金融商品を運用する投資信託や年金基金といった機関投資家は、企業の状況を的確に把握するのが仕事だ。では、企業はそんな投資家が自社の株式を売買する動きをどのように、どれほど知っているのだろうか。
日本にはないが、米国では1975年以来、運用資産が1億ドル(約105憶円)以上の機関投資家は証券取引委員会(SEC)にその保有株の明細を四半期ごとに提出する決まりがある。
しかも、その情報(様式13F)はSECのウェブサイトで公開されている。こうした情報を各社別に整理した「株主判明調査」で、自社の株主が誰であるかを確認できる。
この7月、SECは保有株式の開示する機関投資家の対象を35億ドル(約3600億円)にするという新たな13Fの提案を発表した。
SECは変更する理由として、米国市場の市場価値が1975年の1兆ドルから現在の35兆ドルを超えている点をあげ、また小規模の機関投資家の事務負担に配慮したと語り、60日間にわたるパブリックコメントの募集を始めた。
発表直後から提案に首をかしげる声があがった。
なにより、このSEC提案には13Fの届出の頻度を毎月にするなど投資家の株主保有の透明性を向上させる内容が含まれていなかった。かねてから届出の頻度を増すよう求めていた全米IR協会(NIRI)は、「この提案は、透明性と投資家のエンゲージメントを後退させるものである」と強く反発した。
そして、次のような疑問も広がった。
こうした疑問もあり、SEC提案に反対する動きは急速に各方面に広がった。
日頃の実務で「株主判明調査」を利用するIR担当者が参加する全米IR協会(NIRI)はもちろん、数百もの企業、米主要企業のCEO(最高経営責任者)が参加する団体ビジネス・ラウンドテーブルや米商工会議所、ウォール街の大手金融機関、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やナスダックなど取引所も反対に手を挙げ、大手年金基金や運用担当者の団体も続いた。下院金融サービス委員会の議長も反対を表明する。
実際、SECに寄せられたパブリックコメント(2238通)のうちの99%が反対だった。支持はたった24通。
見逃せないのは、最初の1週間で800人あまりもの個人投資家が反対のコメントを投じ、ほとんどが透明性の欠如を議論する内容を衝いたことだろう。
さっそく「これほどの反対は予想もしなかった。提案は進められない」といったSEC幹部の反応を報道する記事がいくつも出た。公式のコメントはないものの、「SECはこの記事の正確性に異議を唱えていない」(NIRI)ことから、今回の提案は事実上の「棚上げ」になったとみられる。
今回の騒動は、透明性をもった情報開示は企業ばかりでなく、機関投資家も同様に情報の透明性が求められていることをよく示している、と言っていい。
日本で個々の企業の株主を知ろうとして頼りにするのは、年1回の有価証券に記載される大株主上位10人のリストぐらいだ。そこには、個人の名前は載ってはいても、大量に株式を保有している機関投資家の名前は少ない。多くが株式を保管や事務代行を運用者に委託された法人の名前が並ぶ。
これでいいのだろうか。米国の13Fのような四半期毎の保有株式の情報開示などを例に、運用内容の透明性を高める仕組みを用意したいものだ。
この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。
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