神奈川県は「社会課題の集積地」--自治体主導のオープンイノベーション支援とは

 本誌CNET Japanは2024年2月19日から3月1日の9日間、「CNET Japan Live 2024」を開催した。今回のテーマは、「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」。2月28日に登壇した神奈川県は、ベンチャー企業の創出と育成に向けたさまざまな取り組みを紹介した。

 このなかでも、「ビジネスアクセラレーターかながわ」(通称BAK(バク))では、ベンチャー企業の成長加速を目的に、大企業とベンチャー企業によるオープンイノベーションの促進にも取り組んでいるという。

 本稿では、「神奈川県のベンチャー支援・オープンイノベーション支援~HATSU-SHINかながわモデル~」と題して行われた、神奈川県 産業振興課 副主幹の上野哲也氏の講演をレポートする。

  1. 神奈川県の起業・ベンチャー支援の概要
  2. ビジネスアクセラレーターかながわ、「BAK」4つの取り組み
  3. 事業化そして社会実装へ、「BAKインキュベーションプログラム」
神奈川県 産業振興課 副主幹の上野哲也氏(写真右下)、モデレーターは朝日インタラクティブ CNET Japan編集長の加納恵が担当(右上)
神奈川県 産業振興課 副主幹の上野哲也氏(写真右下)、モデレーターは朝日インタラクティブ CNET Japan編集長の加納恵が担当(右上)

神奈川県の起業・ベンチャー支援の概要

  神奈川県の起業・ベンチャー支援は、2つの枠組で実施しているという。1つは、かながわ“発”起業家の創出を目指す「HATSU(ハツ)」。鎌倉、厚木、小田原の3エリアにある県内コワーキングスペースと連携し、「起業家創出拠点」と位置付けて支援を行っている。

 もう1つは、成長期ベンチャーと大企業の協業などを通じて、新しい一歩を支援する「SHIN(シン)」。横浜にある「SHINみなとみらい」を拠点として、各種プログラムを提供している。

 この2つを合わせて、ベンチャー支援のかながわモデル「HATSU-SHIN KANAGAWA」としている。

 神奈川県の起業・ベンチャー支援の特徴を、上野氏は「企業の成長段階に応じて、起業前、立ち上げ期、その後の育成、成長と、各段階に応じて支援するプログラムを提供している」と説明した。

 続けて上野氏は、HATSUとSHINの具体的な活動内容を紹介した。「HATSU起業家支援プログラム」では、鎌倉の「HATSU鎌倉」、厚木の「AGORA Hon-atsugi」、小田原の「ARUYO ODAWARA」という県内3つの拠点において、起業志望者、先輩起業家、サポーターや地元企業などが集まる支援コミュニティを運営中だ。

 また、「チャレンジャー」と名付けた有望な起業準備者を各拠点で募集して、起業に必要な知識を学べる講座の開催や、個別のメンタリングを通じた事業化サポートなどを通じた、半年間の伴走型集中支援も行っている。このHATSU「チャレンジャー制度」では、これまでに89名を集中支援、66名が事業化するなどの成果を上げているという。

 次のステージが、企業後の「成長支援」だ。「SHINみなとみらい」を拠点に、事業拡大に向けた個別支援のほか、大企業とベンチャー企業の協業による新たな事業連携支援といった、ベンチャー支援・オープンイノベーション支援を行っているという。

 「SHINみなとみらい」は、「WeWorkオーシャンゲートみなとみらい」内に、2019年11月に開設された。「SHINみなとみらい」の利用者は、シード期のベンチャーはもちろん、大企業の従業員や、投資家、金融機関・行政の職員など多種多様で、「SHINみなとみらい」の専用スペースのみならず、WeWorkという場所自体も活用しながら、マッチングを図っているという。

 現在、コミュニティメンバー数は200名を超える。日々、勉強会や、大企業との交流会、投資家との交流会などを県として企画している。上野氏は「いろんな属性、いろんな立場の人が交流する場として位置付けている」と話す。

 また、「SHINみなとみらい」を活用して、「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」という起業初期の有望ベンチャー企業への支援も行っている。上野氏は、「神奈川県の抱える社会課題を解決する社会価値型スタートアップの支援に重点を置き、毎年約10社を採択して集中支援を行っている」と話した。

ビジネスアクセラレーターかながわ、「BAK」4つの取り組み

 このように、神奈川県はさまざまな取り組みを同時並行で実施しているが、2019年に立ち上げた「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」では、県内に拠点を持つ大企業と質の高いベンチャー企業の事業連携を、強力に推進しているプログラムだ。

 「BAK(バク)協議会」と呼ばれるコミュニティには、現在630社が参加しており、各企業は取り組みたいテーマに応じて連携プロジェクトを作ることができ、事業化に向けては県からの支援も得られる。

 具体的には、大企業が取り組みたい内容や分野、自社が提供できるリソースや、抱えている課題を公表し、ベンチャー企業がこれに対して、自社が持つ革新的なアイディアや技術を提供することで、両者の強みを生かした連携プロジェクトの創出を目指す。3年半で49件の連携プロジェクトを創出したという。

