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美術とインテリアの出会い―高島屋・装飾事業のあゆみ―展 公共建築物、船舶、鉄道の内装や家具、劇場の緞帳などの資料や写真パネルを展示

株式会社 高島屋 2015年10月02日 13時55分
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美術とインテリアの出会い
―高島屋・装飾事業のあゆみ―展

■会 期  : 2015年10月1日(木)~ 12月25日(金)
※前期=10月1日(木) ~ 11月14日(土) 後期=11月16日(月)~ 12月25日(金)
■会 場  : 高島屋史料館(大阪市浪速区 高島屋東別館3階)
■開場時間 : 午前10時~午後6時  
※前後期ともに最終日は午後5時閉場(入場は閉場30分前まで)
■休館日  : 水・日曜日
■入場料  : 無料
■協 力  : 高島屋スペースクリエイツ株式会社
■出品協力 : 一般財団法人家具の博物館、住江織物株式会社、三菱重工業株式会社横浜製作所


 高島屋では2015年10月1日(木)~12月25日(金)まで、高島屋東別館(大阪市浪速区)の高島屋史料館にて、「美術とインテリアの出会い ―高島屋・装飾事業のあゆみ―展」を開催いたします。
 高島屋は創業180余年のあゆみの中で、内装やインテリア事業の分野にも挑戦し、その事業を国内外に発展させました。1878(明治11)年には京都烏丸の本店に隣接して南店(段通店)を開設、これが当社装飾事業の出発点であり、現在のグループ会社、高島屋スペースクリエイツ株式会社へと継承されています。
昨年、高島屋の装飾事業は135周年を迎えました。本展では、これまで携わった公共建築物、船舶、鉄道の内装や家具、劇場の緞帳などの資料や写真パネルなど約160点を展示。高島屋の装飾事業の軌跡を振り返ります。


第1章 呉服から美術染織品へ
高島屋は1831(天保2)年、江戸時代の京都で古着・木綿商として創業いたしました。1876(明治9)年、初めての外国人客を迎えたことがきっかけで、海外にも商いの相手がいることを意識するようになり、外国人向けの商品として美術染織品の制作を手がけたり、万国博覧会へ出品したりするようになります。また、美術染織品はますますその技術を高め、数多くの国内外の博覧会に出品し、多数受賞するなどの成績をおさめ、美術的、工芸的価値を高く評価されるようになりました。

第2章 黎明期 装飾事業の始まり ―公共建築物などの室内装飾へ―
1978(明治11)年、京都に段通店を開業。その翌年、1879(明治12)年に開催された京都博覧会に、早くも綿段通を出品し、賞牌を受賞いたしました。(※段通・・・手織りの高級な屋内敷物)
1885(明治18)年、大阪府庁舎に納入したのを皮切りに、その後も帝国ホテルへの装飾品納入、全国中等学校野球大会旗など、官公庁、ホテル、鉄道等、装飾事業は多分野へ広がっていきます。

第3章 明治宮殿、迎賓館などの室内装飾
 1887(明治20)年、宮内省から皇居の窓掛けをはじめ織物御用を拝命。その後、1897(明治30)年には「宮内省御用達」の指定を受け、1909(明治42)年、東宮御所の室内装飾のご用命も受けることになりました。
1974(昭和49)年改修竣工の迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所)の仕事は約10年にもおよぶ大仕事となりました。迎賓館の仕事の受注に伴い、欧米の宮殿などの家具の歴史を徹底的に研究。担当した設計部員は、詳細な世界の家具体系図をまとめ、その研究結果を後進に残すべくミニチュア家具も制作しています。

第4章 船舶の室内装飾への取り組み
 明治時代後期より、日本の造船の発展とともに、貨客船や連絡線、大型客船などの内装や家具などを手がけてきました。船舶内装のはじまりは、1890(明治32)年に受注を受けた鉄道連絡船豊浦丸」でした。昭和時代初期までは自国の船舶であっても内装設計は欧米の会社が中心でしたが、国内でも船舶インテリアの設計施工をまかなえるようになり、高島屋も「秩父丸」(1930年竣工)などを手がけるのをはじめとし、その中に進出していきます。「八幡丸」(1940年竣工、1942年に空母に改造)、「橿原丸」、「出雲丸」(いずれも1939年起工、竣工前の1940年に空母に改造)など、本格的な
船舶の透視図が残されています。

第5章 創作家具への取り組み
 戦前戦後を通じ家具・室内装飾の分野で数々の仕事を行うことで、技術を培い、1956(昭和31)年6月には、「高島屋創作家具と調度 シャンブル・シャルマント展」を各店で開催。シャンブル・シャルマントとはフランス語で「魅力ある部屋」という意味です。戦後、新しい生活のあり方が模索されていた時期に、いち早く住まい方の提案をした催事で、設計・装飾部門のデザイナーたちによる社内公募を行い、高島屋工作所(当時)などの協力工場で試作が重ねられ、製品化・販売され、人気を博しました。

第6章 緞帳の調製
 高島屋は美術染織品制作で培った経験を活かし、著名な画家の原画によるものを中心に明治時代末期より数々のすぐれた美術緞帳を調製しました。それは戦後にも受け継がれ、大阪・帝国座、東京の歌舞伎座や大阪歌舞伎座(のちに新歌舞伎座)や、大阪・毎日ホールなどの緞帳を次々に手がけました。装飾・美術などまさに高島屋の総力で表現する仕事といえる緞帳の「調製」について紹介いたします。

第7章 戦後70年・装飾事業の主な仕事
終戦後、高島屋各店の装飾部、高島屋工作所の仕事は、国内拠点の整備、被災した工場の復興を支えに、急速に息を吹き返します。政府機能の再建や、基幹産業の本社ビルの新築・増改築など、需要増大に的確に対応し、戦後の復興に大きく貢献したといえます。
その後、経済発展の加速とともに、民間・サービス需要に対応。商業施設(店舗)・ゴルフ場クラブハウスをはじめ、特に、レジャーブームや東京五輪開催を契機とした宿泊施設の需要増大にも積極的に対応し、ボウリングブーム・日本万博などの取り組みをすすめ、大きく業容を拡大して
いきました。

第8章 21世紀高島屋スペースクリエイツ誕生
2001(平成13)年9月、高島屋の建装事業本部と高島屋工作所が統合し、「高島屋スペースクリエイツ株式会社」が誕生。これまでの高島屋インテリア事業のDNAを継承しつつ新たな一歩を踏み出しました。
現在、高島屋スペースクリエイツは、外資系ホテルの日本進出にともなう事業や、羽田空港旅客ターミナル、フェスティバルホールや歌舞伎座といった文化施設の仕事、保育施設など様々な事業に取り組んでおります。また国内の少子・高齢化や高度経済成長時に建築された住宅の改築時期などで住宅リフォームの注目度も高まり、2012(平成24)年、個人住宅のリフォームブランド「ふぁーすと暮らす」をスタートさせました。
2013(平成25)年には、震災後の東北地区における事業基盤の再構築のため、仙台市に子会社「高島屋スペースクリエイツ東北株式会社」を立ち上げ、本格化する東北の復興事業にも積極的に携わっています。


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