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 “日本のために”という使命感とプロの矜持を持って1964年東京オリンピックの選手村を支えたスタッフたち

公益財団法人 笹川スポーツ財団 2018年02月28日 11時00分
From Digital PR Platform


 「スポーツ・フォー・エブリワン」を推進する、公益財団法人 笹川スポーツ財団(所在地:東京都港区、理事長:渡邉 一利、以下 SSF)は、“日本のために”という使命感とプロの矜持を持ってオリンピック選手村を支えた料理人 鈴木 勇さん・理容師 遠藤 澄枝さんのスペシャルインタビューを公開いたしました。 

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▲理容室で遠藤さん(当時は旧姓の山方)に散髪してもらうヘーシンク

 今回「スポーツ歴史の検証」のインタビューにご登場いただくのは、1964年東京オリンピックの選手村で食堂「富士食堂」の料理人を務めた鈴木勇さんと、同じく選手村の理容室で理容師を務めた遠藤澄枝さんのお二人です。

 食堂や理容室は、選手たちがしばし競技から離れくつろげる場所。食堂を訪れた重量挙げ金メダリスト三宅義信選手、理容室を訪れた柔道オランダ代表のヘーシンク選手、東洋の魔女と呼ばれた日本女子バレーボール選手たちとの交流のエピソードからは、競技とは違ったオリンピックの様子が垣間見えます。
 “日本のために”という使命感とプロの矜持を持ってオリンピック成功に尽くしたお二人に、当時の状況や選手たちとの思い出などをお話しいただきました。


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▲選手村食堂風景 (1964年)

 SSFでは、スポーツの価値や意義を検証し、あるべきスポーツの未来について考える機会として、鈴木大地氏、吉田沙保里氏、室伏広治氏など日本のスポーツの歴史を築かれてきた方々へのインタビュー記事『スポーツ歴史の検証』 を連載しています。
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▲選手村の着付け教室で和服に身を包む外国選手

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▲選手村内の美容室

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▲選手村閉村式でコックの派遣元であった「日本ホテル協会」のプラカードを掲げて行進する
食堂勤務者(1964年10月)

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笹川スポーツ財団 スペシャルサイト『スポーツ歴史の検証』
 
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第70回 「日本のために」という使命感があった選手村スタッフ
鈴木勇氏・ 遠藤澄枝氏
(スポーツ歴史の検証 で検索ください!)
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【主な内容】
外国人への抵抗感なしも、イメージがわかなかった「オリンピック」
声をかけられたその日から住み込みで働き始めた洋食屋
海外では珍しかった女性理容師
ヘーシンク、君原、三宅……メダリストたちとの思い出
その後の人生に大きく影響した東京オリンピックでの経験
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鈴木 勇(すずき いさむ)氏

1940年神奈川県生まれ。1955年4月、中学卒業後にセンターグリル野毛店でコックの修業を始める。1964年10月、東京オリンピック選手村食堂でコックを務める。

遠藤 澄枝(えんどう すみえ)氏

1940年東京都生まれ。中央高等理容学校を卒業、1961年国家試験合格、理容師免許取得。1964年10月、東京オリンピック・選手村理容店に勤務。


インタビュアー 佐塚 元章(さづか もとあき)氏

NHKの元チーフアナウンサーで、現在はラジオアナウンサーなどを務める。1992年バルセロナオリンピックの開会式、岩崎恭子の最年少金メダル獲得(水泳)などの実況をはじめ、スポーツ実況を25年間担当した。


<スポーツ歴史の検証>概要
【企画制作】公益財団法人笹川スポーツ財団
【後 援】スポーツ庁、東京都、公益財団法人日本体育協会、
     公益財団法人日本オリンピック委員会ほか
【特別協力】株式会社アシックス 
※本事業は『平成29年度スポーツ振興くじ助成』を受けて行われます。

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お問い合わせにつきましては発表元企業までお願いいたします。

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