2020年にサービスを開始した「LUUP(ループ)」や「movicle(モビクル)」など、東京を中心に電動キックボード(以下:キックボード)のシェアサービスが拡大している。とはいえ、まだレンタルできるポートの場所が限られていたり、運転免許証の事前登録と道路交通法テストの合格といった成約があったり、使用のハードルが高いかもしれない。
一方、米国や欧州といった先進国では、電車やバスと変わらないほど身近な選択肢として、キックボードが根付いているようだ。筆者が暮らすフィンランド・ヘルシンキもその1つで、キックボードを器用に乗りこなす若者を多く見かける。「便利そうだしクール!」と思いつつ、街の景観が損なわれる、ルール違反が多いといった点は気になるところ。
本連載では「進化する北欧イノベーションの今」を、現地で暮らす日本人の視点でお届けする。今回は「モビリティ」に着目し、日本との違いが目立つキックボードの暮らしへの浸透と課題をお伝えしたい。
ヘルシンキでは、「Voi」「Lime」「TIER」「dott」の4社がメインで、キックボードは「e-スクーター」と呼ばれているようだ。それぞれ車体デザインや利用プランは異なるものの、機能は大きく変わらない印象を受ける。
たとえば、Voiの場合は、乗車可否、駐車可否のほか、推奨される駐車場とスローゾーンが定められている。ヘルシンキに関していえば、駐車できないゾーンがちらほらあるものの、そこさえ避ければ好きな場所で乗り捨てられる。
外に出れば、そこかしこでキックボードを見かけるほど十分な台数があり、駅前、ショッピングモールの前などは何台も連なって置かれている。見たところ、利用者層は10〜30代がメインで、Woltのドライバーもよく利用している。
英国では、18歳以上で仮免許、または本免許を持っている人のみが対象だが、フィンランドでは18歳以上なら免許なしでも乗車できる。フィンランドでは、キックボードに関して法的な年齢制限はないが、民間企業が18歳以上と定めているとのこと。
上記写真のとおり、Voiでは「安全第一」を掲げ、常にヘルメットをかぶることが推奨されている。ドラッグやアルコールの影響下では絶対に運転しないこと、2人乗りは禁止であることも明記されている。
利用料は、Voiの場合、本体のロックを解除する費用が1ユーロ(約133円)、1分乗車ごとに0.2ユーロ(27円)、24時間乗り放題のパスは6.9ユーロ(約915円)、1ヶ月乗り放題のパスは49ユーロ(約6,500円、1日9回まで、1回45分まで)となっている。単発で乗る場合はどの企業も大きく価格が変わらないが、サブスクリプションのプランは異なっており、各社の戦略が見られる。
キックボードをスイスイと乗りこなす人たちを目にすると、やはり乗ってみたくなるもの。今回の記事をきっかけに、初めてトライすることにした。筆者は運転免許を持っていないが、ここフィンランドであれば乗車可能だ。
見慣れているVoiを選び、アプリをダウンロード。名前や支払情報などの基本情報さえ入力すれば、すぐに乗車できる。まずは、アプリ内で充電が十分にある周辺のキックボードを探すのだが、都心ならそこらじゅうにあるので徒歩10秒で見つかった。
次に、本体に印字されたQRコードをアプリでスキャンするとロックが解除される。最初、サイドスタンドの外し方に戸惑ったものの、電動キックボードを前に押すと自動的に外れる仕組みだった。自転車のように足で蹴るスタンドではないので、気をつけてほしい。あとは、多少助走をつけながら本体に両足を乗せてアクセルを下げると、スイーッと動き出す。
速さは時速20kmで、初乗車の筆者からすると「おお!速い!」と感動するほどのスピード感。慣れないうちは怖いので、アクセルとブレーキを繰り返して、なるべくスピードが出ないように走っていた。Voiの場合、「Beginnerモード」があるので、最初はオンにしておいたほうがいいかもしれない。
5〜10分ほど走行すると慣れてきて、周囲の景色を見る余裕が出てきた。水辺など景色のいい道を走ると爽快感バツグン。10月のフィンランドは気温が10度前後と冷え込むけれど、春夏なら快適に走れそうだ。
フィンランドの場合、広い道の多くは「自転車用」「歩行者用」に分かれており、キックボードは「自転車用」の道を走ることになる。東京ほどの人通りはないので、人とぶつかってしまう心配はそれほどないものの、前から人が走ってくると緊張感が走る。しっかり相手の動きを見つつ減速しないと、ぶつかる恐れがある気がした。
