北里大学理学部の長谷川真士講師、真崎康博教授、茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の西川浩之教授、青山学院大学理工学部化学・生命科学科の長谷川美貴教授らの研究グループは、重量比わずか3%添加するだけで、有機ELデバイス等に用いられる汎用発光性ポリマー(F8BT【注1】)を円偏光発光性の色素材料に変える、キラル誘起添加剤を開発しました。新しく開発した添加剤は[2.2]パラシクロファン【注2】とカルバゾール【注3】からなるキラル分子で、新規合成法を適用することで開発に成功しました。
円偏光は、がん細胞の可視化や最新鋭のセキュリティー認証テクノロジーへの応用、立体視可能な手術用の三次元表示用有機ELディスプレイなどへの応用が期待され、活発な開発研究が行われています。従来の円偏光発光材料はキラル発光色素を発光体として利用していましたが、本研究で開発したキラル誘起添加剤(キラルシクロファン)を利用することで、有機デバイスに汎用的に利用される、キラリティーを持たないポリマーを、円偏光発光材料として利用することができます。これにより、円偏光発光材料の製造コストを抑えることができ、発光デバイス等への応用につながります。
この研究成果は、2024年2月16日付で、Wiley社が発行するドイツ科学雑誌 "Advanced Functional Materials" (インパクトファクター19.9)のオンライン速報版に掲載されました。
■研究成果のポイント
・[2.2]パラシクロファンを用いた材料の新しい合成方法の開発に成功。
・その合成法を応用し、デバイス等で汎用的に使用されているキラルではない発光性ポリマーを円偏光発光材料に変える新しい添加剤を開発。
・本成果により、円偏光発光材料の製造コストを抑えることができ、円偏光発光デバイスの開発が加速される。
■研究の背景
光は電磁波の一種であり、電場と磁場が空間を振動しながら伝播する波動です。特定の方向に振動が制限される光を「偏光」といいますが、それと同時に振動面が光の進行方向に沿って一定の速度で回転し、らせんを描くように進む偏光を「円偏光」といいます。円偏光は分子の構造や物質の性質を調べる際に重要で、近年、円偏光を用いてがん細胞などを調べる研究が進められています。また、光通信や医療機器などの応用分野でも利用されています。最近では、内視鏡、ロボット支援手術、危険が伴う作業場で使用するロボット等の操作に応用可能な三次元表示用有機EL等に向けた新技術として注目されています。
円偏光には「左回り」と「右回り」の2種類があり、上記の技術に応用するためには、どちらかを取り出す必要があります。通常の光(自然光)は「左回り」と「右回り」の円偏光が1:1の割合で存在するため、フィルターを用いて選別する方法が一般的です(図1a)。しかし、この方法では、50%の光を捨てることになり、光量が半減してしまいます。また、フィルターを組み込むことにより装置が複雑化する問題も残されています。これを解決する方法の一つとして、「左回り」または「右回り」のどちらか一方の円偏光を優先的に発生させる円偏光発光色素の開発が盛んに行われています(図1b)。これらを光源として、直接円偏光を発するOLEDの開発が可能となります。
円偏光発光色素の設計には、構造に片方のキラリティーを持つ分子(キラル分子)を用いることが不可欠です。しかし、それには光学分割や不斉合成といった難易度の高いプロセスが避けられず、安価な大量合成が難しいことが予想されます。本研究では、これを解決するために、キラリティーを持たない発光性ポリマーに、キラリティーを誘起する添加剤を少量加える方法で、汎用的な発光性ポリマーを円偏光発光色素に変える手法の開発を進めていました。「発光性ポリマー」+「キラル誘起添加剤」の組み合わせで円偏光発光を生み出す研究は、国外の研究グループを中心にいくつか発表されていますが、ポリマーにキラリティーが誘起されるメカニズムは分かっていません。また、ドープ率や、発生する左右の円偏光度(円偏光の偏りの割合)に課題が残されており、優れた材料を開発する方法論を模索する段階にあります。
■研究内容と成果
本研究では、キラル誘起添加剤として [2.2]パラシクロファンに連結したキラルな放射状カルバゾール分子を新しく開発しました。複数の置換基が導入された[2.2]パラシクロファンはラセミ化しない安定なキラル骨格で、薄膜を形成する際に必要なアニーリング(熱処理)【注4】に耐えることができますが、効果的な化学修飾方法が確立されていませんでした。本研究では、ボロキシン【注5】と呼ばれる化学種の誘導体をカップリング反応に用いることで、[2.2]パラシクロファンをベースとした新しい材料への効率的なアプローチが可能になることを見出しました。これを利用して新しい添加剤の開発に成功しました。
市販の発光性のポリマー(F8BT)に、開発した添加剤を重量比3%加え、スピンコート【注6】によって薄膜を作製し熱処理したところ、ポリマー由来の強い円偏光発光を示すことがわかりました。この時、円偏光発光を評価する指標である非対称性因子gCPL値は0.01であり、一般的なキラル有機化合物のgCPLよりも10〜50倍高い値を示しました。キラルな添加剤そのもののgCPL値は0.0005以下であること、F8BTはキラリティーを持たない構造で円偏光発光を示さないことから、添加剤によってF8BTのキラリティーが誘起されたことがわかります。今回開発した化合物は少量でもキラル誘起添加剤として機能することが特徴です。そのため、従来の片方のキラリティーを持つ分子を利用した円偏光発光よりも低コストでの製造が可能となります。
