自治体を巻き込み「スマート物流」を横展開--セイノーホールディングス加藤徳人氏【前編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介していきます。

セイノーホールディングス オープンイノベーション推進室 室長の加藤徳人さん(左)
セイノーホールディングス オープンイノベーション推進室 室長の加藤徳人さん(左)、フィラメントCEOの角勝(右)

 今回は、セイノーホールディングス オープンイノベーション推進室 室長の加藤徳人さんにご登場いただきました。加藤さんは他社とも積極的に連携し、グループのアセットを有効活用した地域に貢献するための新規事業に取り組まれています。前編では、現在各地で進行中のドローン配送を中心とした新しい地域物流のお話と、それにともなう自治体と連携した新規ビジネスの進め方について伺います。

小菅村での「ドローン配送」サービスが本稼働

角氏:今日は加藤さんが今取り組まれている新規事業のお話を中心に伺いたいと思いますが、まずそこに至るまでのご自身の活動を簡単に教えてください。

加藤氏:大卒で西濃運輸に入社しまして、トラックドライバーの経験を経て首都圏営業担当となり、7年間大手企業の新規顧客開発を担当しました。その後、テレビ東京さんのテレビ番組(「巨大企業の日本改革3.0『生きづらいです2021』~大きな会社と大きな会社とテレ東と~」)で紹介していただいたココネットの立ち上げに参画し、その他にもいくつかの社内プロジェクトを担当しました。その流れでオープンイノベーション推進室に立ち上げから参加して新規事業開発に従事し、2020年10月から室長を任されています。新規事業のほかにも、日本初となるロジスティクス専門のCVCも立ち上げています。

角氏:番組では他にも山梨県小菅村で実証実験中のドローン配送サービスの話が紹介されていましたが、その後の進捗はどんな感じですか?

加藤氏:エアロネクストと4月から無料で試験運用をしていたのですが、先日正式サービスを開始しました。僕らの取り組みはどうしてもドローンが目立ってしまいますが、真の目的は「SkyHub」というスマート物流の仕組みを構築することです。自治体と協力して需要を作っていって、そこに合う物流のモデルを社会実装していきます。今回実証実験で買い物代行と配送の需要があることがわかったので、有料展開に踏み切りました。

ドローンデポすぐ近くの離陸地点からドローンが飛び立つところ
山梨県小菅村でのドローン配送サービス。ドローンデポすぐ近くの離陸地点からドローンが飛び立つところ

角氏:地域に合う形を作るということですが、ほかの自治体にも広げていくということですか?

加藤氏:連携協定として発表させて頂いてる中では、直近では北海道の上士幌町と、福井県敦賀市で取り組みをおこなう予定です。その他複数の自治体の方々から要請をいただいており、全国展開を目指します。人口規模は小菅村が700人、上士幌町が5千人、敦賀市が5万人で、徐々に規模を大きくしていきます。人口規模の他に町ごとに特性があるので、それに合わせて細かいことを作っていく感じですね。決まったものをコピペするのではなく、SkyHubの考え方を基本に地域に応じてカスタマイズしていきます。

角氏:全国に約1700自治体があって、いろんなパターンがありますからね。

加藤氏:地域によってニーズが全く違うので、マニュアル化しすぎると地域のニーズが置いてきぼりになってしまうんですよね。デジタルが進化していく中でドローンの技術もそうですが、新しい物流の在り方というのを地域ニーズに応じて形を変えていく必要があります。その中で当社の事業としてご期待いただいているのが、ラストワンマイルで買い物を代行しているココネットです。一応マニュアルはあるのですが、地域のスーパーと物流モデルを1個1個作っています。

地域で新しい取り組みを始める際に必要なこと

角氏:ココネットにも近いと思うのですが、某コンビニエンスストアの新たな物流網を構築するために設立したGENie(ジーニー)の話を北海道で取材したことがあるのですが。

加藤氏:彼らはいま、そのノウハウを生かし、かつ遠隔診療の普及を見据えて処方箋の個宅配送に力を入れていますね。同様に取り組みでは、今年3月にオンライン薬局サービスを提供しているスタートアップ「ミナカラ」と協業して石川県白山市に国内発となる物流センター内の「セントラル調剤薬局」を開設し、ロジスティックの可能性を最大限活用することで、薬局に“行かなくても済む仕組み”を整備しています。

角氏:そういった今までにない取り組みを先んじてやっていくと、マーケットを作ること以外にも、行政のルールとの兼ね合いや行政サイドとの調整が大変では?元当事者としてはそこが心配です(笑)

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加藤氏:仰る通りです(笑)。でも最近は理解していただける行政マンが増えていて、色々相談に乗っていただけます。ただ、1700の自治体すべてがわかってくれるかというと……。

角氏:そうですよね。先進自治体はいけるけど、せいぜい1割くらいですよね。そこをどうやって突破しているのですか?

