儲からない地方労働市場の課題解決に挑む--Compass代表・大津愛氏【前編】

永井公成(フィラメント)2021年06月15日 09時00分

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。今回はチャットボットでキャリアカウンセリングサービスを提供しているCompassの大津愛さんにお話をうかがいました。

Compass代表取締役社長の大津愛さん
Compass代表取締役社長の大津愛さん

 前編となる今回は、現代社会における職業マッチングの課題とCompassのサービスによってどう解決するのかについてご紹介します。

地方における「職業マッチング」の課題をITで解決

角氏:よろしくお願いします。まず大津さんがどんな事業をされているか、自己紹介も含めて、教えていただけますか。

大津氏:Compassの代表の大津と申します。Compassは神戸に本社を置いているスタートアップで、LINEのチャットボット「CHOICE!」でオンラインのキャリアカウンセリングを行い、その後、AIでキャリアマッチングをするという事業を展開しています。相談のノウハウとテクノロジーを掛け合わせて、年収500万円以下の方を対象にした相談サービスとキャリアマッチングを行うスタートアップです。

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角氏:年収500万円以下を対象とされているところに目的意識が感じられますね。

大津氏:そうなんです。いわゆるエージェントサービスは年収500万円以上の方々しか対象としていないため、私たちはそこに注目しています。日本は年収500万円以下の方が人口の70%以上にもかかわらず、そうした方々は、エージェントサービスのターゲットではないため、しっかりとマッチングサービスを受けることができません。

 求人広告掲載型のサービスやハローワークで仕事を探したりすることが多く、どうしてもミスマッチが起こりやすいので、自分で全部探すのではなくてエージェントサービスがあったらいいのになというところから始まっています。

角氏:なるほど。一般的なエージェントサービスのターゲットが500万円以上というのは、それ以下の年収の方を対象にしても儲けが少ないということでしょうか?

大津氏:そうですね。やはり日本の人材業界のルールとして、マネタイズポイントが人材紹介手数料になっていますので、どうしても年収が高いゾーンがレッドオーシャンになりがちです。

角氏:Compassではどういう感じでやられているか、もっと詳しく教えていただけますか?

大津氏:こちらが資料です。

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角氏:ビジョンがいいですね。「地方労働市場」の“地方”が入っているのがいいです。

大津氏:そうですね。どうしても東京に一極集中してしまっているところが人材エージェントの問題でもあるので。採用にお金をかけても企業に合った人を採用できないのが地方の企業さんの課題でもありますし、逆に地方の人が就職先を探すといった意味でも大きい課題があるなと思っています。

角氏:エージェントがそもそも東京圏に集中しているという問題があるんですね。

大津:はい。人材紹介手数料をたくさん払える会社がどんな会社かと考えると、東京にあって、採用予算もある規模の大きい会社になりますよね。日本の企業の9割が中小企業であるにもかかわらず、やはり利用しているのは東京にある大手企業さんということになります。したがって、地方の企業は独自に採用していくことになり、現場のリソース不足がなかなか解消できず、それが経営課題に直結しているのが地方の労働市場の企業側の問題でもあると私たちは肌で感じています。

 「高い給料をもらうには東京に行かなければいけない」「いい人を採用するには東京に行かなければならない」という状況は、ずっと残り続けると思います。でも、終身雇用が崩壊し、ジョブ型採用が進んで、いろいろな人が気軽に人材流動できるような時代になっていくときに、気軽にマッチングができる仕組みがあるのかというと、ないように思うんですね。

角氏:なるほど。年収500万以下の場合は、そもそもエージェントなどを使って探す、つまり大企業から手を伸ばしていろいろ探していくようなパターンではなく、企業側がバッと募集をして、それに対して労働者側が応募するというパターンしかなくなってしまうと。労働者が受け身にならざるを得ないんですね。

大津氏:そうです。ある一定の研修があって、ここまでやって経験を積めばこれぐらいのパフォーマンスは出るという、たとえば350〜400万円の年収ゾーンですと、ほしい人材像が明確というよりはキャリアセットだけが明確にあったりするので、募集要項にそこしか書いていないことが多いんです。そうすると、バーっと応募したときに、今までの経歴や職歴や年齢といった属性で落とされてしまって、そもそもマッチングのテーブルに上がらないということが起きてくるんですね。

 企業側も、本当は今から未来に向けていいパフォーマンスを出す人、もしくは社風や自分の会社に合った人がほしいにもかかわらず、そういった足切りをしてしまうことで本来ほしい人じゃない人が残ってしまい、そこから採用してしまうことが、中低所得者ゾーンのミスマッチが起こりやすい原因になっているんです。

角氏:ちゃんとした情報と情報を突き合わせてのセットが今のところできていないってことなんですね。

大津氏:どうしても労働集約型なので、そういったマッチングの事業はコストがかかります。コストが同じだけかかるのであれば、年収が高い人の手数料35%の方がいいということになり、ここにはエージェントがいないという、日本の大きな問題になっているんです。

角氏:なるほど!そこにCompassさんが入っていくということですね。

国家資格を持ったプロと「正しい悩み方」を実践

大津氏:私たちはAIなどを使って、そこに労働集約型ではないマッチングを実現することで、効率よく低コストで運営し、この層のエージェントを実現できると考えています。

角氏:もうちょっと詳しく教えていただけますか。

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大津氏:ユーザーペインを年収と言っていますが、年収500万円って平均所得なんですよね。だから決して低いわけではないんです。日本の貧困格差、就労格差が広がっている理由として、「とても長期間は継続できないような、すごく負担が大きい仕事をしている代わりに、500万円の年収を得ている」というパターンががすごく増えています。

 飲食にしても観光にしても、無理して年収500万円だけど、「あと5年後には確実にこういった働き方はできない」という方たちがたくさんいて、私たちのサービスの対象はそこも含むと思っています。継続が難しくてジョブホッピングになってしまうであろうと予測されるような職種や業界がたくさんあります。それが繰り返されると年収が下がっていきますので、そうならないように、オンラインで自分に合った適正、適職をプロと一緒に見つけていくということです。

角氏:年500万円は稼げるけれど、めちゃくちゃ仕事量が多いってことは、そもそも、継続してその仕事をやり続けるのは無理だろうという設計に最初からなってるということなんですか?

