはどうなのか。

 まず商標権だ。確かにIOCやJOCは「オリンピック」や「がんばれニッポン!という言葉を商標登録している。だから、誰かがオリンピック饅頭とか、「がんばれニッポン!」という期間限定ショップなんて始めると、商標権侵害になりそうだ。また、不正競争防止法という法律もあり、エンブレムやオリンピックという言葉を無断で使うと不正競争にあたることもある。その意味で、度を超えた便乗商法は確かに危うい。

 だが、いずれも、登録商標やエンブレムを「商標として使う」行為が対象である。つまり、商品名や店名としての使用が典型例だ。「記述的使用」と言って、単にオリンピックという競技を指し示すために、いわば主語ではなく目的語としてこれらの言葉を使うのは、基本的に違法ではない。この点で、JOCが挙げた懸念例は、明らかに広すぎる。こうした言葉をよほど特殊な状況で使うと違法になり得るという程度であって、通常のオリンピック応援レベルで違法になるとは考えにくい。

 そもそも世の中の事象は多かれ少なかれ互いに連関し合って活動しているので、相互の言及を全て止めさせようとしたら、経済や社会じたいが成り立たないだろう。五輪をめぐる過剰な言葉狩りは、法的根拠がないのに知的財産権を装う「疑似著作権」の最たるものに思える((疑似著作権についてはこちら参照)。

 ただし現行法では、である。実はロンドンでもリオでも、IOCの要請で、時限立法でアンブッシュ・マーケティング規制法を作っている。そこでは、通常の知的財産権よりも強硬なオリンピックへの言及の規制が行われ得る。日本でも、間違いなくこの種の時限立法は政治日程に上ってくるだろう。だが、いくら特別立法といっても、その範囲はある程度限定されたものになるはずだし、実際に過剰な言葉狩りは避けるべきだ。それは肝心のイベントの盛り上がりを削ぎ、オリンピックの経済波及効果を押し下げかねない。

 五輪は、平和とスポーツと文化の祝祭なのだ。弾丸ではなく、スポーツで競い、文化で対話しようという世界への呼びかけである。バズらせてなんぼ、巻き込んでなんぼだ。そもそも、独占的な公式スポンサーの導入はロス五輪からであり、実は30年程度の歴史しかない。その仕組みは確かに十分機能して来たが、情報囲い込みのビジネスモデル自体がかなり20世紀型なのもまた、事実だ(実際、公式スポンサーの多くは20世紀型企業である)。現在、より世界を動かしているビジネス原理は無数の人々の参加によるネットワークであり、体験のシェアだろう。

 スタッフすら陽気に踊る開会式で幕を開けたリオ五輪。もう2週間ほどで、新しい知事が閉会式で五輪旗を受け取り、そして「東京五輪の4年間」がはじまる。さあ、風営法改正で誰でも踊れるようになった国・日本よ。果たして自由に、のびのびと、世界を踊らせることができるか。

執筆:福井健策(弁護士・日本大学芸術学部 客員教授)

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