顕微鏡の常識を覆した「指先サイズのワンチップ」を発明--深海や宇宙の顕微観察を夢見るIDDK上野氏 - (page 2)

藤井涼 (編集部) 日沼諭史2021年08月20日 09時00分

東芝社内の困りごとから偶然生まれた「MID」

——東芝という大企業のバックボーンがあることについて、メリットを感じるところはありますか。

 東芝の中にいたときは、東芝という会社の事業領域がものすごく広いところにアドバンテージがあると思いました。社会インフラや半導体を手がけ、当時は家電やノートPCもつくっている総合電機メーカーで、そういったいろいろな分野からの知見を得やすかったのが大きかったですね。

 これは大企業ならではのところだと思います。自社内にあるニーズや困りごとを垣根のようなものなしに聞けるんですよね。最近だとオープンイノベーションで企業が互いにリソースを出し合って問題解決していく機運がありますが、社内で話をするときと企業間で話をするときとでは、情報開示のレベルはやはり違ってきます。

 社内で困りごとを率直に聞かせてもらえて、MIDという技術の事業展開の可能性がどこまであるのかを社内だけでも十分に検討できる。そういう環境はすごく貴重だったと思います。

 というのも、実はこのMIDが生まれるきっかけになったのも、社内の困りごとの相談だったんです。元々私はイメージセンサーなどの半導体に付着するゴミを解析する仕事をしていました。ゴミが半導体に付着するとその部分だけ光を遮るので、映像は黒く欠損して見えます。不良品になってしまうんですね。

 そうした仕事をずっと手がけていくなかで、顕微鏡で見たゴミの画像と、センサーで欠損している部分の形が、だんだん同じぐらいの解像度で見えるようになってきました。

 そんなときにたまたま別の部隊から、水中の細菌を簡便にカメラ映像的にチェックできる仕組みがないかという相談を受けたんです。その細菌のサイズが5~10μメートルという話で、半導体で問題になっていたゴミの一番小さなものがちょうどそれと同じくらいの大きさだったので、「だったらセンサーで見えるんじゃないの」と思って試しにセンサーに細菌の入った水を載せけてみたら、見えちゃった(笑)。

 それをきっかけに、よりよく見えるようにするための工夫を重ねていくことで特許技術にまで育っていった。まさにそういうところが東芝という企業の強みだなと思いました。社内のいろんな分野の人たちと垣根なく会話できるのが、本当にすごく良かったなと思います。

——MIDは大変面白い技術だと思うのですが、課題となっているようなところはありますか。

 今の顕微鏡をすべて置き換える、というところに至るには、いくつか技術的、資金的な課題があります。1つはセンサーの解像力です。どれだけ小さなものを見られるか、という部分についてはまだ目指すところに到達していません。

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 メッシュ、つまり解像度を上げるための開発が必要で、現在は1.2μメートル単位ですが、これが0.2μメートルになれば今の最先端の顕微鏡と同等の解像力になって、数千万円しているような顕微装置が1チップに収まります。まずはここを目指したいですね。

 それと、他社とのコラボレーションもさらに加速させたいところです。今、特にターゲットに据えているのは空気です。空気中の微粒子が容易に見られるMIDの特徴を活かして、コラボレーションできるところがないか探しているところで、空調や空気清浄の分野の企業とご一緒できればと思っています。

——これまでに何度か資金調達をされています。専用の半導体を開発していくとなると資金力は重要になりそうですね。

 エンジェルラウンドで最初の資金調達を、その後のシードラウンドでは2回の資金調達を実施しています。シードラウンドの1回目は株式投資型のクラウドファンディングで、2回目は2020年4月に東芝、大日本印刷様、ミスズ工業様の3社から出資していただく形になりました。

 しかし、より解像度の高い半導体を開発するためにも、他社とのコラボレーションを加速させるためにも、さらなる資金調達が必要と考えています。

宇宙の生命体を初めて発見できるかも?

