花王が起こした「化粧品テスター」の大革命--コロナ禍に生まれたデジタルテスター開発秘話

神澤由利(電通デジタル エクスペリエンスクリエイティブ部門 ソーシャルメディア事業部) 中川寿子(電通デジタル エクスペリエンスクリエイティブ部門 エクスペリエンスデザイン第1事業部)2022年05月08日 09時00分

 商品を購入する時、リアル店舗かオンラインショップを選ぶかは、価格の違いや、すぐに欲しいかどうかなどさまざまな理由によって決まります。中でも「実際に商品を見たい」ということが、結果としてリアル店舗を選択する大きな理由の1つになっています。リアル店舗で実際の商品を確認して、安心、納得してから購入したい、という気持ちは誰しも経験することではないでしょうか。

 ECでの購入率は年々上がっていると言われますが、人の購買行動の中でも、購入を決める後押しとして、「実際に見て納得してから買いたい」という、あたり前のモチベーションが、オンライン購入の障壁になってきました。ここではリアルかオンラインかという議論はしませんが、モノを買うまでの流れが変化してきているのは確かです。新型コロナウイルスの感染拡大によって、オンラインで選んでもらうということが選択肢の1つではなく、必要な選択肢に変化しました。

 そんな中、花王が展開するベースメイクブランドである「Primavista(プリマヴィスタ)」は、LINE公式アカウントからベースメイクのテクスチャを擬似的に体験するコンテンツ「テクスチャシミュレータ」をリリースしました。コロナ禍でテスターが廃止され、さまざまなブランドがバーチャルメイクなどの機能をリリースしている中、Primavistaではなぜ、また、どうやってテクスチャのデジタル化を実現させたのでしょう。

Primavista(プリマヴィスタ)の「テクスチャシミュレータ」
Primavista(プリマヴィスタ)の「テクスチャシミュレータ」

プリマヴィスタの「デジタルテスター」が生まれるまで

 花王では、コロナ禍による非接触コミュニケーションの必要性が拡大する前の2019年時点ですでに、花王全体で徐々に店頭テスターを縮小し、テスターに変わるツールをデジタル化(DX)していく方針としていました。そのため、ユーザーがテスターに求めている役割を補完する必要がありました。

 時を同じくして、日本人口の70%以上(※)に利用され、家族や友人との日々のコミュニケーションツールとなっているLINEで、PrimavistaがLINE公式アカウントを開設する計画が進んでいました。そこで、LINEをプラットフォームとしたAlways-Onマーケティング実行の計画の中で、テスターに求めていた役割を補完するしくみを組み込むことになりました。

※LINE社媒体資料より「LINEの国内⽉間アクティブユーザー 9000万⼈÷⽇本の総⼈⼝1億2541万⼈」(令和3年4⽉1⽇現在<確定値>総務省統計局)

 LINE公式アカウントの開設にあたり、多くのブランドではリッチメニューにコンテンツを入れます。ブランドや商品の魅力を伝えるためのコンテンツが一般的ですが、Primavistaではさらに、「商品を選ぶ時のユーザーにとっての課題」に着目し、ユーザー自身の肌と最適な商品の橋渡しになるコンテンツは何かという視点でアイデアを考えていきました。

 まずは、ユーザーがファンデーションや下地などを選ぶ際にポイントとなる 「どの色が自分に合うのか?」という部分を見直し、最適なインターフェースで提供する必要がありました。さらに、パンデミック中のリモートワーク、自粛による外出時間の減少など、リアルでの商品への接触、検討、購入が難しくなったことから、検討中だった色選びに加えて、商品検討の中でユーザーにとって重視されているのびや使用感などのテクスチャについても、非接触、非リアルでの体験提供を検討する必要が出てきました。

 「色」「テクスチャ」を非リアル、つまりオンラインで伝えるという視点で始まったこのプロジェクトは、当初は、クチコミ活用やインフルエンサーが動画を使ってみせる、体験の感想を伝えるといった、誰かの体験を介してテクスチャを伝えるアイデアが基本の考え方でした。逆にそれ以外の方法は、初めの段階では「他の方法」があるというアイデアさえない状態でした。

 「色」についてのオンラインでの表現は、デバイスのスペックに依存する部分があるものの、どう見えるかはイメージしやすいと思います。ところが、人間の五感の中でも、触覚の表現は、色覚の色表現と違ってデジタル(オンライン)でのコミュニケーションは非常に難しくなります。そのため、作っていく中で「ユーザー本人に体験させる」という発想は当初はなく、あくまで、誰かが体験した感想をどうやってスムーズにストレスなくわかりやすく伝えるか、という観点での施策検討がベースのアプローチとなっていました。しかし、誰かを介している時点でどこまでいっても本当の体験にはならず、それを見たユーザーの想像力を借りるような歯がゆいものになります。

 そんな中、あるきっかけで「本人が体験する」という視点からのアイデアが生まれました。ウェブサイト上で3D表現によって、ユーザー本人にテクスチャを擬似的に体験させるものでした。実際の体験をどう伝えるか、という固定された発想から離れ、テクノロジー視点の全く異なるこのアプローチは、テクノロジーに特化した人材とのコミュニケーションやディスカッションの中で、自然発生的に生み出されました。

 通常、WebGLと呼ばれるウェブサイト上での3D表現は、ウェブサイトの演出として、また、ゲームコンテンツ、データビジュアライゼーション、プログラミングアートといったアートや表現としての活用が主流で、商品選びや購買の後押しのための活用といったマーケティング活用はあまり一般的ではありません。

 架空のオブジェクトといった「正解のない」表現と違い、決まったブランドの下地やファンデーションを表現するのは具体的で正解のあること。それを消費者に正しく伝えることを目的とする今回のWebGL活用は一般的ではなく、実現も簡単なものではありませんでした。ウェブサイトの表現方法の1つとして、さまざまな制作会社がこの技術を使用しているものの、このプロジェクトの目的における活用は表現ハードルが高いこともあり、どのように作り上げていくかは大きな課題となっていました。そこで、WebGLで実績のある海外アーティストの作品をベンチマークとして、国内で実装することで、「下地らしさ」「ファンデーションらしさ」を画面上に擬似的に作り出すことを実現しました。

 現在、コスメ市場において、LINEを使った肌に関するさまざまなサービスが展開されている中、このテクスチャシミュレータはとてもユニークであり、データからもユーザーの購買の後押しとなっていることが見えてきています。さらに、シミュレータを起点としながらテスターの代替えとなるだけでなく、アンケートによるユーザー1人ひとりのベースメイクの悩みの理解、さらにLINE内での行動データをもとにしたコミュニケーションによって、ユーザーが自分に合った、納得できる購買体験を作っていくことを想定しています(※LINEアカウントと紐づいたユーザー行動データの取得には利用者の許諾が必須となります)。

 知ることから買うことまで、すべての体験が気持ちよく、その結果、ブランド体験全体として価値を感じてもらうことで、ブランド自体を好きになるようなコミュニケーションを目指しています。リアル店舗かオンラインでの購入かといった出口の結果論ではなく、そこまでの体験に選択肢を1つ増やすということに価値を見出してもらいたいと考えています。

 新型コロナウイルスの感染拡大状況も一進一退を繰り返しています。その点を差し置いても、今後、非接触コミュニケーション自体が一般化していく可能性が高いと考えている企業も多いかと思います。さまざまな方法をとって実現される、今後の非接触の購買行動の1つとして、このテクスチャによる疑似体験が、企業、そしてユーザーの購買体験に、1つのアイデアを提示するものになるのではないでしょうか。

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