ビジネス環境の変化に取り残されないために新規事業に取り組む流れは、民間企業だけでなく政府系企業にも及んでいる。政府系金融機関である商工組合中央金庫(商工中金)は、2018年から社内ビジネスコンテストを開催しており、本業には直接的に関係しないようなアイデアも採用して、事業化につなげている。コロナ禍を挟んで2022年の今年は3回目の開催。100名近くの社内応募者のなかから選ばれた、一次審査通過者29人がアイデアを洗練させていく場を取材した。
商工中金のビジネスコンテストは「新しい企業文化と事業の創出」を目的として、新規事業創出を支援するフィラメントの協力のもと実施している。2022年は6月からスタートし、最初のステップとなるプレエントリーには過去最大の96名が応募。若手社員はもちろんのこと、パートタイマーから管理職まで多様な人材がアイデアを寄せた。
その後は、他社との交流会や他社ビジネスコンテストの見学会、社内講演・相談会、Slackを使ったオンラインメンタリングなどを通じて、会社としてアイデア創出のサポートを全面的に行ってきた。11月の一次選考では29名が残り、今後は2023年3月末までアイデアのブラッシュアップを続け、最終のアイデア発表と審査によって2件または3件を採択する予定。採択したアイデアについてはPoCを実施し、事業化の本格的な検討を進めることになる。
2018年の第1回コンテストで採択されたアイデア「幸せデザインサーベイ」は、2020年に実際に事業化し、700社が採用するサービスに成長している。「中小企業の幸せを可視化する」という同サービスは従業員のウエルビーイングの実現を図るもの。従業員を対象に幸せに関するアンケートを取り、それをレポート化して社長に報告し、アンケートと社長の想い、会社方針を踏まえ、企業の改善に向けた取り組みを商工中金が支援するという内容だ。
そのような成功事例もあることから、商工中金代表取締役社長である関根正裕氏のビジネスコンテストに対する期待は大きい。「お客様のニーズは多様化し、課題も多種多様で、高度な対応も求められている」と同氏。ビジネスコンテストは、それに必要となる「幅広い経験、知見」を得られる貴重な場であり、「職員の成長にも資する」と話す。アイデアには本業とのシナジーは求めず、あくまでも「社会のニーズに応えるような豊富なアイデアを出してもらう、そのプロセスが大事」とも。結果にこだわらない思い切りの良さが同社のビジネスコンテストの特徴とも言えるかもしれない。
12月12日に行われた一次審査通過者向けの中間報告と研修を兼ねたイベントでは、9チーム29名がそれぞれのアイデアを発展させていく前段階として、ユニークなブラッシュアップの仕方に取り組んだ。それは、アマゾンが社内で作成していると言われるプレスリリースに近いスタイルの資料を作る、というもの。チームメンバー1人1人がアイデアに沿って事前に作成して持ち寄り、この日はそれら複数の資料を統合してA4用紙1枚分にまとめる形をとった。
中身はタイトル(見出し)から始まり、導入となる要約文、そのプロダクトやサービスが解決する「課題」、どのように課題解決するのかを説明する「ソリューション」が含まれる。また、自分たちのアピールしたいポイントを記述する「提供者側の声」に加えて、そのプロダクト・サービスを実際に利用した想像上の「顧客の声」まで記載する。
アイデアとしては完全に固まりきっていない、まだまだピボットする可能性が大いにある段階。しかし、あえて文字にしてアウトプットすることで、メンバー全員で意思共有を図れるだけでなく、自分たちのアイデアを俯瞰し、そのアイデアの価値を客観的に見極めて改善点を見つけていくことができるようになる。3月の最終審査までブラッシュアップを重ねていくにあたり、その方針のスタートポイントになりうるという意味では重要なステップだ。
最後は完成した9チームそれぞれのA4資料を参加者全員が黙読し、見出し部分のまとめ方に絞って各チームが説明したうえで、全員からフィードバックを求めるというピッチ的な作業を短時間で繰り返していった。
9チームの提案するアイデアには、地域の企業の困りごとや社会課題の解決を目指すもの、あるいはそれを取り巻く環境をより良くするための方策が目立った。全国の中小企業を支える金融機関として、一般の企業にはない視点から課題に気付くことができ、幅広い企業との付き合いから何らかの解決手段も持ち合わせているからこその発想だろう。
たとえば人材・労働力不足に対するアイデアとしては「中小企業の職業体験を通じて、その魅力を発信し新卒採用につなげるサービス」や「旅行者が旅行先で気軽に労働力を提供し報酬を得られるようにするサービス」、「農業に関する知識が少ない人向けにセカンドキャリアでの就農をサポートするサービス」、「育児しやすい企業文化づくりを目指し社内コミュニケーションを支援するサービス」などが挙がった。
また、2024年には働き方改革関連法の影響でドライバーの労働時間に上限が設けられることから、輸送コストの大幅な上昇という課題に直面しつつあるが、その解決を目指すためのアイデアとして、「パレット積みに特化することでより効率的で低コストな輸送を実現する企業と運送会社のマッチングサービス」や「リレー配送によって効率の良い長距離輸送を実現するサービス」を提案するチームもあった。
さらに、「備蓄している防災用品の管理支援と、シェアによって活用を促進するサービス」のように災害対策の裏に隠れた問題を解決するアイデア、「EV化に向け高度な生産管理が必要となっている自動車サプライヤー向けの生産性向上支援サービス」といったような製造業の持続的な発展を目指すアイデアも披露した。
それらのアイデア発表を見守った関根氏は、「これまでは定型的な業務でお客様の課題を解決してきたことが多かったと思うが、これからはそういう時代ではなくなっていく。お客様に寄り添って解決策を提案していけるオンリーワンの金融機関にならなければいけない。そのためには、こういった(ビジネスコンテストの)取り組みが大事。自分でやりたいとことをしっかりやってもらえれば」と参加者にエールを送っていた。
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