新規事業を作りたい安定企業に「出会い」の処方箋--常石の「精鋭9人」が挑んだ実践例

 2月19日から3月1日にかけて、本誌主催のカンファレンス「CNET Japan Live 2024」をオンラインとオフラインで開催した。今年のテーマは「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」。官と民、企業と企業などがコラボレーションするオープンイノベーションの事例は増えてきているが、1つの組織だけでは成し得ない大きな成果を実際に挙げている実例は果たしてどのようなものなのか、その中身を探る15のセッションで構成された。

 本記事では、「出会い」を起点とした独自の新規事業人材育成プログラムを提供するフィラメントの代表取締役 角勝氏と、同社の伴走のもとで2023年度からグループ内で新規事業人材育成に取り組んでいるツネイシホールディングスの人事戦略部 清水亜也子氏が登場。昨年度の取り組みの内容と、そこで得られた成果について紹介した。

(左下)ツネイシホールディングス 人事戦略部 清水亜也子氏、(右下)フィラメント 代表取締役 角勝氏、(右上)CNET Japan 編集部 小口貴宏
(左下)ツネイシホールディングス 人事戦略部 清水亜也子氏、(右下)フィラメント 代表取締役 角勝氏、(右上)CNET Japan 編集部 小口貴宏

「安定企業」の常石が新規事業創出に挑戦

 常石グループは、1903年に広島県福山市で海運会社の創業後に事業を拡大し、現在はツネイシホールディングスのもとに「海運」「造船」「商社・エネルギー」「環境」「ライフ&リゾート」の5つの分野で国内外で幅広く事業を展開している。

 創業120周年の節目を迎えた2022年には、新たに「未来の価値を、いまつくる。」というグループスローガンを策定した。清水氏は「創業以来大切にしている理念、価値観は軸として大切に持ちながらも、新たに生まれる社会課題に新しい価値に基づくソリューションを提供していく企業であり続けるという意志を込めている」と説明する。

常石グループの歴史
常石グループの歴史
常石グループのグループスローガン
常石グループのグループスローガン

 「未来の価値を、いまつくる。」ために何をする必要があるかを考え、出した答えが“次の時代に柱となる新しい事業を作っていくこと”だった。そこで同社ではグループ内企業を再編し、新規事業開発部門を拡充したが、「これまで各事業が安定的に発展してきたという経緯から、社内には新しい事業を生み出すことができる人材が少なかった」(清水氏)という課題が明らかとなった。

「他社の精鋭人材」との出会いで新規事業人材を育成

 そこでフィラメントに支援をあおぎ、2023年度から人事戦略部主導のもとで、グループ全社員を対象とした新規事業人材育成の取り組みを開始している。清水氏はコーポレート広報担当から人事戦略部に異動し、新規人材育成の事務局を務めながら、自らチームメンバーとして今回のプログラムにも参加している。

 フィラメントは、企業の変革をプロデュースすることをミッションとし、「新規事業の創出」「新規事業を創れる人材育成」「パーパスやミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の策定と社内浸透」を手掛けている。トップの角氏は大阪市役所で公務員を20年経験し、そこでオープンイノベーションスペース「大阪イノベーションハブ」の立ち上げと運営に携わったことをきっかけに、同社を起業した。

 角氏は自らを、「新規事業創出のための閃きと行動を引き出す伴走型アイディエーションファーム」と表現し、活動内容に関して「クライアント企業の方々と一緒に新規事業を創っていく、一緒に新規事業を創れる学びを蓄積して成長していくという活動をしている」と説明する。また非常勤メンバーに、ビジネス・新規事業開発界隈の多くの有名人が名を連ねていることが大きな特長となっている。

フィラメントの概要
フィラメントの概要
フィラメントのメンバー
フィラメントのメンバー

社内の精鋭9人が新規事業アイデア創出に挑戦

 常石グループにおける新規事業人材育成プログラム研修では、グループ3社から9名のメンバーが選ばれ、会社を横断した3つの新規事業チームを組成して開始された。チーム分けに関しては、「アセスメントツールを活用し思考の特性を見て、強みと弱みを踏まえてチームとして進んでいきやすいような組み合わせを考えた」(清水氏)という。

3つのチームで新規事業人材育成プログラムに挑んだ
3つのチームで新規事業人材育成プログラムに挑んだ

 プログラムの目的としては、新規事業創出にあたり実践可能な知識を身に着けた人材育成をミッションとした。期間は4月から12月まで8カ月強で、その間にビジネスの基礎からアウトプットまで、新規事業創出のプロセスを疑似体験した。

 まず基礎的な知識を身に着けるための座学を受け、新規事業に生かしやすい自社の強みやその強みが活用しやすい業界などをそれぞれが考えて提出。そこからチームごとに専属の「共創メンター」が伴走し、提出した内容を添削してフィードバックした。その後は対面のワークショップや隔週ごとのメンタリングを経つつ、要所要所で社外交流も織り交ぜるという流れで進められた。