大津氏:そうですね。人を育てていこうとする企業は増えているものの、まだまだ使い捨てようとする現場もあります。チェーン店の飲食店の店長さんなどはそうですけれども、そのほかにも20日間休みがないのが当たり前だったり、アルバイトが辞めたら全部社員に責任を取らせるところもあります。接客や飲食のほかにも、「30代のうちは続けられるけれども40代になると体力的に難しい」という製造の現場もあったりします。そういう現場って意外と多いんです。

 オフィスワークでも、必ずしもキャリアアップが約束されているわけではありません。コストカットの対象となるオフィスのホワイトワークもたくさんあるんですよね。過剰労働というよりは、自動化されたりシステムによって変わっていったりして今後は続かないという方もいらっしゃいますし、続いたとしても年収が下がっていくような方もおられます。

角氏:なるほど。このサービスはキャリアカウンセラーの方からアドバイスをいただけるようなものなのでしょうか?

大津氏:はい。弊社はヒューマンタッチなコンサルティングにすごくこだわっています。テクノロジーとヒューマンタッチのバランスですね。コストカットはしているけれど、国家資格を持ったプロの方がその方に合わせたアドバイスをすることにこだわっています。

角氏:具体的には、相談される方がLINEで「夜勤が多くて、不規則な仕事で体がしんどくて困っているんです。でもここを辞めると年収落ちちゃうし、どうしたらいいかものすごく悩んでいるんです」みたいな相談がくるのでしょうか?

大津氏:そうですね。その場合だと、もうご自身でそこに気づかれているのでいいと思うんですけど、多くの人はそこに気づくまでに至ってないんです。今の生活が当たり前になってしまっているんですが、その次の段階は、心身どちらかが病気になるか、その生活を許してくれない何かが降ってくるかなんですよね。たとえば、結婚したら夜勤で子育てとの両立ができないとか、介護ができないとか。

 キャリアってなにも仕事だけじゃないじゃないですか。仕事はキャリアの何種類かあるうちの1つでしかなくて、仕事だけをとりあえず生活のためにやるのは、命でもおびやかされない限り長く続かないことが分かっているんですね。でも、その問題が起こった時に他の選択肢がなくて初めて悩むとか、生活できなくて破綻して初めて悩むという状態に陥るんです。

 なので、その状態で入ってくる方は、まず悩みを解決することが先になると思うんですよ。あとは、先ほどみたいに周りが「このままだとこの人どうなるんだろう?」といった漠然とした不安を抱える。周りから心配されることによって自分もその不安に気づくんです。ほかにも、一緒に働いているなど、似たような境遇の人が解雇されたり病気になったりして気づく方もいます。もっと漠然とした不安の状態で入ってくることがすごく多いと思いますね。問題が起きているか、起きそうと気づいて不安になって入ってくるかのどちらかと思います。

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角氏:そこに立ち入って助言するとなると、助言するほうも気持ちがしんどくなりそうですけど大丈夫なんですか?

大津氏:「正しい悩み方」があります。いろいろなことをごちゃごちゃにして悩んでしまうと、たとえば人と比べているのかもしれないし、そもそも悩んでいないけれど悩まなきゃと思っているだけなのかもしれないので、まずは悩んでいるかどうかを整理するという作業をプロがやることがすごく大切だと私たちは思っています。

角氏:なるほど。

大津氏:年収150万円でも幸せな人はいるし、500万円でも足りない人は足りないですよね。ご自身の価値観はすごく大切だと思いますが、どうやって生きていきたいか、どういうものが自分にとっての幸せなのかということに意外とみんな向き合っていないんです。なのに悩んで不安になってしまっているので、まずそこを整理するところはプロが入ると早いかなと思います。だから一緒に悩むわけではなく、悩みの整理と自己理解や職業理解、いまに合った職業理解という3段階をキャリアカウンセラーがやるということになります。

コロナ禍で一気に進んだオンラインシフト

角氏:そこから入っていくと、結構工数がかかりそうな気がするんですけど、Compassとしてそれでも儲かるんですか?

大津氏:ヒューマンタッチなところだけだと、おっしゃる通りすごく工数かかるんですが、そこをオンライン化して、LINEのチャットやビデオチャットでやりとりできるようにすることで、効率よくアドバイスやヒアリングをさせていただくようにしています。以前は「会って話すことに意味がある」とか「行くことに意味がある」とユーザー側もカウンセラー側も思っていたのですが、コロナ禍の影響もあって一気にそれがなくなってしまいました。

角氏:ユーザー側のリテラシーや考え方がコロナ禍の影響で変わってきたところが、ひとつ追い風となったということですね。日本人の求人市場の7割以上が年収500万円以下ということを考えると、母数がすごく多いのも追い風になっていると思います。

<<後編に続く>>

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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