 例えば、大手のジェイックとAI技術に強みをもつエフィシエントの事業連携では、コロナ禍でリアルでの面接指導ができない状況下において、AIを活用した面接練習アプリを開発した。「現在2万ダウンロードを超えたと聞いている」(上野氏)など、社会実装が進む事例だ。

 また、神奈川県内にある大手鉄道各社との連携では、地域の活性化につながるプロジェクトや、実際に駅の店舗などのリソースを活用した実証実験が行われた事例もあるそうだ。

 このような、大企業とベンチャー企業のオープンイノベーションを推進するうえで、県としての支援は大きくは4つある。「マッチング」「実証フィールドの獲得」「広報活動」「事業推進に向けたブラッシュアップ支援」だ。

 「マッチング」では、BAKの公式ホームページに、大企業が取り組みたいテーマを発信する場を設けた。例えば食品関連企業のグリーンハウスは、「食を通じて健康とホスピタリティの未来を共創したい」というテーマとともに、パートナー企業に求める技術やサービス、自社が提供できるリソースやアセットを掲載した。

 2023年度は、20社の大企業がこの場を利用し、全国のベンチャー企業からの提案を受け付けたという。

 「実証フィールドの獲得」では、例えば介護施設をターゲットとしたプロジェクトにおいて、県で繋がりのある企業やBAKに参加している介護施設などに交渉して11社を紹介し、実際のヒアリングを経て、2施設での実証実験実施まで漕ぎ着けたという。

 県庁内や市町村のさまざまな関係部署に、BAKを手がける産業振興課から働きかけることで、多様なジャンルにおいて各部署と連携しながら、ベンチャー企業だけでは難航しがちな「実証フィールドの獲得」が可能になる。また、職員自らがデータ収集のためモニターとして参加することもあるという。

 「広報活動の支援」では、せっかく生まれたプロジェクトを途絶えさせない試みだ。「社会実装に向けて進めていく」ことを目的に、多くのユーザーに知ってもらう、さらなる連携先を見つけるため、例えば実証や事業化のタイミングで県からもプレスリリースを出す、知事会見の場で取り組みを紹介するなどの広報活動も行っている。

事業化そして社会実装へ、「BAKインキュベーションプログラム」

 そのうえで、本当に有望な新しい連携プロジェクトについては、県から支援金の提供と、同時に県や事務局も伴走して支援を行う、「BAKインキュベーションプログラム」を提供し、2023年度は15件を採択したという。上野氏は、「我々としては、支援したプロジェクトの製品やサービスが事業化されることで、社会に届けていきたい、という想いがある」と話す。

 特に2023年度からは、県としても重要課題である「脱炭素推進」に寄与するようなプロジェクトについて、採択を強化した。また、農業、介護、建設DX、廃棄プラスチックのリサイクル、ヘルスケアなど、多様な分野での支援も行っている。

 直近でも、実証実験の開始や、体験イベントの開催など、常にいろんな分野で動きがあるという。

 他方、もっと気軽にオープンイノベーションについて知りたい“ライト層”にも門戸を開いている。毎月1回のペースで、BAKでイベントも開催中だ。「サーキュラーエコノミー」「D&I」「エンターテイメント」「製造DX」など、世の中的にも注目度の高いテーマで、学ぶとともに参加者同士の出会いやマッチングも見据えている。

 最後に、上野氏は「オープンイノベーションに興味があるが社内体制もこれからという場合は情報収集を目的としたイベントや交流会への参加、実際のアクションに繋げていきたいフェーズに来たらリバースピッチやアイデアソンをBAKと一緒に開催してみる、さらにイベントを超えて企業からの提案を受け付けたい場合はパートナー募集の告知を行う、そしてプロジェクトを加速させたい場合は伴走支援プログラム、と各段階に応じて支援するプログラムを提供している」と呼びかけて、講演を締め括った。

 質疑応答では、「大企業とベンチャー企業の両方と知り合うために、どのような活動をしたのか」と尋ねれると、「そこが一番最初に苦労したが、本当に地道に1社ずつ訪ねて、お声かけした」と明かしつつ、「現在はBAKを始めて4年が経つので、一緒にやりたいというお声もいただけるようになり、本当にありがたい」と語った。

 また、「神奈川県ならではの取り組みとして、社会課題を解決する社会価値型スタートアップ支援が挙げられるが、どのような社会課題があるのか」という問いに対しては、「神奈川県は人口も多く、少子化高齢化も進んでいるので、未病対策をはじめとするヘルスケア分野や、子育て支援、また人口集積という観点では防災や災害対策も重要だ。また、横浜や川崎のような都市部もある一方、海や山もあり、農林水産業も盛んで、日本全国にある課題が集積しているのではないかと思う」と答えつつ、さまざまなプロジェクト事例を挙げて取り組み状況を補足した。

 大企業は神奈川県内に本社がなくても、支店があればBAKに参加できるという。また、ベンチャー企業は全国から応募可能だ。「伴走集中支援のプロジェクトの応募資格は、年度によって所在地要件も変わるため、最新の情報を確認して欲しい」(上野氏)ということなので、興味がある企業は一度BAKのホームページを覗いてみてはいかがだろうか。

神奈川県公式サイト内「オープンイノベーションプログラム“ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画広告

企画広告一覧

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]