——今の事業とは異なるところで、何らかの社外活動をされていたりはしますか。

 最初にも少しお話しした、光の波長で対象物を分析・観察するハイパースペクトラムという技術について、大学時代から20年近く、ほとんどライフワーク的に個人的に研究を続けています。学会に発表したり、テレビ番組の撮影協力をさせてもらったりという感じで、今もちょくちょく活動しています。

 社会的にもこの技術は徐々に広まってきているところで、たとえば光の波長で畑の作物の成育状態がわかったりもします。植物の光合成は、ある特定の光の成分で養分が作られるんですが、それを分析することで植物がよく育っているか、収穫時期がいつくらいになりそうなのか、という予測ができるようになります。植物工場ですでに使われていたりもしますし、大規模な農園でドローンを使って効率的に広範囲を分析するといったことも可能になってきています。

 その研究を今の事業に組み合わせる形で、「ハイパースペクトラム型マイクロイメージングデバイス」というものを開発しているところです。これもMIDと同じく世界初のアプローチになると思うんですが、もともとパラでやっていた活動が、今は少しずつ融合しそうになってきた感じがありますね。

——MIDの今後の展開についても教えてください。

 現在は理化学研究所様と共同で、MIDを再生医療に応用するプロジェクトを進めています。東芝とはがん検査技術で、大日本印刷様とはヘルスケア分野でそれぞれ協業の形で展開しています。今後は食品衛生の分野での展開も考えているところです。

 あと、これは個人的なロマンみたいなものですけど、いずれは宇宙空間や深海の顕微観察を実現できればと考えています。国際宇宙ステーションには顕微鏡があって理化学実験をしているそうですが、月面や宇宙空間、あるいは深海で直接顕微観察したという話はまだ聞いたことがありません。もしこれを実現できたら、人類史上初の顕微観察になる。そういうポテンシャルを秘めている技術でもあるんです。

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——宇宙の生命体や、深海にいるまだ誰も見たことがない微生物を初めて発見する可能性もゼロではないということですよね。

 子どもの頃に顕微鏡で見たときに感じた「ガラスで挟んで動かなくなったものを見るのではなく、生きた物をそのまま見ることができたらどうなるんだろう」という気持ちが、MIDの技術を思いついたときにふと蘇ってきたのを覚えています。当時不思議に思っていたことが実現できるかもしれない。そういうワクワク感みたいなものが湧いてきました。

 それともう1つ、遠隔医療についても、今の最先端技術が使えない地域に住んでいるために、病気になったり命を落としてしまう人たちが地球上にはたくさん存在している。そういったところにMIDがあると未来が明るくなるんじゃないか。というように、MIDには自分の童心のロマン的な思いと社会的な思いがクロスして存在しているんです。

——上野さんにとって、大企業の中から起業するイントレプレナーに必要なことは何だと考えますか。

 当社が求める人材像でもあるんですが、われわれは「プロフェッショナルシンクタンク」という言葉を掲げています。これは技術力でも営業力でもいいんですが、自身のプロフェッショナルな領域を1つもっているのは当然として、それ以外に会社経営や事業運営に必要な知見ももっている人材である、ということです。

 社内で新しい事業を起こそうとしたときに、自身の柱となる強みを1つ持ちながら、企画、法務、会計など、事業として成立させていくためのいろいろな構成要素についても、一度は体系的に手がけたことがあると言えるほどの経験を積むことが大事だと考えているんです。

 たとえば、もしそれを誰かにお願いすることになったとき、全く何も知らないで丸投げするのと、実務経験がある状態でお願いするのとでは、依頼の仕方が全然違ってくるでしょうし、おそらくそこから得られるアウトプットのクオリティも違ってくるはずです。

 大企業の中だと縦割りになりやすい構造ですが、その分プロフェッショナルな領域は伸ばしやすい。それでいて、他のさまざまな体験をする場所を社内で提供してもらえる可能性もある。自ら積極的にチャレンジしていくことで「プロフェッショナルシンクタンク」を目指すことができ、イントレプレナーというポジションにもつながるんじゃないかな、と思っています。

——ありがとうございます。それでは最後に、上野さんが尊敬する他社のイントレプレナーをご紹介いただけますでしょうか。

 美味しさも見た目もそのままに、食材やお料理をやわらかくできる調理器「DeliSofter(デリソフター)」を開発しているギフモの代表である森實さんです。パナソニックのGame Changer Catapult から起業され、「摂食嚥下(えんげ)障害に関する課題解決を目指す」という想いのもと社会課題に挑んでおり、大企業発でニッチ市場の社会課題に挑むというのは大企業発スタートアップの多様な姿の先駆けになると思っています。何より、森實さんのユーザーを大切にする姿勢に感銘を受けています。

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