本体にスマートフォンを置き、地図を見ながら走ることもできるが、慣れるまでは知っている道だけに限定するか、事前に地図をしっかり確認しておくといいかもしれない。
一部を除いてどこでも乗り捨てられる利便性もあり、キックボードのシェアサービスは若者にウケが良いようだ。ただ、街を歩いていると、さまざまな問題が目につく。
たとえば、複数人乗りは禁止されているにもかかわらず、カップルが2人乗りをしているのを数回見かけた。また、小学生が3人で1台のキックボードに乗っていたシーンも。複数人での使用を想定していないため、かなり危ないと思われる。
歩道をふさぐように雑に停車しているもの、倒れているものも時折見かける。通行人のじゃまになるだけでなく、つまづけば大きなケガをする恐れもある。街の景観も、かなり乱れているように感じる。
使用中の事故も問題視されている。2021年8月には、キックボードに乗車中だった20代の女性がバスと衝突して死亡する事故が発生。それ以外にもケガを負う事故が多発しているようで、現地のある医師は「事故の3分の2以上は夜間に発生しており、そのうち大多数が乗車中に酒に酔っていた」と語っている。
この問題を受けて、ヘルシンキでは、Voi、TIER、Limeのキックボードの最高速度を制限することに。2021年9月3日より、昼間は時速25kmから20kmに、夜間(深夜から午前5時まで)は15 kmに低下した。加えて、週末の深夜から午前5時まで、キックボードのシェアサービスが完全に利用できなくなるトライアルも開始されたとのこと。トライアルは2021年の終わりまで続き、利用率や事故率を照らし合わせて継続が決定する。
近隣の北欧諸国も似たような課題を抱えているらしく、ノルウェーでもオスロ大学病院の医師が警告を発した後、首都で夜間のキックボードのレンタル禁止が発表されたそうだ。
日本では、冒頭でお伝えしたとおり、キックボードを乗車するにあたり、運転免許証の事前登録と道路交通法テストの合格が求められる。これは乗車のハードルを上げるものの、安全を第一に考えるならば、やむを得ない措置といえるかもしれない。
運転免許が必要ないフィンランドでは、旅行者や免許証を持たない者でも簡単に乗ることができるが、現地の交通ルールを理解していない可能性も少なくない。Voiが交通ルールなどを学べる交通学校をウェブ上に立ち上げており、それをクリアすることで、乗車時に使える1ユーロ分のクレジットを付与しているが、必須ではない。
日本と比べて、フィンランドでは規則に対する考え方がゆるい傾向もあり、だからこそ若者を中心とした飲酒運転が減らないのかもしれない。しかし、多発する事故により規制がやや厳しくなったことから、人々の意識・行動が変わることを期待したい。
日本でも、シェアサービスの広がりにともなって、飲酒運転や夜間運転の事故が多発する可能性がありえる。ただ、2021年の新成人の運転免許保有率は51.3%であり、特に首都圏では免許を取らない傾向もあるため、利用者が限定され、それほど広がらないかもしれない。
また、安心してキックボードを運転するためには、道路整備も求められるのではないだろうか。日本では、キックボードは自転車同様に車道を走ることになっているが、フィンランドのように自転車専用道路を設け、キックボードがそこを走るようになれば、危険度が下がる気がする。
フィンランドや近隣の欧州諸国でも物議をかもしているだけに、この先、キックボードの規制がさらに厳しくなるかもしれない。実証実験やルール変更は仕方ないが、生活がより便利に楽しくなる魅力があり、なくなってしまうのは悲しい。ベストな運用方法で維持してほしいと願うばかりだ。
小林香織
「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】など1200以上の記事を執筆。2019年よりフリーランス広報/PRとしても活動をスタート。2020年に拠点を北欧に移し、現在はフィンランド・ヘルシンキと東京の2拠点生活。北欧のイノベーションやライフスタイルを取材している。
公式HP:https://love-trip-kaori.com
Facebook :@everlasting.k.k
Twitter:@k_programming
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス