「Web3.0」という言葉をビジネスイベント、ウェブメディア、SNS、政党や省庁からの公表物など、国をまたいでさまざまな場所で耳にするようになりました。
このWeb3.0は、「トークン」と称されるような、ブロックチェーン上で発行され個人間で自由に移転可能な価値の記録を通じて、新しいサービスの設計、ユーザー導線を検討するものですが、その定義は学術的に定められておらず諸説あります。まだおぼろげな概念でありながら、2022年には自民党 web3プロジェクトチーム(web3PT)の活動を筆頭に、日本の経済成長戦略に係る骨太の方針にその推進が掲げられ、年末にはデジタル庁 Web3研究会、経済産業省 産業構造審議会から立て続けに大規模な調査、研究資料が公表されました。
一方で、世界のWeb3.0に関する動向を俯瞰すると、2022年は大規模な事件が複数発生し、イノベーション領域として注目を浴びて集まっていた企業投資、顧客の資産が棄損されるというネガティブな側面が強い一年でした。
「Terra」「LUNA」という、アルゴリズムによって1トークン=1ドルの価格安定を試みる実験的なトークンプロジェクトが2021年9月頃から韓国、東南アジアを中心に広く利用されるようになりましたが、その価格維持機能が5月に崩壊してしまい、顧客資産やベンチャーキャピタルの資産を棄損、市場全体に大きなダメージを与えました。
それを端として、シンガポールの大手Web3.0ヘッジファンドでピーク時には1兆円超の資産運用を行っていたThree Arrows Capitalが債務不履行に陥り破綻しました。
極めつけは、世界で1、2位を争う暗号資産取引所であったFTXが顧客資産を投資部門に流用していたこと、そのバランスシートの大半が独自に発行したトークンによって穴埋めされていたという事実が明らかとなり、1、2週間のうちに破綻に追い込まれました。余波の収束は未だ見えておらず、これらの出来事は、業界の世界的な未成熟さをあらわにしたといえます。
他方、日本においては2018年の国内取引所の顧客資産流出をきっかけとして暗号資産交換業の規制が整備され、顧客資産が棄損されることのないよう分別管理が厳しく徹底されていることから世界の負の潮流の影響はさほど受けませんでした。その結果、日本では粛々とビジネス参入や冒頭の政府や省庁における研究、環境整備が進められています。
ビットコインは未だに「10分待たないと決済が完了できない」というイメージが根強いですが、クレジットカードと同水準の速度で決済を完了できる技術開発「Lightning Network」が既に実装されています。
スイスのルガーノ市では、ビットコインやドルに連動したUSDTを支払いに利用できる官民連携プロジェクト「Plan B」が2022年10月から実施され、2023年末までに2500店舗以上への導入が目指されています。
You can now pay at @McDonalds in Lugano with #Bitcoin, #Tether and the city's own stablecoin #LVGA.
— Lugano Plan (@LuganoPlanB) October 4, 2022
Get ready to spend your crypto in 100+ stores during the Plan Forum 28-29 October 2022.
Get your tickets now https://t.co/AiMQDr9xUW#LuganoPlanB pic.twitter.com/hakTrSDaHq
ルガーノ市のマクドナルドでスマートフォンからビットコイン決済をする様子
中米グアテマラでも金融インフラの不完全な発展途上国ならではの現象として、ビットコインの決済導入、金融教育、それらを開発する人材誘致による地域経済の活性化を目的とした「ビットコインレイク」というプロジェクトが始動しています。
In case you haven't noticed. LG! #Bitcoin #Bitcoinlake #Guatemala - map via @GaloyMoney Bitcoin Beach Wallet pic.twitter.com/Wp9yRmDDOG
— Bitcoin Lake / Lago Bitcoin Guatemala (@LakeBitcoin) May 22, 2022
ビットコインレイクでビットコイン決済可能なグアテマラの店舗
ほかにも東南アジアなどさまざまな地域で同様のプロジェクトが勃興しており、海外旅行者が現地通貨への両替を行わずに済む決済環境の整備と特色のある観光地としてのPRも兼ねた実験となっています。
ビットコイン上で決済利用されている金額は年々増加しており、さらなる開発提案やアプリケーションの開発が次々に生まれているため、2023年も更なる発展が見込まれます。
Ethereumにおいては、NFTと呼ばれるデジタルアートやホテルの宿泊券などに応用される規格のトークン流通が盛んです。しかし、ガス代と呼ばれる高額なネットワーク利用料が必要であったり、誰でも取引データを閲覧できるブロックチェーン特有の透明性すなわちプライバシーに問題があったりと、一般の方々が利用するにあたっては課題が山積しています。
これらの課題を解消するために、数学と暗号技術を応用した「ゼロ知識証明」という技術の開発実装が活発化しており、処理能力とプライバシーの向上が予想されます。Ethereumの競合的位置づけであるPolygonと呼ばれるブロックチェーンは大手企業の導入が進んでいます。スターバックスでの導入事例では、NFT化されたデジタルスタンプを購入し、それに付随するイベント参加チケットなどの特典を付与することで、トークンを通じた新しい顧客体験の提供が目指されています。
2022年は業界にとって世界的にネガティブな出来事が続きましたが、それでも期待値は落ち込んでいません。特にゲーム領域への応用に期待し、大企業が参入しています。
日本においても、スクウェア・エニックス・ホールディングスの松田洋祐社長は2023年の年頭所感において、ブロックチェーンゲームの開発とグローバルでの出資を継続していく旨を表明しました。また、GREEはシンガポールに子会社を設置するなど、ブロックチェーンゲーム開発、Web3.0事業参入を進めています。
2022年まではコアなファン向けのブロックチェーンゲームでしたが、ゲーム業界に精通したプレイヤーの参入か加速することで、より広く一般に遊ばれるゲームが生まれるでしょう。
グローバルなWeb3.0の分野では、暗号資産と同様にブロックチェーン上で発行される「ステーブルコイン」という、ドルなどの法定通貨に連動したトークンが利用されています。これらは価格の安定性から、リスクオフ資産や企業の出資資金、Web3.0ネイティブなプロジェクトでは給与支払いなど幅広く利用されています。
日本においても2022年の資金決済法改正を皮切りにこのようなトークンについて「電子決済手段」という位置づけで、目下環境整備がなされています。銀行や資金移動業者、信託銀行等がこれらのトークンを発行できるなど、円建てやドル建てのトークンとして今まで価格変動にさらされていた暗号資産とステーブルコインの世界が結びつくことにより、より安心して利用できる環境が整備されます。ステーブルコインを組み込んだサービスの開発や、それらの発行、流通に関するビジネスが日本国内で検討される年になるでしょう。
また、暗号資産を発行する企業の法人税制が他国と比較して劣後していることが問題視されていましたが、それに対する手当が2023年自民党税制改正大綱に盛り込まれました。前述のゲーム分野など、暗号資産を発行して組み込む新しいサービス設計が本格化するでしょう。
FTXの破綻を受けて、日本が先んじて導入してきた顧客資産の分別管理や透明性について整備が進むでしょう。形成される価格に疑義のある取引所トークンや、顧客資産を基とした無暗な投資は減り、着実で健全なエコシステムの成長が進むことが期待されます。
2020年の高金利をうたった分散型金融サービスの盛り上がり、2021年のNFT価格の暴騰、2022年の複数の事件を経て、暗号資産、Web3.0分野は「冬の時代」に入ったとの声が挙げられています。
しかしながら、グローバルの開発者、起業家の様子を見ると、技術やサービス開発の手は止まっていません。むしろこの冬の時代を乗り切るため結束を強めているとも感じられます。それを受けて大手企業の参入も着実に進んでいます。
Web3.0という分野が、過剰な情報に踊らされることのない落ち着いたタイミングに入り、地道に進む技術や制度が発展していくことをポジティブに捉えていただくと、新しいビジネスの芽につながるかもしれません。
大津良裕(おおつ よしひろ)
日本暗号資産ビジネス協会 マネージャー、広報担当
建築設備系の学術団体で管理部門として会員組織のデザイン刷新に携わったのち、2020年より現職。
暗号資産、Web3.0分野のビジネス環境整備に携わる傍ら、プライベートの活動としてクリプト関連プロジェクトの情報整理やサービス解説記事、海外情報等の記事執筆によるサポートを行う。
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