電子書籍ビジネスの真相

図書館はベストセラーをどれだけ買い込んでいるのか?--「村上海賊の娘」のデータを調べたら頭が混乱した話 - (page 2)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年12月09日 08時30分

『村上海賊の娘(上)』所蔵数トップはどこか

 さて、さっそくデータを見てみましょう。まずは都道府県別に、公共図書館(都道府県立図書館と市町村立図書館※移動式を含む)の所蔵数を見てみます。

都道府県別公共図書館「村上海賊の娘(上)」所蔵数ランキング
都道府県別公共図書館「村上海賊の娘(上)」所蔵数ランキング

 これを見ると、「東京→大阪→埼玉」と人口の多い都道府県が上位に並んでおり、特に感想は浮かんできませんね。ちなみに、所蔵数合計は、6965冊。1都道府県あたりの平均所蔵数は、148冊となっています。

 しかし、都道府県内の図書館の数が多ければ、1館につき1点だけ購入したとしても、都道府県単位の所蔵数も増えるわけで、このやり方だと、図書館活動に熱心な自治体ほど、不利になってしまいます。

 そこで各自治体の所蔵数を、自治体内の図書館の数(移動図書館含む)で割り、「1館あたり」の数を出してみましょう。

「村上海賊の娘(上)」都道府県別平均所蔵数ランキング
「村上海賊の娘(上)」都道府県別平均所蔵数ランキング

 こちらを見ますと、東京、奈良、大阪……という順番です。最高は2.44、平均値は1.27。

 それほど「多い」という感じはしませんね。

 図書館単位で見てみるとどうなるでしょうか。単館単位の所蔵数ランキングを出してみると、以下のようになります。

「村上海賊の娘(上)」単館所蔵ランキング
「村上海賊の娘(上)」単館所蔵ランキング

 1つの図書館で38点。確かに、これは多い! 岡山市と横浜市は、いったい何を考えているのでしょうか……。

 と、考えたくもなりますが、ちょっと冷静になってみると、ベストセラーを分館でなく「中央図書館」に集めて所蔵する方針があった場合、その地域全体の所蔵数はふつうでも、「中央図書館」の所蔵数が多くなってしまう可能性がありますね。

 トップの岡山市の市立公共図書館は、9館。所蔵数は中央図書館の38点を筆頭に、幸町図書館が11点、岡山市立西大寺緑花公園緑の図書室が4点……などと続き、合計60点。平均所蔵数は6.7点となります。

 岡山市の人口は70万人。同じような規模の自治体としては、静岡市や熊本市があります。そこで両市のデータを調べてみますと、静岡市の市立図書館は13館。所蔵数トップは中央図書館の3点。合計は18点で、平均所蔵数は1.3点となります。

 他方、熊本市の市立図書館は移動図書館を含め(1館と数え)、6館。所蔵数トップは、熊本市立植木図書館の3点。合計は8点で、平均は1.3点となります。

 この3つの市を比較しただけで断定はできませんが、その範囲では、やはり岡山市の所蔵は多いのではないか、という印象を受けるのは確かです。

数十冊も買っているのは一部の図書館

 とはいえ、全体を見てみると、岡山市中央図書館のような例は、それほど多くないことがわかります。

 下図は全図書館の単館の所蔵数を点数別に並べてみたものですが、ほとんどの図書館は0~2冊くらいです。ちなみに、平均所蔵数は1.38ですが、最頻値は1、中央値も1となっています。

「村上海賊の娘(上)」所蔵数分布
「村上海賊の娘(上)」所蔵数分布

 「図書館事業に熱心な自治体は、その分、複本も多くなる」ということもあるかもしれません。予算額が大きい自治体では、全体の購入費も大きいので、購入冊数も増えているだけかもしれません。そこで、今度は都道府県の資料費(※)全体に占める本書の購入分金額の割合を出してみました。

※日本図書館協会は市区町村立では「図書費」と「資料費」を、都道府県立では「資料費」を集計しています。今回は市町村立の「資料費」と都道府県立の「資料費」を単純に合計しましたが、「資料費」には図書購入費以外も含まれていますので厳密ではありません。

資料費に占める「村上海賊の娘(上)」の割合
資料費に占める「村上海賊の娘(上)」の割合

 この基準ですと、京都府、ついで神奈川県、大阪府が上位、という結果になりました。

 「予算」ではなくて、「人口あたり」で考えるべき、という考え方もありますね。こちらもやってみましょう。

「村上海賊の娘(上)」人口1万人あたり所蔵数
「村上海賊の娘(上)」人口1万人あたり所蔵数

 都道府県の人口1万人あたりで見ると、滋賀県、長崎県、東京都が上位、という結果になりました。

 うーん、これは難しい。

 「公共図書館はベストセラー本を買いすぎ!」と言っても、こうしていろいろな観点から実際に計算してみると、どの観点で見るかによって、結論がけっこう変わってしまいます。

 「公共図書館はベストセラー本、買いすぎでは?」→「均すと1館平均1.27冊ですよ」

 「1つの図書館で38冊とか多すぎ!」→「いや、最頻値は1ですよ」

 「予算比/人口比で多すぎる!」→「では何%、何冊だったらいいんですか?」

 と、いうわけで、一口に「買いすぎ」といっても、見方によって順位も様相も変わり、この問題、なかなか一筋縄ではいきそうにありません。

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