ワーケーションにおける最大の決定事項「どこでワーケーションをするか?」については、前回ご紹介しました。海か山か。日帰りや1泊2日で行ける近場にするか、最低でも2〜3泊はしないともったいないくらいの場所に遠出するか。インフラの整った観光地にするか、少し不便でも山間部や諸島部まで足を延ばすか。場所選びに関しては、いろいろな要素がありますが、基本的には「今、一番行きたい場所」にとことんこだわって選んでいただくことが大切です。
もちろん、現地に辿り着いてから電波がほとんど通じていなくて、オンラインの仕事ができないことが判明するというのは困りますから、オンラインの状態でなくては困る仕事を滞在期間中にする予定であれば、通信環境だけは事前に地域の人や宿泊施設の人に確認しておきましょう。通信環境さえ心配なければ、どこへ出かけて行こうと、ワーケーションは可能です。
その上で、「どこへ出かけていくか」について、以下でいくつか補足しておきたいと思います。
まずは、どうやって自分にあったワーケーションスタイルを見つけるかについて参考程度に説明しておきたいと思います。
ワーケーションは、基本的に自分で旅先や旅程を決め、移動や宿の手配も自分で進めればOKですが、最初のうちは企業や自治体が企画するものに参加してみるのもアリです。その場合、年1回開催など単発の「イベント型」か、年中いつでも好きな時に行ける「通年型」か、またどこが主催しているかによっていくつかのパターンに分かれます。
ちなみに、私たちが企画・運営する五島列島のワーケーション・イベントは、【イベント型・地域の自治体が主催するもの】に分類されます。年に1回2週間〜ひと月程度の期間限定で五島市主催で開催されるワーケーションイベントを、一般社団法人みつめる旅が委託事業として手がけるというスタイルです。
この自治体主導のイベント型ワーケーションは、現在日本全国で準備が進んでいて、2021年度から2022年度にかけては、さまざまなテーマで単発イベントやモニターツアーが実施される予定です。SNSやワーケーション実践者のためのオンライン・コミュニティおよび情報サイトで、募集情報が告知されていますので、チェックしてみてください。
場所選びに関して、キーワードになってくるのが「異化の体験」です。
「異化」は聞きなれない言葉だと思いますので、簡単に説明しておきます。私たちには、日常生活の中で頭のてっぺんから足の爪先まで浸かりきってしまっている特定の価値観があるものです。
たとえば、「時間は守らなくてはいけない」「サービスや商品はしかるべき対価を払うもの」「平日は仕事をするもの」「人に迷惑をかけてはいけない」「仕事ができる人は尊敬に値する」などなど。そうした日ごろ無意識のうちに埋没している価値観を、一度突き放して客観視することを、心理学の用語で「異化」と呼びます。
そして、この「異化」の体験を味わったとき、人は「見える世界が広がった」と感じます。仕事のこと、お金のこと、家族のこと……。自分には目の前の選択肢しかないと思い込んでいたけれど、実は他にもいろいろな選択肢が現実的なものとしてあったのだ。そういう気づきをワーケーションを通じて得ることで、人生の幅は確実に広がっていきます。
たとえば、都市部で生活していると、大抵のものはお金を払って手に入れることができます。身体をメンテナンスするためのトレーニングも、子どもの面倒を見てもらうためのシッターサービスも、食事づくりやその他こまごまとした用事をやってくれる家事代行サービスも、オーガニックの新鮮な野菜も、産地直送の旬の魚介も、欲しいものはほぼすべて「お金」を媒介にして手に入れています。
そうした環境の中で日常生活を送っていると、「何でもお金を払えば手に入る」「だから、お金が大事」という価値観が、思いのほか深く根を下ろしているものです。「お金より大事なものがある」ということを頭では理解していても、日々決断や選択をする際には「お金」に引っ張られています。
「今より稼げないかもしれないから、転職や独立に踏み出せない」「副業っていっても、それでいくら稼げるの?」というふうに、知らないうちに人生のいろいろな局面で「お金」に思考が引きずられてしまうのです。
この「お金」に関する価値観をいったん「異化」するにも、ワーケーションはまたとない機会となります。特に、島や山間の地域などまで出かけていくと、企業がその地域ではサービスを展開していなくて「お金があっても買えない」、あるいは「都市部ではすごい値段がつきそうなものが、タダ同然」という事態にときどき遭遇します。
無意識的に万能だと思っていた「お金」がまったく意味をなさない。旅先でたまたま遭遇するさまざまなシーンで、そのことに気づいてハッとさせられます。それですぐに人生が劇的に変わることはなくても、ワーケーション中に小さな「異化」が積み重なれば、人生を形づくる価値観は徐々に変化していきます。
特に普段都市部に住み地方までわざわざ出かけていってワーケーションをする場合、ぜひ「お金では買えない価値」との遭遇を楽しんでいただきたいと思います。
温泉の湧くラグジュアリーな宿で贅を尽くした料理を堪能して、「自分へのご褒美」としてスパやエステで癒やされたあと併設されているコワーキングスペースで仕事をしてという体験も、もちろん素敵ですが、そうした体験は、実は都市でもお金さえ払えばできてしまいます。わざわざ遠くまで出かけるならプラスアルファの体験があると、もっと充実します。
また、昔からリゾートとして定評のある首都圏近郊の軽井沢、箱根、伊豆地方、房総半島などは車でも電車でも東京から2時間程度で行けてアクセスがよく、観光コンテンツの蓄積もあり、何より都市部と同レベルの便利さを享受できるので、ワーケーション先として人気です。しかし「近くて便利」である分、「価値観の異化レベル」の点は弱いかもしれません。
前回と今回の記事で、「場所選び」に関してはイメージが湧いてきたでしょうか。次回は、いよいよ旅先に着いてからの過ごし方についていくつかポイントを押さえておきたいと思います。
(書籍「どこでもオフィスの時代」に関する情報はこちら)
鈴木円香(すずき・まどか)
一般社団法人みつめる旅・代表理事
1983年兵庫県生まれ。2006年京都大学総合人間学部卒、朝日新聞出版、ダイヤモンド社で書籍の編集を経て、2016年に独立。旅行で訪れた五島に魅せられ、2018年に五島の写真家と共にフォトガイドブックを出版、2019年にはBusiness Insider Japan主催のリモートワーク実証実験、五島市主催のワーケーション・チャレンジの企画・運営を務め、今年2020年には第2回五島市主催ワーケーション・チャレンジ「島ぐらしワーケーションin GOTO」も手がける。
「観光閑散期に平均6泊の長期滞在」「申込者の約4割が組織の意思決定層」「宣伝広告費ゼロで1.9倍の集客」などの成果が、ワーケーション領域で注目される。その他、廃校を活用したクリエイターインレジデンスの企画も設計、五島と都市部の豊かな関係人口を創出するべく東京と五島を行き来しながら活動中。本業では、ニュースメディア「ウートピ」編集長、SHELLYがMCを務めるAbemaTV「Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜」レギュラーコメンテーターなども務める。
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