メーカーや小売業が実践する「顧客志向」の捉え方--転換する流通(1) - (page 2)

別井貴志 (編集部)2013年07月19日 11時55分

--浅野さんの新市場創造室というのは?

浅野(キリン):キリンは、基本的にはキリンのグループ企業をまたいだような企業価値とか、企業ブランドの向上だとか、ある意味お酒をはじめとした飲料を含めたR&D機能を統括しようとか、そういう中で新規事業の検討もグループ横断でしようということで、私は今その新規事業の検討や開発というところで仕事をさせていただいています。

--企業ブランドの向上にはマーケティングが必須だと思いますし、新規事業や商品開発という面では消費者の求めることは何なのかということをどのように把握できるかが鍵だと思いますので、そんな話も議論したいと思います。

 最初に、皆さんにとっては当たり前と思いますが、そうは言っても現実にはなかなかできていない企業も少なくないと思いますので、改めて「顧客志向」や「消費者志向」といわれている面についてお聞きしたいと思います。

 「オンラインマーケティング」や「デジタルマーケティング」が重要視されるようになって以来、もはや古いキーワードと言う人もいますが、その半面、普遍的なキーワードともいえるでしょう。この言葉の定義や意味をいまどのように捉えていますか。いい商品やサービスを提供するだけでなく、それをいかに訴求して知ってもらい、最終的に何をフックにして購入したり、使ってもらったりするかということですが。こうした消費体験の付加価値をどのように考えますか。消費者=顧客とどう向き合う姿勢をとっているか、ということと同じだと思いますが。

井上(アドビ):初っぱなからテーマが大きいですね(笑)。まさに、顧客志向の時代は弊社も思いっきり巻き込まれているような状況です。従来我が社は、たとえば「Photoshop」といったソフトウェアに毎年機能をどんどん追加して、そのたびに新バージョンを販売していくというモデルでした。そこにさまざまな限界が見えてきたのではないかというところから、いま「Adobe Creative Cloud」という新しい提供形態にして、まさにお客様に合せて売り方を変えていくという方針を全世界的に採るようになったのです。

--つまり、Photoshopなどのソフトウェアは、毎年のように新機能を追加するたびに新たに店頭でCD-ROMやDVD-ROMをパッケージ販売するモデルが主流だったが、サブスクリプション(定期購入、定額購入)モデルとしてAdobe Creative Cloudという形で、オンラインでユーザーが必要なソフトウェアをダウンロードして、いつでも最新の機能を使える形に変えたというわけですね。それにしても、全世界で一斉に販売、利用モデルを変えるというのは収益の面を考えてもかなりチャレンジしたと思いますが。

井上(アドビ):けっこう大きな企業の方針転換だと思います。根本的に提供形態を変えたことで、最新のテクノロジーを即座に製品の機能として反映できるようになりました。さらにソフトウェアの新機能や機能改善という部分では、企業側の勝手な押しつけ的なものではなくて、パフォーマンスの改善も含めて本当の意味でユーザーが求めている新機能を付与していきましょうというかたちになりました。もちろん、ユーザーが実際に使っている利用データも見ながらです。まさに、ユーザーからいろいろなフィードバックを受けながら、いいことも悪いことも言われながら、一緒に作っている感じです。すべてユーザー=顧客中心にやり方を変えたという、そのど真ん中にいるところなので、顧客志向時代をもろに感じているところです。

 ただ、私の前職のP&Gでは、「Consumer is Boss」という知られたキーワードをたたき込まれました。そこでは、実際に製品を開発するにしても、生産を増加するにしても、パッケージデザインひとつ、メッセージひとつ含めて、大量にリサーチして、実際にどれが消費者に選んでもらえるのかというのを途方もない規模で全世界的に徹底的に検証していました。この徹底的な「顧客による検証」を現職のアドビではデジタルの世界で実践しているのはおもしろい流れであり、私自身もコミュニケーションの領域でデジタルを活用して顧客の反応を基にアプローチを最適化しています。

--浅野さんは「顧客志向」についてどうお考えですか。

浅野(キリン):我々は消費財のメーカーですが、消費者はそれを消費するために存在しているわけではないですよね。やっぱりお客さんはそれを使って、どんな時間だとか空間だとか、大袈裟に言うと一瞬幸せになるか、暮らし方が変わるといったことが最大の関心事だと思うのです。そうだとすると、やっぱりモノの機能とか、モノの使用価値ばかり言っていてもお客さんには届かないし、そこには特に関心はないわけです。その辺のことは多分メーカーの人間もわかっているんですが、なかなかそれができないというところが、やっぱりすごく課題だなと思います。

 この課題は、最近どんどん感じるようになってきました。それは、お客さん、顧客が自分でメッセージを発信できるとか、自分から進んで参加するとかいうコミュニケーションの環境変化がすごく大きいと思います。そうなるとメーカーにしても、やっぱりスタンスをまったく変えないといけないのではないでしょうか。それは教科書的に言うと「顧客目線」ということだと思います。今までの経験からすると、どうしても「これはいいものです」とか、「こんなに画期的なんです」とかになりがちなんですよ。そうではなくて、「顧客目線であるためにはどうすればいいのか」ということが、いまこそ問われていると思っています。

 そうすると、消費者というか、生活者と同じ話題を作るということが一番大事で、メーカーからしてみると「お客さんと一緒に共感できるテーマを探す」ということではないかと僕は考えています。もっと言えば、その共感できるテーマというのは、自分のためだけではなくて、たとえば家族だとか仲間とかも良さげに思える、それが「ソーシャル」という意味じゃないかなと。

 そんなふうに、うまく考え方を転換していかなければいけないと思うんですね。一方で、それを実践するためにはその手段やテクノロジーといったものは、すごく発達しているような気もしています。その辺もいろいろ勉強しなくちゃと思っているところです。

--中西さんは「顧客志向」についてどう考えますか。

中西(CCC):この中では小売りであるTSUTAYAが多分一番「顧客」に近いのかなと思います。店舗ではレジを境にお客さんが目の前にいますので、やっぱりそこで見えてくることっていろいろあるのです。

 私が入社する以前から、CCCは「顧客を知る」ということに徹底的なIT投資をしてきました。資本金100万円の会社が創業まもなくで1億円のコンピュータを導入したくらいですので。そんな背景にあるエピソードとして、創業者であり現在社長の増田宗昭が初期に経験した話をご紹介します。

 売場に立っているとある高校生がビデオを借りにきて、お目当てのものがなかったので帰っていったそうです。次の日にもまた借りに来てくれたのですがまたなくて帰っていきました。商品だけ見ていればそのビデオはずっとレンタルされている、ということで「良かったね」というわけですが、本当はレンタルしたいのにできなかった「顧客」がいたわけですね。多分さきほどの高校生は3回目来ないだろう、と思ったんですね。「その子が借りたいと思ったものを貸せるようにするにはどうしたらいいか」ということに徹底的に貪欲に突き進めよう、と。

 社内で常に言われているのが「顧客中心主義」ということです。CCCの行動規範は1番目に「顧客を一番知っている人間になる」があり、「顧客のためになることをなせ」「顧客にありがとうを言われる仕事をする」と続きます。お客様のための仕事をするにはまずお客様を知らないといけない、ということです。先ほどの事例で言えばお客様が何を欲しかったのか、その商品はどんな人に借りられているのか?いつ借りられていつ返されたのか、時間帯別に比較したら品揃えは十分かどうか、などなど徹底的なIT投資をしてきました。多分、「顧客志向時代」と言われる前から変わっていないのかなと思います。

【次回】
データから導き出す「消費者の声」--転換する流通(2)

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