文京学院大学 オピニオンレター Vol.4
提言者:柿崎 藤泰 ( 保健医療技術学部教授 専門:呼吸器および運動器疾患の理学療法 )医学博士。呼吸器、および運動器疾患の理学療法が専門。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院リハビリテーション部、昭和大学附属豊洲病院リハビリテーション部主任を経て現在に至る。胸郭の運動分析、姿勢と胸郭周囲筋活動の関係、呼吸運動療法の開発が主な研究課題。著書は「実践呼吸器ケア(医学書院)」など多数。またリーボックジャパン社製の体幹部を整え、理想的な姿勢を作るウエア「Reebok TAIKAN」も監修。
■日常にも活用できる理学療法
座る。立つ。しゃがむ。歩く。走る。私たちの日常生活は、さまざまな「動作」で成り立っています。これらの「動作」は、骨・関節・筋肉などが相互に連携することで可能となります。しかし、病気や怪我などをきっかけに機能低下や機能不全に陥り、正常な「動作」が難しくなることがあります。
私は、「動作」の回復や維持を必要とする人のために、理学療法士と医学博士の立場から、長年、医学的リハビリテーションの現場に携わってきました。なかでも、私が専門領域とするのが「呼吸器および運動器疾患の理学療法」です。酸素を取込み、二酸化炭素を排出する呼吸器と、身体を支えて動かす運動器の研究に、長い年月をかけ今日に至っています。
本オピニオンレターでは、私の専門領域の中でも、最新の研究テーマである胸郭にフォーカスをあて解説したいと思います。理学療法は、リハビリテーションを必要とする人だけでなく、誰でも活用できるエッセンスが詰まっています。今回は、皆さんに胸郭の働きと特徴を知ってもらい、日々の生活に少しでも役立つお話をしたいと思います。
■呼吸を操る胸郭の働き
まずは今回の中心テーマとなる胸郭について解説します。胸郭は、人間の胸部に位置し、12個の胸椎(きょうつい)、12対の肋骨(ろっこつ)、1個の胸骨から構成される籠状の骨格です(「画像A」を参照)。胸郭で囲まれた空間には、心臓や肺などの重要な臓器が収められており、胸郭はこれらを保護する重要な役割を果たしています。
もう一つの重要な役割が呼吸です。人間は呼吸により外から体内に酸素を取り込み、再び外に二酸化炭素を吐き出しています。息を吸い込むと肺全体が膨らみ空気が入り、そこで酸素を取り込み、反対に吐く時には肺が縮み、二酸化炭素が吐き出されます。
肺は心臓や胃腸のような内臓とは異なり、肺そのものは自力で活動することができません。そこで呼吸運動にとって重要な役割を果たすのが胸郭です。胸郭が動くことで胸腔の内圧が変化し、それにより肺が収縮します。胸椎・肋骨・胸骨はそれぞれに関節を持つため、手足を稼動させるのと同様に胸郭を動かすことで呼吸することができるのです。
■誰もが持つ胸郭の“ねじれ”
人体模型で見たことのある左右対称で綺麗に配列された人間の骨格。従来のこのイメージとは異なり、実際には胸郭は下の写真のように“ねじれ”があることが私の最近の研究で分かってきました。しかも、大半の人の“ねじれ”は胸の中心にある胸骨が右傾斜した状態にあります(「画像B」を参照)。これは利き手に関係なく、内臓逆位をもつ方でも同様の傾向が見られました。ではこの“ねじれ”は一体何が要因で起こるのでしょうか。
■“ねじれ”が呼吸を浅くする
胸郭の“ねじれ”を起こす要因、それは骨盤中心位置と胸郭中心位置のずれにあります。「画像C」において「骨盤(1)」を中心とした場合、「胸郭(2)」が真上に位置せず1~2ミリ左側にずれた位置にあるのです 。
「画像D」のグラフは、健常成人男性18名を対象に私のグループが行った臨床調査の結果です。Trunk mass ratioと記載の縦軸が体幹左右の質量比率を表しています。目盛りの1.0がちょうど左右均等な状態で、値が高ければ高いほど左側の質量が多いことを表しています。一方、Trunk area ratioと記載の横軸が体幹の面積比率です。目盛りの1.0より 数値が高ければ高いほど断面面積が左側の方が大きいことを示しています。この調査で18名中16名が質量と面積ともに左側が大きいことが分かりました。これは骨盤中心線に対し、胸郭中心線が左方化していることを示しており、骨格の連鎖によって、このずれが左に寄れば寄るほど、胸郭の“ねじれ”は更に大きくなるものと思われます(画像E参照)。
この胸郭の“ねじれ”は、身体機能に様々な問題を引き起こします。その一つが呼吸です。本来、最大範囲で肺が稼動するべき呼吸が、この“ねじれ”により、範囲が制限され、結果、呼吸が浅くなってしまいます。“ねじれ”の度合いが大きければ大きいほど大きく呼吸できないのです。「画像F」は胸郭のねじれの度合いが大きいほど、換気量が少なくなることを示しています。詳しく説明すると、呼吸活動には横隔膜が大変重要とされており、この筋が付着する胸郭のねじれ程度が大きいほど、横隔膜の活動が小さくなり換気量も少なくなったということです。そのため、胸郭のねじれと呼吸には密接な関係があり、胸郭のねじれは呼吸をはじめとする身体機能に様々な問題を引き起こします。特に呼吸活動においては、このような場合、浅い呼吸しかできません 。
