ITビジネスメディア「CNET Japan」と宇宙ビジネス専門メディア「UchuBiz」は12月6日、第2回となる宇宙カンファレンスをオンラインで開催した。宇宙ビジネスの市場規模は、10年後にグローバルで100兆円を超えると言われ、日本国内でもさまざまな業種からの参入が相次いでいる。
本稿では、宇宙での「美と健康」の維持をテーマに、大手化粧品メーカーの資生堂と、インナーウェアをはじめとした繊維製品を手がけるワコールの講演をレポートする。後半のディスカッションでは、CNET Japan編集長兼UchuBiz共同編集長の藤井涼がモデレーターをつとめ、宇宙領域への参入に対する社内の反応なども聞いた。
資生堂から登壇したのは、R&D 戦略部グループマネージャーの中西裕子氏だ。同氏は化粧品の処方開発や基礎研究など、新卒入社より一貫して研究畑を歩んできた。現在は新規研究の企画立案や、資生堂R&Dオープンイノベーションプログラム「fibona」のプロジェクトリーダーとしても活躍している。
資生堂は2022年に150周年を迎えた。「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD」というミッションを掲げ、宇宙にいる女の子をメインビジュアルとして、「美しさとは、人のしあわせを願うこと」という企業メッセージも発信している。中西氏は「化粧品に留まらず、ビューティーウェルネス事業を通じて、人々が幸福を実感できるサステナブルな社会を目指したい」と話す。
同社は2019年、横浜市のみなとみらい地区に新たな研究所を開設し、研究所主導でオープンイノベーションプログラム「fibona」を推進している。
fibonaの主な取り組みは4つだ。スタートアップと共創して新たな研究開発に取り組む「Collaboration with startups」、研究員がお客さまと直接触れ合って研究開発を進める「Collaboration with consumers」、研究の成果をクラウドファウンディングやβ版ローンチプラットフォームなども活用して市場導入する「Speedy trial」、さまざまな業種とのコミュニケーションを推進し、イノベーションを生み出す風土を醸成する「Cultivation」だ。
JAXA主催の「THINK SPACE LIFE アクセラレータプログラム」に採択された「生活リズム / 体内リズムの見える化と適正化による美の実現」も、fibonaでスタートアップとの共創に取り組んだ案件の1つとなる。
着眼点は、宇宙と地上の「デュアルユース」だ。中西氏は、「宇宙では日の出や日の入りがないため、生活リズムや体内リズムが乱れがちになる。コロナ禍で在宅勤務が続いたり、海外との仕事で時差の影響を受けたりすると生活リズムが乱れていくのと同じ。宇宙での課題と、地上での現代の課題は、ぴったりと重なるところがある」と言う。
現在もセンサーを用いた身体の不調の可視化や、生活リズムや体内リズムを整えるためのソリューション開発を目指して、スタートアップと共同研究を続けている資生堂。そんな同社だが、宇宙関連で商品化まで至った実績もある。2000年に、宇宙で咲いたバラの香りを再現した香水をローンチしているのだ。
中西氏は「当時はサイエンスに基づきつつ、ストーリーや宇宙のロマンなども価値として重視されたが、現在はテクノロジーの進化が一層進み、宇宙での生活や、そこで人の感じる『美しさや豊かさ』を、より現実感を持って考えられるようになった」と話し、今後のさらなる研究に意欲を示した。
ワコールから登壇したのは、人間科学研究所企画課の高木映子氏※。デザイナーとして入社し商品開発やブランディングに携わったバックボーンを活かしつつ、現在は身体の計測や研究を通して新規領域の開発に携わっている。
※高(漢字ははしごだかの高、以下同)
例えば「重量ケア商品開発」では、飛行機で急上昇後に急下降することで、約20秒間の無重力状態を作り、その間にバスト計測を行なって、「無重力下ではバストの上部の皮膚が伸ばされていない」ことを突き止めた。
この知見を生かしたのが、2020年から商品化に挑んでいる「重力に負けないバストケアBra & バストケアガードル」だ。同製品では、日常生活で10分に1回は前傾姿勢をとることに着目し、「普通に暮らしていると重量がかかっている部分が無重力になったらどうだろう」と、実験結果を商品開発に生かしてきた。