5つのプロセスで行われるフィラメントの新規人材育成プログラム
5つのプロセスで行われるフィラメントの新規人材育成プログラム
フィラメントが提供するカリキュラムの内容
フィラメントが提供するカリキュラムの内容

複数回の“生々しい”出会いの場を設定し意識変革を促す

 この中で特徴的なメニューが社外交流だ。よくある異業種交流会や視察レベルのものではなく、フィラメントでは「生々しい、『ちょうど今この人と会った事によって自分のこれからが変わる』という意識になるような出会いをアレンジしている」と角氏は話す。

 「まず他社の視点を知ることで、自社をより良く知ることができる。そして他の会社・カルチャーで育ってきた人たちと話をすることによって、切磋琢磨するような関係性を作り上げることができる。さらに多様な価値観を知り、プロジェクト型の仕事の仕方やメタ認知の仕方を知ることができ、知り合った人を自分の仲間に巻き込んでいく力を高めることができる。そういったことを意識して社外交流の場を作っている」(角氏)

社外人材と交流する際に得られる6つのメリット
社外人材と交流する際に得られる6つのメリット

 今回の研修では、多くの「出会い」の場が設定されている。まずは「共創メンター」との出会いで、GAFAや国内大手メーカー出身の新規事業創出スペシャリストが2人ずつ付いてサポートをする。その他、7月、10月、11月にそれぞれオフサイト研修を実施し、外部の新規事業開発担当者たちと複数回の交流を行っている。

 7月には大阪で2日間の交流を実施。初日は商工中金とヤフー(現LINEヤフー)、2日目はNTT西日本のオープンイノベーション拠点であるQUINTBRIDGEを訪れて、アイデア創出ワークショップやビジコン参加者などとの意見交換会を行った。そこで衝撃を受けたと清水氏は明かす。

 「特に印象的だったのが商工中金さん。私たちも事業アイデアを生み出すためにリサーチやヒアリングをしていたが、なかなかうまくいかないので先行する商工中金さんがどうしているかを聞いたら、事業プランを構築するフェーズですでに80社近くリサーチしているという話で、『行動量が全く違う。うまくいかないのは当然だ』と気付かされた」(清水氏)

7月の大阪研修の内容
7月の大阪研修の内容

 10月には近畿大学の学生起業家が集まるシェアオフィス「KINCUBA Basecamp」で研修を行い、お互いにピッチを披露し合って意見交換をした。またLINEヤフーで、社内起業して失敗を経験した人物と交流・意見交換し、「実践のプロセスを詳しく紹介してもらい、自分たちがいまどの位置にいるのか現在地確認ができた。また何が失敗の要因で、どこをうまくできれば成功する可能性が高くなるかというヒントを貰えた」(清水氏)という。

10月の大阪研修の内容
10月の大阪研修の内容

 さらに11月には東京を訪れ、イントレプレナー・アントレプレナー向けシェアオフィスの「Musashino Valley」において、レノボ・ジャパンCOOの山口仁史氏の講演と、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長でフィラメントCIF(Chief Issue Finder) 伊藤羊一氏のワークショップ、学生起業家などによるピッチイベントに参加した。その際には他の会社からの参加者もいて、「彼らがワークショップの中でどう考えて行動して発言しているかを隣で見ることができたのが刺激になった。やりたいことにはどんどん熱を傾けていけばいいという自信や勇気をつかむことができた」と清水氏は当時の心境を語る。

11月の東京研修の内容
11月の東京研修の内容

 このようにフィラメントの新規事業人材育成プログラムは、独自のワークショップや社外人材との出会いを通じて行動の変化を促し、柔軟性と主体的行動力を併せ持つ人材を育成する形となっている。出会いを作る際には、受講企業に合わせて様々な企業とのアレンジをしているが、「自分たちと違う文化の人たちと出会えば学びは大きいが、あまり違うと別世界の人と捉えられてしまうことがあるので、そうならないように工夫している。学んでいる人たちにとって自分事として“刺さる”相手を選ぶことと、選んだ後にFacebook等で繋がってもらって、継続的に連絡が取れるようにアレンジしておくことを重視している」(角氏)という。

事業化検討レベルのアイデアが誕生し活動は第2期へ

 プログラムの最後に、ツネイシホールディングス社内でDemodayを開催し、それぞれがビジネスプランを披露した。運営と当事者の立場を経験した清水氏は、「3チームとも今後の事業化検討に進むレベルの事業アイデアを生み出すことができ、自分たちが持っているアセット、これまで培ってきた強みを生かして社会課題に貢献するというプランを考えることができた」と成果を語る。

 また、角氏は、清水氏の上司である人事担当役員から、「参加した9人の思考や行動が凄く変わった。新規事業の実践者としての一歩を踏み出すことができたと高い評価を受けた」と明かす。2024年度は参加者も増やして12名による第二期のプログラムが開始する予定だ。

一期プログラム参加者とフィラメントのメンター(Demodayにて)
一期プログラム参加者とフィラメントのメンター(Demodayにて)

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