■「胸郭のニュートラル化」で改善
それでは、これらの課題はどうやったら改善できるのでしょうか。その鍵が「胸郭のニュートラル化」です。その方法とは「画像G」のように肩の下(左第7肋骨)にゴムボールを入れ床に押し付けるように反復します。これを続け左の広背筋に学習運動をさせることで胸郭が中心に引っ張られ、左右対称に近い胸郭に近づけることが可能となります。この「胸郭のニュートラル化」こそが“真の深い呼吸”の第一歩となるのです。
◆◆◆ 理学療法的観点から「深い呼吸」を獲得する! ◆◆◆
肩こり、冷え症、便秘、ストレスなどの日常生活のさまざまな身体の悩み。これらのトラブルは、ひょっとしたら「深い呼吸」で解消するかもしれません。今回、私が提唱するのが「深い呼吸」のための「横隔膜の機能アップ」の簡単な方法です。まずは椅子とバスタオルを用意してください。用意が出来たら仰向けになり椅子に足を乗せてください。膝が90度になるようにし、バスタオルの高さが10センチメートル前後になるように畳んでお尻の下に入れます(「画像H」を参照)。これで改めて呼吸をしてみてください。今までとは違い、呼吸が深くなったことを実感できると思います。
これは「骨盤挙上位」と言いリハビリテーションの現場でも行われているトレーニング方法の一つです。仰向けになってお尻を持ち上げた時、腹部にある大腸や小腸など内臓は、重力によって横隔膜に向けて移動します。それが圧力となり、横隔膜が固定され、呼吸がしやすくなるという仕組みです。
この原理は、バランスボールに置き換えることでよく理解できます。バランスボールに圧力をかけ、ボールを膨らまします。もしバランスボール内の空気が極端に少ない場合、ボールの上方から手でボールを押し込んでも大きな力が必要になるだけで効果的にボールの圧力を高められずボールを膨らますことができません。バランスボールを「腹腔(内臓)」、押し込む手を「横隔膜」に置き換えると分かりやすいと思います。このトレーニングを1日5分やることで、身体が「深い呼吸」を覚え、日常生活でも自然とそれを行えるようになります。(この方法を実施するにあたり、心臓の疾患をお持ちの方 、必ず医師の指示のもと行ってください)
演題名:Analysis of thoracic shape during forced breathing - Relationship of the thoracic shape and respiratory function -
学会名:American Association for Respiratory Care 60th International convention (Las Vegas)2014.12
演者名:Tetsuro Hirayama, Tatsuya Ishizuka, Taiichi Koseki, Yuuki Homma, Naoya Nishida, Michie Okazaki, Tomoko Kawasaki, Hirohisa Koseki, Masahiko Izumizaki, Yukisato Ishida, Fujiyasu Kakizaki
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今までに発行したオピニオンレター
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≪Vol.1≫
ポスト・グローバル資本主義としての「合本主義」
提言者:島田昌和(経営学部教授 専門:経営史、経営学)
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≪Vol.2≫
発達障害者が働き続けるために必要な「ライフキャリア教育」
提言者:松爲信雄 (人間学部教授 専門:職業リハビリテーション学)
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≪Vol.3≫
人権を守る新たな概念「ライツ・ベース・アプローチ」の必要性
提言者:甲斐田万智子(外国語学部教授 専門:国際協力、子どもの人権)
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電話番号: 03-5684-4713
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