■今後の展開
開発したキラル誘起添加剤を用いれば、汎用的なポリマーを円偏光発光色素にすることができます。したがって、三次元表示用有機ELディスプレイ等に利用可能な発光材料の可能性が大きく広がります。これにより、円偏光発光材料の製造コストを抑えることができ、円偏光発光デバイスの開発が加速されることが期待されます。
■論文情報
掲載誌:Advanced Functional Materials
(インパクトファクター: 19.924)
論文名:Synthesis and Chiroptical Properties of Radially Extended Carbazole with Chiral [2.2]Paracyclophane Core
著 者:Masashi Hasegawa, Wanli Xiao, Yuki Ishida, Kazuyuki Asahi, Hiroyuki Nishikawa, Reo Ohno, Daisuke Hayauchi, Miki Hasegawa, Yasuhiro Mazaki
DOI:10.1002/adfm.202315215
URL:リンク
■研究助成
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
・戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号 JPMJCR2001)
研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究総括 赤木和夫 立命館大学総合科学技術研究機構教授)
研究者 長谷川真士、西川浩之
・科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 JP21K05043)
研究課題「傑出した円偏光度を示すキラルトポロジカル分子の創製」
研究者 長谷川真士
・科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 JP22K05070)
研究課題「チエノアセン類を基盤とした環状分子による酸化還元活性集積体の創成」
研究者 長谷川真士、真崎康博
・科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)(課題番号 20H05832)
研究課題「架橋構造を利用した動的エキシトン相互作用の学理構築」(代表:今堀 博)
研究者(分担) 長谷川美貴
■用語解説
【注1】 F8BT
F8BT(ポリ(9,9-ジオクチルフルオレン-コ-ベンゾチアジアゾール))は、フルオレンとベンゾチアジアゾールからなる共重合体(co-polymer)で、高い発光特性と優れた電荷輸送能を持つ高分子。市販されており、有機発光ダイオード(OLED)、有機太陽電池(OPV)、有機電界効果トランジスタ(OFET)などの有機電子デバイスに一般的に使用されている。化学構造は図2(c)に記載。
【注2】 [2.2]パラシクロファン
2つのメチレン(CH2)基で架橋された2つのベンゼン環からなる多環式炭化水素分子。ベンゼン環上の置換基の空間的配置により、重ね合わせ不可能な鏡像構造(エナンチオマー)となるキラル分子となる。図2(a,b)に具体例を記載。
【注3】カルバゾール
カルバゾールは下図に示す化学構造を持つ分子(またはユニット)。原油やコールタールに含まれるが、工業的生産も行われている。優れた電荷輸送性と発光特性を示し、有機発光ダイオード(OLED)、有機太陽電池(OPV)、有機電界効果トランジスタ(OFET)の製造に広く使用されている。
【注4】アニーリング(熱処理)
有機化合物やポリマーをベースとしたエレクトロニクスの作製において、加熱→冷却を行うプロセスのこと。加熱時にポリマー類の再配列が起こり、結晶性やパッキング等の長距離秩序が改善されるほか、薄膜作製時に使用した溶媒の除去などの効果がある。これにより、電荷輸送特性が向上し、材料内の欠陥が減少し、最終的にデバイス性能が向上する。材料やデバイスの性能や特性を最適化する上で重要な役割を果たしている。一方で、キラル化合物はアニーリング条件でラセミ化(キラリティーの消失)することが多く、課題となっていた。
【注5】ボロキシン
ホウ素原子と酸素原子が交互に並んだ6員環構造。有機合成において、鈴木カップリングの原料となるホウ酸の前駆体となる。
【注6】スピンコート
薄膜の作製方法の一種。溶液を塗布した基材を高速回転(例えば1分間に4,000回転)させることにより、遠心力で溶液中の材料を薄膜化する。半導体製造過程にて使用される。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学理学部化学科
講師 長谷川真士
e-mail:masasi.h@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 総務部広報課
〒108-8641 東京都港区白金5-9-1
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター リンク
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