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ビタミンB1欠乏による記憶能力障害のメカニズムを発見 -- ビタミンB1欠乏により脳の海馬が障害を受けて記憶できなくなる -- 東京農業大学

東京農業大学 2016年09月07日 08時05分
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東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科の喜田聡教授らのグループは、ビタミンB1の欠乏が海馬を中枢とする記憶能力の障害を引き起こすこと、さらに、その障害のメカニズムが海馬の変性であることを発見した。この研究成果は、国際的な学術雑誌「Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry」のon line版に掲載された。


【背景と概要】
 ビタミンB1は、必須栄養素の一つであり、鈴木梅太郎博士によっておよそ100年前に発見された世界で最初のビタミン。ビタミンB1は、糖代謝系やATP(エネルギー)産生に対する補酵素として働く。ビタミンB1摂取不足により脚気(かっけ)になることがよく知られており、ビタミンB1が神経系の機能維持にも重要な役割を果たすことが示されている。さらに、ビタミンB1欠乏が続くと、ウェルニッケ・コルサコフ症候群を代表とする、重篤な記憶能力の障害を引き起こす。重要な点として、脚気はビタミンB1の補給により改善されるが、ビタミンB1欠乏による記憶障害は慢性的であり、改善されない。以上のように、ビタミンB1欠乏により重度の記憶能力の減退が導かれることが古くから知られていたが、その発症メカニズムは不明だった。本論文では、喜田教授らは、ウェルニッケ・コルサコフ症候群と同様の慢性的な記憶能力障害を示すマウスを作製し、遺伝子操作技術を用いて神経細胞(ニューロン)を可視化してイメージング技術を利用することで、ビタミンB1欠乏による記憶障害の原因が海馬(注1)の変性であることを世界で初めて突き止めた。

【論文内容】
 野生型マウス(C57BL/6N系統)にビタミンB1欠乏飼料を10日間給餌し、この間ビタミンB1拮抗物質であるピリチアミンを連日投与して、重篤なビタミンB1欠乏状態を誘導した(ビタミンB1欠乏マウス)。ビタミンB1欠乏により体重減少及び著しい運動能力の低下が観察されたが、ビタミンB1欠乏処置後に、ビタミンB1(チアミン)を補給させ、通常の食餌に戻して3週間の回復処置を施すと、体重、運動能力などは正常に戻った。しかし、回復処置を行ったにも関わらず、空間記憶(注2)、社会的的認知記憶(注3)、恐怖条件付け文脈記憶(注4)など海馬依存的な記憶(注5)能力の障害が観察された(図1)。すなわち、記憶することができなくなっていた。しかも、この記憶障害は少なくとも6ヶ月持続する慢性的な記憶能力の障害であることが明らかとなった。一方で、恐怖音条件記憶などの扁桃体の働きを必要とする記憶能力には、障害が観察されなかった。以上の結果から、ビタミンB1欠乏を経験したマウスは、海馬依存的な記憶能力に永続的な障害を示すことが明らかにされ、このビタミンB1欠乏マウスが示す症状は、ヒトのウェルニッケ・コルサコフ症候群と類似していることを明らかにした。すなわちビタミンB1欠乏マウスは、ウェルニッケ・コルサコフ症候群モデルとなることを示した。

 ビタミンB1欠乏は、不可逆的な海馬依存的な記憶能力の低下を導くことが明らかになったことから、ビタミンB1欠乏が海馬を中心とした脳領野に及ぼす影響を形態学的に解析した。まず、蛍光免疫組織染色法を用いて神経細胞特異的に発現するタンパク質NeuNをマーカーとして神経細胞数を測定した結果、扁桃体や前頭前野では異常は認められなかったのに対して、ビタミンB1欠乏マウスの海馬内のCA1領域CA3領域並びに歯状回領域では神経細胞数の顕著な減少が観察された(図2)。
 さらに、神経細胞においてのみ緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する遺伝子改変マウスであるThy1-GFPマウスを用いて、ビタミンB1欠乏が海馬ニューロンの形態に及ぼす影響を共焦点レーザー顕微鏡を用いて解析した。具体的には、Thy1-GFPマウスを用いてビタミンB1欠乏マウスを作製し、海馬の神経細胞の樹状突起スパイン(注6)のイメージングを行った結果、ビタミンB1欠乏マウスでは、海馬歯状回領域において樹状突起スパイン数(スパイン密度)の顕著な減少が観察された(図3)。また、このような細胞レベルの異常はビタミンB1欠乏処置からの回復処置後においても継続して観察され、海馬の異常は、記憶能力と同様に、永続的であることが明らかとなった。
 
 以上の結果から、ビタミンB1欠乏マウスに認められた記憶能力の障害は、ビタミンB1欠乏によって誘導された海馬の変性、特に海馬内の神経細胞の変性が原因であることが示された。すなわち、B1欠乏により、アルツハイマー病で観察されるような脳の変性(萎縮)が起こっており、この海馬の変性がビタミンB1欠乏マウスの記憶能力障害の原因であったことになる。以上の結果から、ウェルニッケ・コルサコフ症候群における記憶障害の原因が海馬の変性による海馬機能不全であることが示唆された。これらの成果は、ウェルニッケ・コルサコフ症候群による記憶障害の治療方法開発や、この疾患による記憶障害の予防法の開発に繋がることが期待される。

【用語解説】
 注1)海馬: 脳内で記憶するために中心的に働く中枢
 注2)空間記憶: 場所を覚える記憶
 注3)社会的認知記憶: 出会った他者(マウス)の記憶
 注4)恐怖条件付け文脈記憶: 恐怖体験した場所を覚える記憶
 注5)海馬依存的な記憶: 記憶するために海馬の働きを必要とする記憶
 注6)樹上突起スパイン: ニューロンの樹状突起(細胞から伸びた枝)において シナプスを形成して刺激を受容する部位。


<掲載情報>
論文名: Vitamin B1-deficient mice show impairment of hippocampus-dependent memory formation and loss of hippocampal neurons and dendritic spines: potential microendophenotypes of Wernicke-Korsakoff syndrome
著者: 稲葉洋芳、岸本拓也、大石諭、永田幹、長谷川俊介、渡辺玉絵、喜田聡
雑誌名: Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry
公開日: 平成28年9月7日


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