クラウド各社が宇宙ビジネスを加速させている。Microsoftもその1社で、2020年10月に宇宙向けクラウド「Azure Space」を発表した。同社は宇宙ビジネスにどのように注力していくのか。Azure Space シニアプログラムマネージャー兼Japan Space Leadを務める世古龍郎氏にお話を伺った。
──世古さんの経歴について教えていただけますでしょうか。
大学では航空宇宙ではなく情報工学を学びました。その後、2012年に日本マイクロソフト株式会社に新卒で入社し、最初は技術部門のエンジニアとして、Windows、Azure、HPC、Surfaceなどさまざまな製品を担当、さらに、テクニカルリードとしてさまざまなAzure製品を担当しました。
その後、社内で宇宙防衛部門の技術戦略担当というポジションが空いていたので、社内異動を経て、パブリックセクター事業本部の宇宙防衛領域の技術戦略担当として、DX活動を推進してきました。
──バックグラウンドは情報工学なのですね。
2020年10月にMicrosoftとして宇宙領域に取り組むことが発表されたことをきっかけに、宇宙領域の技術の勉強を始めました。そして、最終的に宇宙との関わりをもっと増やしたいと思い、2022年2月にMicrosoftの本社組織に異動しまして、現在はストラテジックミッション&テクノロジーという部門に所属しています。シニアプログラムマネージャー兼Japan Space Leadという肩書で、Azure Spaceの推進および日本アジアの宇宙に関わるお客様の協業などを担当しています。
──宇宙への憧れに関してはいかがですか。
小さな頃は「自分がロケットになって宇宙に行きたい」とかそういうことを考えていました。宇宙飛行士に憧れはあったのですが、その後同じように爆発的な成長を遂げたIT業界に興味を持ちまして、大学ではITを学んで日本マイクロソフト株式会社に入社したという経緯でございます。
──なるほど、宇宙とITの両方に興味を持たれていたということですね。
──世古さんはAzure SpaceのJapan Leadを担当されていますが、これから宇宙ビジネスの成長にどの程度期待していらっしゃいますか。
この部分は、私個人の観点とMicrosoftの観点に分けてお話します。まず、個人の観点ですと、宇宙ビジネスの成長について、日本の特色を出したビジネス、例えばロケットの打ち上げや、小型衛星などの技術に期待をしています。そこから派生してくるデータビジネスにも大きな期待を寄せています。
そして、企業様との協業が大切だと思っています。Microsoftのグローバルなパートナーシップや、セールスチャネルを活用して「日本のテクノロジーで世界を驚かせる」──。そんなことをやっていきたいと思っています。
──日本の特色を出したビジネスに期待していると。ではMicrosoftの観点ではいかがでしょうか。
これまでの宇宙開発では、ハードウェア依存の課題や、開発難度が高いという話をよく伺いました。これを、ソフトウェア化や開発プラットフォームの提供によって解決し、宇宙のエンジニアやオペレーターの方々が、より本来宇宙でやりたい仕事に専念できる環境や、効率的に仕事ができる支援をしていくことが、Microsoftとしての使命になるかと思います。
──Azure Spaceについて、噛み砕いて教えていただけますでしょうか。
Azure Spaceとは、Microsoftがこれまで構築してきた地上にあるAzure施設を、地球外にもに広げていこうという取り組みです。Microsoftは最先端のクラウド技術、生産性向上プラットフォーム、開発者向けのプラットフォームを保有しています。それらをベースに、宇宙領域のテクノロジーを誰もが利用できるものとして一般化し、イノベーションを起こすプラットフォームとして提供することが目的です。
──Azure Spaceには具体的にどのような機能がありますか。
具体的に何をしているのか。という話ですが、注力領域は「コネクト」「アナライズ」「デベロップ」の3つです。1つ目のコネクトは衛星通信を利用したクラウドへの接続と、地上施設のクラウド化です。
──コネクトと言いますと、Azureは自前の地上局「Azure Orbital Ground Station」を保有していますね。
9月(取材時点)現在で合計6つ、Microsoftで保持している米国Washinton州Quincyとスウェーデンのイェブレと、KSATさんのアンテナの4つです。ノルウェーとモーリシャス、南アフリカ、オーストラリア、ニュージランドといったところに保有しています。
──今後どのくらいのペースで地上局を増やしていくのでしょうか。