JAXA主催の「THINK SPACE LIFE アクセラレータプログラム」に採択された「非重力負荷環境を見据えたフットケア / ヘルスケアの実現」では、宇宙靴下(アストロソックス)を開発した。
事前に宇宙飛行士に課題や要望をヒアリングすると、さまざまなことが分かったという。無重力空間では、足を手のように使い、足を引っかけて身体を固定させるため、靴下がボロボロになりやすい。また、支給される靴下を連日着用し、洗濯もできないため、臭いも気になる。足で身体を固定するときに楽になるとよい、足が痛くなりにくいような靴下がほしい、などの要望もあった。
高木氏は、「記者会見の時に、ボロボロになって穴が開いた靴下なのがとても恥ずかしい、穴の開いた部分から怪我をしてしまうこともあるなど、リアルな声をお聞きした。また、ISS内の動画を見ると、足のグリップ力がとても必要であるとか、身体を支える機能が重要であるということも分かった」と振り返る。
商品開発でこだわったポイントは3つだという。「足の裏」「足の甲」「つま先」を、まるで、4本の手のような感覚で自由に動かせるように足袋型の形状にして開発した。
具体的には、足の裏や甲に、グリップ力を補強するためのシリコンプリントを広範囲に施したり、痛みを軽減するために肌側にパイル素材を用いた。また、全体的にはクッション性のある厚地の生地を用い、足首をサポートする形状にした。さらに、抗菌防臭糸を地組織に使用するなどの工夫を凝らした。
色は、青、赤、白、チャコールグレーの4色。宇宙飛行士の意見も確認しながら決めたという。「地上でも普段と変わらないベーシックな色や、日本の技術力や私たちの想いも込めて赤やサムライブルー。色を選ぶ楽しみを持っていただきたいなと考えた」また「この靴下が足袋型なのは、性能もあるが、宇宙へ『タビ』立たせるという未来への気持ちも込めた。これからも研究も開発もワクワクしなら進めたい」(高木氏)
今後もワコールは、「重力」や「宇宙」をテーマに研究開発を進める予定だ。やはり宇宙と地上の「デュアルユース」が視野に入っているようだ。
高木氏は「インナーアパレルメーカーである私たちだからこそ、肌の近い部分での開発のノウハウがある。それを生かして、宇宙および地上での生活の課題解決や、利便性の向上に繋がる、安心安全な製品を開発していきたい」と話した。
宇宙起点に「地球ビジネスの発展」を目指す
後半は、中西氏と高木氏、そしてモデレーターの藤井の3名でディスカッションした。ワコールの取り組みを深く頷きながら聞いていた中西氏が、「工事現場の方が履くソックスなど、地上での展開もすごく想像が膨らんだ」と感想を述べると、高木氏は、「まさに、工事現場の方の足元や、手袋などもヒントに、足袋型にした」と応えた。
一方の中西氏は、「宇宙は特殊な環境かと思いきや、リズムの乱れや水不足、災害時など、現代の課題に近いことが具体的に起きている場所。宇宙という環境を活かした研究開発は、最終的には地上でも宇宙でも、より良い生活につながる」と続けた。
藤井が「宇宙領域への参入で、社内で話していることは」と尋ねると、中西氏は「2つあって、1つは宇宙という環境の特殊性。人の研究を深める場としてすごく面白い。もう1つはグローバルというものの見方が変わるという点。宇宙ビジネス参入というより、環境負荷低減など地球ビジネスの発展を見据えられる、という会話もしている」と明かした。高木氏も、「宇宙と地上の共通点や宇宙での知見は、地上での快適性につながる、ということを社内でもっと広めていきたい」と話した。
宇宙は季節を感じられない、メイクできないなどの山崎直子宇宙飛行士からの指摘もある。藤井が「女性ならではの、宇宙ビジネスのアイデア」に話題を移すと「無重力下での毛穴ケア」「お肌のバイオリズム改善」「宇宙ライフ専用化粧水&乳液」など、宇宙美容や健康の話題で盛り上がった。
視聴者からも「理論的には無重力空間にいればスタイルが保てるのだろうか」「実際に使った宇宙飛行士の方からの感想は」など、多くの質問が寄せられた。
ちなみに本セッション終了後には、ISS滞在中の若田光一宇宙飛行士へのスペシャルインタビュー(事前収録)も配信した。実際の使用感も聞いているので、こちらの記事も併せてお読みいただきたい。
(この記事はUchuBizからの転載です)
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