加藤氏:ドローンの飛行や買い物代行など、新しいサービスに関して社会受容性を得るためには、住民説明会を含めて行政の協力が必要不可欠です。僕らが突然現れて話をしてもダメで、行政または中間支援の方がいることで、「あんたらが言うなら聞いてやろう」となる。こういうインフラ作りはスピード勝負なので、そのためにはオープンイノベーションが必要です。スタートアップもそうだし、地域行政、中間支援の方の力を借りることでできています。

小菅村の実績とセイノーの営業力が強みに

角氏:スマート物流は小菅から上士幌、敦賀へと横展開されていきます。よく自治体向けビジネスでは成功例を作ってそれを横展開すればいいといいますが、実際は言うほど簡単じゃないですよね。そのあたりがスピーディーで見事だと感じたのですが、どうやっているんですか?

加藤氏:端的にいうと営業力です(笑)。もともと持っている自社内のネットワークをフルに使っていくこともそうですし、特定の地域に腰を据えて「社会課題を解決するんだ」と頑張っている会社とも手を組ませてもらっていて、自治体を紹介してもらい、そこから広がるという形です。その際に「セイノーが面白いことをやっていて、小菅では成功しているらしい」という話が伝わると、第一関門は突破できます。また、どうしてもつながらないところは、役所の受付で「知事に会わせて下さい」と直談判します(笑)

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角氏:割とベタなこともされているんだ(笑)。でもそこからいきなり知事にはつながらないでしょう?

加藤氏:興味を持ってもらえる自治体だと、担当部局につなげてもらえます。全国にインフラを持っているのをいいことに、各地のセイノーグループの営業にお願いして、「行ってきてよ、説明に困ったらリモートで支援するから」と(笑)

角氏:つながった後も、最終的には協定書も結びますよね。そこにいくまで大変だと思うんです。「なんでこの会社とだけやるの?」とか聞かれるでしょうし。

加藤氏:中の調整は、自治体の人にお願いしています。多分小菅村で実績が作れたことが大きいんですね。上士幌町では自治体のキーマンに頑張っていただき議会を通してもらいました。実際に協定の実績があるので、「ならうちも話を聞いてもいいかな」と。また、単にドローン物流だといろんな会社がやっていると思いますけど、SkyHubというドローンだけでなく色々なものを作っていくという考え方が受けているのと、地域アセットを活用していくという部分を理解していただけているのが成功要因だと思います。

角氏:ああ、荷物を運んでもらうのは地元の人でもいいと。

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加藤氏:都会ではUber Eatsなどを街中で若い子が運んでいますが、地方では地元の人の方が分かっているじゃないですか。鍵が開いていてその人はいるのかいないのか、情報を全て持っている(笑)

角氏:ギグワーカーとか言うまでもなく、すでにご近所づきあいの仕組みがある。

加藤氏:なので、地域のコミュニティネットワークを使うことはできると思っています。場合によっては同業他社さんと協力することもあるかもしれませんし。ラストワンマイルのお届けのところも、地域のタクシーや貨客混載、コミュニティバスのようなものを使っていけると、より地に足の着いた形になります。

“SEINO LIMIT”という次世代物流の考え方

角氏:届ける仕組みの部分で、物流や色々な通販の会社でも利用できるというオープンな考え方でもありますよね。

加藤氏:当社は「SEINO LIMIT」を標ぼうしていて、もうちょっと限界を超えたサービス提供ができるのではないかと考えているところです。グループ全体で「オープン・パブリック・プラットフォーム(O.P.P.)」という考え方をしていまして、仰っていただいたように僕らは物流の地域のリソースなんだから、他社さんにもそのリソースにのっかってもらおうと。他社さんのいいところがあれば逆に使わせてもらって、日本全体の効率化を進めたい。同じ方面に同じようなトラックが走っていくのは無駄じゃないですか。

角氏:SDGs的にもよろしくないですね。

加藤氏:なのでオープンパブリックで、ニュートラルな関係を結んで色々なものを使っていただけるインフラ作りをして行きたいなと。それでO.P.P.のキャラクターとして、キティちゃんを起用しています。みんなとなかよし、キティちゃん。お前らはカンガルーじゃなかったのかといつも言われるんですが(笑)

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角氏:そういうシンボリックな意味が……しかもクロネコではなくて白い猫(笑)。でもこれは本当にそうだと思うんです。これからの時代、赤字になる場所にも物流会社の使命として届けなければならない。他方ビジネスとしては、配送密度をどう上げていくかというところが重要ということで、ビジネスとしての本質を高めながら赤字も減らすにはこれしかないですよね。

加藤氏:過疎地や地域のコミュニティも守っていかなければなりませんし。行政からはそこに期待されていますから。「本当におまえらできるのか?」と言われますが、本気で約800カ所の過疎地を全部埋めたいと思っています。

 後編では、加藤さんの頭の中にある新規事業について語っていただきます。

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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