2022年を目処に3倍程度に増やしていきます。Microsoftのものだけでなく、パートナー様の地上局もどんどんインテグレーションしていきます。Mirocoroが地上局全体のビジネスをやるというよりも、今後そのシナジーを生んでいくとイメージしてください。
2つ目のアナライズは、クラウドに直結した地上局を使用して、データの受信や衛星の制御、そして受信した宇宙からのデータを処理・分析・配布する機能になります。
3つ目のデベロップは、衛星上で動作させるプログラムのテストをクラウド上で実施する内容になります。これがAzure Spaceの概要です。
──Microsoftは常に「パートナーシップ戦略」を重視されていますね。それは宇宙でも同様でしょうか。
Azure Spaceでも当然重視しています。ロケットの発射や衛星ブロードバンド大手のSpaceXさん、SESさん、地上局ビジネスを展開するKSATさん、衛星データにおいてはAirbusさん、地理空間解析においてはEsriさんなど、新たなパートナーシップをどんどん発表しています。
Microsoftの宇宙領域に対するアプローチの独自性と強みは、他社と競争するとかではなく、宇宙のエコシステム全体のパートナーに対して、ビジネスの機会の可能性を広げることにコミットしている点です。「Microsoftが自らロケットや衛星を作って打ち上げる」「データを取得していく」ということはせず、既存の企業様と一緒になったエコシステムの構築に注力していきます。
──Azure Spaceと特に親和性の高い宇宙ビジネスは何だとお考えでしょうか。
さまざまな領域が挙げられますが、特に親和性の高いビジネスは衛星通信やデータを活用したビジネスです。衛星通信を提供することで、今まで通信が使えなかったエリアでもクラウドサービスを利用可能になります。ユースケースとしては洋上の船や航空機内、工事現場などが挙げられます。
また、衛星データ処理は即時処理が求められます。多くの場合は一時的に大量のコンピューティングリソースが必要ですが、処理が終わってしまうとそうしたリソースは必要なくなります。その場合は、従量課金制で利用できるクラウドサービスはコストメリットが高いと考えます。また、AzureのAIや開発環境を衛星データ解析に生かすこともできます。
──宇宙クラウドと通常クラウドの違いについても教えて下さい。
宇宙といってもさまざまな観点がありますが、さきほど挙げた衛星通信、また地理空間解析に代表されるように、衛星で取得したデータを解析する例があります。データ解析という部分では、Microsoftが培ってきたAI技術やマシンラーニング技術をそのまま活かせます。
衛星通信となると少し違っていて、SpaceXの「Starlink」を使えば通信は繋がりますが、落ちてきたデータをより早く処理しようとなると、地上側の施設も組み立てる必要があります。そこで、SpaceXさんと協業して、SpaceXさんの持っている地上のアンテナから、MSのクラウドへ直通のネットワークを構築することで、より処理を高速化できるメリットを出しています。
──今ホットだと思う宇宙ビジネスのキーワードを、ざっくり3つほど挙げていただくことは可能でしょうか。
まず「衛星通信」ですね。世界では開発されていない土地がたくさんあります。衛星通信が活発化すれば、例えば僻地や洋上でも、クラウドにつながるようになります。そういったところは大きなポテンシャルがあると思っています。
次に「ビッグデータ処理」が挙げられます。宇宙から発生するデータは今後、加速度的に成長することが確実視されています。背景としてはロケットや衛星の打ち上げコストの低下です。衛星が増えることで、衛星からもたらされるテラバイトやペタバイト級のデータ処理が必要になっていきます。これらのデータをリアルタイムで処理したり、地上のデータと一緒に活用したりするビジネスに期待しています。これは急速に伸びていくと思います。
最後は「軌道上処理」です。これは、地上で実施しているようなエッジ処理を衛星上でやってしまおうという取り組みです。Microsoftはこの先駆けとして、ISSにHPさんと一緒にサーバーを送って、そこでAI処理をさせたり、衛星運用オペレーターのLoft Orbitalさんと一緒に、衛星にオンボードできるようなプログラムを開発して、地上における災害を素早く検知する取り組みも実施しています。衛星上でデータを解析させれば、地上へは解析した結果だけを送れば済むので、今後宇宙におけるエッジコンピューティングは面白くなると思います。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス